2017年12月13日 (水)

命・・・最期の姿

今年7月に亡くなられた日野原先生は、
今も多くの方々から慕われ、先生の著書は書店に数多く置かれています。
優しいお顔と共に。
まだ生きて語っておられるかのようです。
業績の数々も多くて指折りをしても、はみ出してしまいます。
長い人生をまことに真摯に正しく、徳ある人性でもって、
日本国中の人たちに勇気を与え、慰め、また笑いも与えてくださいました。
お顔を思い出すごとに、温かい気持ちになります。


そんな先生の記事が10日の読売新聞に載っていました。
次男さんの奥さんで真紀さんのケアノートでした。
先生と生活を長く共にされ、
その最後の姿をご存じの方が書かれた、すばらしい文章でした。
その中で、これぞ先生といわしめるお姿が書かれていました。
先生は沢山の講演、著書、医師として多くの人命にかかわった方です。
並外れたお仕事をなさった方です。
けれど、この最後の先生の姿ほど心打たれたことはありません。


「義父は最期の一か月、目をつぶりお祈りの姿勢をずっとしていました。
牧師の家庭で育ったからでしょう。
亡くなる二日前には、もうきちんと胸の上で手を組めなくなりました。
その姿に神々しいオーラを感じました。
もう見られないと思い、「ごめんなさい」と言って写真をこっそり撮りました。
最期は安らかな姿でした。・・・読売12月10号


あれだけ行動力があり、活動なさった先生が死を受容されて、
ただ一人神に祈られる姿です。
神のもとに帰ろうとする一人の人間として、
神と対話し祈られる謙虚な姿。
この間の渡部先生もそうでしたが、
人は自分が死後生命ある存在として生きるという確信をもったとき、
心から平安を持ってこの世を去ることができるのだと思います。


人間は死ぬとき、真実の自分の姿を見せます。
最期はその人の生き様がやはり現れてくるように思います。
キリスト教では死は終わりではなく、誕生だと言います。
あるいはプロテスタントではよく帰るといいました。
故郷に帰るのです。
私たちはそこからやってきたのだから。
カトリックでは、あの世に誕生するというようです。
どちらも、あの世こそ(神の国)、私たちが生きる真の場所だといいます。


日野原先生は、魂の故郷へ帰られたのだと私は思います。
私も死は新しい生で、本当の故郷へ帰ることだと思います。
だから、死は悲しみではありません。


2017年12月13日

2017年12月 5日 (火)

私の小さな歩みのゴール

最近の私は毎週カトリック教会に通っています。
誰に強いられるのではなく、
そこに行って祭儀に与る喜びを素直に感謝し、
喜びを感じています。
300人から400人ほどの方々と言葉を交わさなくても、
名前を知らなくても、
「あなたの胸の内と私の胸の内は同じですね」と思いながら・・・


ここまで来るのに、気が遠くなるほどの年月がかかりました。
何だはじめに帰っただけではないかといわれるかもしれません。
それはちがいます。
全く新しい神認識であり、
キリスト教の新しい理解を持っての再出発なのです。
聖書の言葉、ミサで語られる祭儀の言葉、祈り、
すべてが違った衣を着たように、
新しい現象を私に見せてくれます。
今までと意味が受け取る内容が異なってきたのです。
以前と一番ちがうのは、他宗教への尊敬と受容かもしれません。


神は唯一であるということは、
同じ信仰にあるものということではなく、
全人類にとって、全被造物にとって唯一だということです。
神は多種多様であり、その広さ、高さ、深さは
ちっぽけな人間にははかり知ることができないということです。
人間は100人いたら100人の性格、能力があります。
1000人いたら、1000人です。
何十億人では何十億人が皆、性格と能力が異なるのです。
でもその違いが神の多種多様な表れであるということに気がつきました。


他の宗教の方には他の書物や場所があるように、
私にはキリストへの道が与えられた道なのです。
今読んで教えられ、覚醒させられているのは、
エックハルトとヤコブベーメです。
タウラーやサン・マルタンも読んでみたいと思います。


そして私にとって懐かしい方、
トルストイの「文読む月日」北御門二郎訳も毎日読む愛読書です。
こちらは世界の偉人、哲学、神学、
宗教、芸術の煌めく言葉をトルストイが一生かけて集めたものです。
すばらしいです。


「私は何者でどこに行くのか」と問い続けた私の歩みは
新しい衣を来たキリストの理解の元に着きました。
ここに答えがありました。
そしてその答えを感謝して受け取ることのできる私となったようです。


2017年12月5日

2017年11月28日 (火)

万華鏡のよう・・紅葉の中で

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何もせずぼんやりと自然の中に身を浸し、
ぽかんと空を眺めているのはいい気持ちです。
おまけに周囲は赤、ピンク、黄色、白、オレンジと万華鏡のように美しい。
色様々な枯れ落ち葉の上に大きな木の寝椅子がおいてあるので、
靴を脱いで、「よいしょ」です。
「うん、いい気持ち・・」・・・隣の夫も至極満足顔


万博記念公園に夫と紅葉見物に出かけました。
家にいると、家事や読書、パソコンと、何かしらやっているので、
やはり外に出ると心の中が広く、大きくなっていくようです。
今日は2時間半くらい歩きました。
高い物見やぐらのような所にも上りました。
70段ありました。
でも、まだまだ私たちの足は大丈夫のようです。
植物、木々、池、沼、自然の色彩の美しさに酔ったようです。
雅、優美、慎み、そんな言葉が浮かんでくる
日本独特の落ち着いた色の世界です。
どうして自然の色って、こんなに美しいのでしょう。
久しぶり・・森林浴ならぬ、紅葉浴でした。



2017年11月28日

2017年11月20日 (月)

カトリックとルーテル教会の和解

カトリックとルーテル教会が和解したというニュースがありました。
10月31日プロテスタントの宗教改革500周年を記念して
「500年の間に起こった対立において起こった互いの罪を認め合い、
一致に向けて働くことを誓う」という共同がなされたそうです。
(2017年11月12日のカトリック新聞)


 カトリックとプロテスタントに分離したことは
キリスト教会だけの問題ではなく、
世界にも大きな影響を与えたと思います。
今地図を見ていても、カトリックの国とプロテスタントの国は
殆どはっきりと分かれ、その地域に対する影響は大きいと思います。
プロテスタントの代表は米国、カトリック国はやはりイタリアでしょうか。
これは教義の違いというだけではなく、
生き方、考え方、周囲との関係など、
人間に性格がちがうように、やはりかなり違っています。


それでもそれを乗り越えて、理解し合って、
一致していこうと努力することは進歩と思いますが。
でも多くのプロテスタントの教会は、
認められないという人たちも多いです。


私のように、初めはロシア正教に魅せられ、
それから米国式(宣教師)の教会に行き、
それから長い年月を経てカトリックに入ったものにとって、
イエスキリストと教会の教義問題は意味のないことのように思われます。
そんなことを言ったら、激しく怒られる方もおられるでしょうが。


プロテスタントの各教会巡り(真剣に探していた)
*プロテンスタト教会ではメソジスト系単立、日本基督教団、アッセンブリー、
バプテスト、聖霊派、アドベント教団、無教会も関心をもち勉強する)

最後になった教会の牧師さんは、説教の中で
カトリックは悪魔だとおっしゃっていました。
カトリックが悪魔なら、他の宗教もみな悪魔でしょうね。
この考えによると。

自分の所だけが正しいとする説教や言い分を聞いていると、
それは神の言葉どころかエゴ剥き出しの論理のように今は思われます。
宗教という仮面をかぶったエゴ・・・
他者を否定し、自分だけに正義があるとすること自体、エゴであり、
真実の神認識とはまったく異なると私は思います。
私自身ここまで来るのに長い月日がかかりましたが、今はそう思います。


だから過去には多くの過ちがあったけれど、
それを認めて、(カトリックは過去の間違いを公に謝罪しました)
謝罪した現在のカトリックの歩み方にはほっとさせられるのです。

いつかすべての人々が理解しあい、許し合い、
助け合うことができると信じたいです。
これは宗教だけでなく、すべてのことに対して・・・



2017年11月20日


 

 

2017年11月12日 (日)

故篠沢秀夫教授の心意気

この間亡くなられた篠沢秀夫名誉教授の在りし日の闘病生活を
NHKのハートネット福祉という番組で再放送していました。
私は教授の本を一冊も読んではいませんが、
以前よくテレビに出ておられたのを記憶しています。
ユニークな方なので、記憶に残っていました。


ALSの病気だということでしたが、
ベッドの上にパソコンと書物をおきながら、
仕事をしておられる映像でした。
会話ができないので、
質問には紙に書いて答えられていましたが、
どの質問にも真摯に向き合い、
文学的、哲学的な回答をしておられました。
この映像は77歳のときのようで、
それから7年もこのようにして、
ベッドの上で仕事をし、本を出しておられたのですね。
いつも明るくおもしろいことを言っておられたのに、
長い深刻な病との戦いの連続だったのですね。


テレビの映像を見ていて、苦労とか大変さよりも、
もちろんそれもそうですが、病を得てなお、
知的な頭を生かし続けるその生き方に深い感銘を受けました。
知的な生活をしている方の頭脳は、
病を得ても、肉体と頭は別物らしく、
健康体のときと同じように動く方がいますが、先生もその通りでした。


ALSという病名で、言葉も発せず、
すべて人の手をかりなければならない状況の中で、
パソコンを覚えて文章をかき、病の中で本を出版されるその意志の強さ。
究極的に人間とは、精神である。という事実を目の当たりに見た思いです。
人間の精神は肉体の衰えと共に弱り、消えるものではないと思います。


むしろ、肉体が弱っていくとき、
精神というか人間の内奥の魂の部分がくっきりと表れて、
輝くという場合があります。
すべての人がというわけではありませんが
晩年、また死を迎えたとき、魂が際立って輝くということがあります。
 だからこそ篠沢秀夫教授のあの前向きの姿に、励まされました。
人間、生ある限り精一杯生きるのだ。
それが務めである。
そんなふうに言われているような気がしました。


奥さんのすばらしいこと。
ニコニコして、疲れもみせず、
先生のすべてを包み込んで守っておられる。
素晴らしい夫婦の姿もみせていただきました。
いい番組でしたよ。
篠沢教授77歳、奥さんは70歳。
亡くなられたときは教授は84歳、奥さんは77歳でした。


これは私たち夫婦のこれから7年先のことです。
私はこの素晴らしい映像を録画して、DVD―Rに入れ、
夫に渡して、
「大丈夫、肉体は衰えても、人間の精神は強い。
頭脳は弱らない。書いていけますよ」と言いました。


夫は48歳から今まで、本を書いてきたので、
とても参考になり励まされたようです。
自分の部屋でゆっくりみながら、
「これは将来の自分にとても参考になる。
人間はどんなになっても、頭は動き、仕事できるのだね。
大事においておくよ」と言いました。


この映像が放映されたのは、篠沢教授77歳のときであり、
現在の夫と同じ年齢です。
篠沢秀夫名誉教授は見知らぬ人間にも、
良き影響を与えられたのでした。
身をもって、励ましをあたえられたのです。


2017年11月12日

 

 

2017年11月 4日 (土)

故渡部昇一先生・・・死ぬことは何の心配もない

書店の新刊コーナーには、
一週間もしたら次々と新しい本が並べられています。
今日も立ち寄ってみたら、新刊コーナーに他のより冊数が多く、
高くなっている本が目につきました。
「魂は、あるか?」という題名で、
この間亡くなられた渡部昇一先生の本でした。
先生はテレビで政治問題や、現実路線のお話が多くて、
私はその方面はあまり関心がないので、一冊か2冊しか読んでいませんが、
今日見た本の帯に書かれた息子さんの言葉でしょうか
・・下記の言葉に引き付けられて、やはり買って帰りました。


それは父(渡部先生)の最期の教え、
「死ぬことは、何の心配もないぞ」でした。
先生はあまり信仰の話は公には言われませんし、
宗教の話はなさいませんでしたが、カトリック教徒でした。
ご家族も全員そのようです。


先生の本を殆ど一日で読み終わりました。
この本には先生の遺言ともいうべき、大事なことが書かれていると思います。
死を前にして、一番大事なことを述べられたのだと思います。


自分と神の問題・・そしてなぜカトリックに入ったのかも。
私はこの本を読んで、同じカトリックだからというわけではありませんが、
すごく安心しました。
私も先生の行かれた所にきっと行くんですね。
すごくほっとしました。


本文8ページに(息子さんの言葉)
・・・死の床にあって父は
「自分ほど幸せな者はいない」と言い切りました。
そして出会う人全てに感謝の気持ちを表し、
死の直前まで取り乱すことはありませんでした。
それはある確信を持った者にしかあり得ない、見事な最期であったと思います。


・・ただすばらしいという言葉しかありません。
このように言える先生の人生は真に誠実であり、
正しい生き方をなさったからでしょう。
良心に恥じることなき、正しい生き方だったのだと思います。
先生はパスカルを尊敬し、深く学ばれました。
そのパスカルが信じた神を先生も信じられたのですが。


パスカルはこのように述べたそうです。
死後の世界や神や霊魂を理性的に証明できるかどうかでなく、
あると信じるかないと信じるかという問題です。
そんなものは存在しないと信じていて、死んでからもなければもともとである。
またあると信じてなかったらこれももともとである。
もともとそれらはなかったのだから。
けれども本当にあったらこれは問題です。
好き勝手な人生を送って、もし神や霊魂が存在したら?
これは取り返しのつかないことになってしまう。
あなたがどちらに賭けるかということです。


神がある方にかけても、何も損することはない。
死んで何もなくてももともとだから。
でももしあったら?
これは恐ろしいことです。
ですから、パスカルは危険率による確率論から、
信じる方にかけることの方が明解なのだと述べたそうです。


それで渡部先生もパスカルと同じように、
神、霊魂、死後の生を信ずる方に賭けられたのだそうです。
そして渡部先生は言われます。
そう信じたことで一度も損をしたことはありません。
信じない人たちよりずっと幸福を味わうことができたといわれます。
だからこそ、確信をもってあの世に帰られたのでしょう。
霊魂、死後の生、神を否定する人もいるけれど、
それはないのだと証明することもできないのです。


いずれにしても、人は平安のうちに、
渡部先生のように
「死ぬことは、何の心配もないぞ」と確信をもって死ねたらいいのです。


2017年11月4日

 

 

2017年10月27日 (金)

私の誕生日

大型台風21号が来たようです。
風も雨も強くなってきました。
それなのに私は教会のミサに出掛けました。(私一人で)
殆ど一年弱、教会のミサはご無沙汰してましたが、
何の変化かミサに与ることがすごく嬉しくなってきました。


ユダヤ、仏教、ヒンズーの学びをしているうちに、
キリスト教の深さがわかってきたような感じです。
他宗教とのちがいではなく、
他宗教から教えてもらったという感じです。
ベトナムの禅僧侶の本を読んでいて、
「ここで(サンガ)学んだあと、あなたのルーツに帰りなさい」とありました。
特にキリスト教徒に対して・・・
他を学び、そして自分のルーツに帰ること・・・それが大事であると。


特に今日は私の誕生日。
ミサに出て自分を祝福したいと思いました。
今日は私の誕生日よと誰に言うわけではなく、
ただ神の祝福を受けたく思いました。
雨、風も私を祝福してくれている。そう思います。


今日の参列者はいつもより少なく席も空いていました。
(それでも150人ほど)、
年寄りの方は安全上来なかったのかもしれません。
教会において人との会話は大切かもしれないけれど、
教会はまず神と自分との出会いであり、
教会は人に会うためではないと思っています。
私の行く教会はミサが終わるとすぐ帰る人の多いこと。
お寺詣でに近い感覚です。
コーヒーとパン(100円)は出るのですが、
ゆっくりしないで帰る人が殆どです。
ミサだけおいでになるのです。
その気持ち、私にはわかるようになりました。


雨の中、すべらないように気をつけて、
ゆっくり帰りました。(この年で骨折は要注意)


夕方には夫が私の誕生祝いをしようと言ってくれたので、
これもまた台風の中、でかけることになりました。
何といいましょうか。
風雨の中の誕生日です。
こういうことをやる夫婦もまた面白い夫婦だと思います。
ホテルで食べる計画は普通の店のなべ焼きうどんとなりました。
でもこれが美味しかった。
そして店のお隣にある本物のコーヒー店。
手作りのケーキと挽きたてのすごくおいしいコーヒーです。
これはちょっと贅沢しました。
誕生日を祝ってくれる人がいるということは幸せなことです。
私はこの幸せを普通だと思ってはいけませんね。


帰り、台風は凄まじかったです。
傘は骨が折れ、壊れました。
壊れた傘で頭だけは守り、
横殴りの風雨の中、夫と濡れながらようよう家に・・
よくやるよと何となく面白くなりました。
忘れられない74歳の誕生日です。



2017年10月27日記す

2017年10月19日 (木)

灯をともされて

今日は朝から一日中雨が降る筈でした。
そのように天気予報がなされていましたから。
それが何と朝から曇り空で殆ど一日中空から雨は降ってきませんでした。
これはよほど強烈な晴れ男か晴れ女がいたからでしょう。


今日はひまわり広場で「ロシア祭」が開催される日で、
ロシアの方々の歌や踊りがあるとのことで楽しみにしていたのです。
広場には雨が降ってもいいようにテントが張られ、
演技ができるようにはなっていました。
軽い気持ちで行ったのですが
ロシアの領事や市長さんのご挨拶もありました。
日本の国旗やロシアの国旗もあり、
日本とロシアの友好親善のための企画のようでした。


美しいロシアの女性(プロの舞踏家)が、
(ロシアカルチャンセンターのカチューシャ)
民族衣装をつけて踊ってくれましたが、神秘的な感じさえしました。
髪は金髪、少し金髪、黒味がかった人、
真っ白い肌、黒い瞳、中近東のような肌の色、いろいろですね。
衣装も何度も取り換えながら、満面の微笑を浮かべて、
ロシア語で100万本のバラを歌ってくれました。
日本人はロシア人が大好きですね。
ダンサーの人たちは日本とロシアの架け橋になっているそうです。
日本ではロシアの歌や踊り、ロシアでは日本の舞(日舞)をして、
大変ロシア人から喜ばれるといっていました。


すばらしかった。
踊りや歌を聞きながら、彼女たちの姿を見ながら、
14歳頃の自分を思い出していました。
ロシアに浸っていたあの頃を・・・


私の精神的(霊的?)原点はロシア文学です。
それもトルストイとドストエフスキーによって、
私は信仰を与えられたのです。
まだ育ち中の青い果実の私の心に
見えない存在が灯をつけてくれたのです。
シベリアの冷たい風よりも、硬い氷の大地よりも、
冷たく凍っていた私の孤独な心に、
温かい灯をともしてくれたのは、天使だったのかしら? 


神、イエス・キリスト信仰は
トルストイやドストエフスキーの信仰でもあり、
その書物を通して彼らの魂が私を導いてくれたのです。
あのときから・・私は神への探求の道を歩き始めたのです。
ダンサーの踊るロシアの世界に触れながら、
当時を思い出して胸が熱くなりました。


罪と罰のソーニャ、カラマーゾフのアリョーシャとイワン、
復活のカチューシャ、
戦争と平和のナターシャ、ピエール、ボルコンスキー、マリア等々・・
私には作品の人物(モデルは存在している)は
私の中では事実実在したのです。
ソーニャもカチューシャも・・


忘れないですよ。
あれから魂の探求を始めたのですから。


2017年10月19日

2017年10月10日 (火)

タイの賢い娘さん

「賢くて、可愛くて、優しい子」
これは、今日のゲストタイ人ウィウさんのお母さんが
「あなたの娘さんはどんな娘ですか?」と聞かれてこのように答えました。
日本人の親では心で思っていても、
かえって反対のことを言ったりしますが、
このお母さんは我が子を心から誉めていました。
事実娘さんはそんな人でした。(現在阪大で国際経済を研究)


お母さんも今日本観光中とかで、親子ゲストでした。
お母さんは純粋なタイ族らしく、小柄で肌は小麦色より少し濃いめ、
でもとてもチャーミングで魅力的な人でした。
お二人とも大の日本好きらしいです。
多文化サロンでしばらく欧米や南米など
日本人とは肌や外見が異なるゲストが続いていましたが、
今回は東南アジアで、私にとってタイの人は初めてでした。
タイの人たちは観光には日本に来ているのでしょうが
あまり目立たないのでわからないのでしょう。


ウィウさんはお父さんが中国系、お母さんがタイ族とかで、
肌は一般のタイの人よりも白く、体形も中国系に似ているようでした。
タイと言われればこの間崩御されたプミポン国王を思い出します。
今も尊敬を一身に受けている大きな存在だということです。


タイは仏教が国教であり、
その浸透ぶりは日本の仏教どころではありません。
でもタイの仏教は日本とはかなり違っているようです。
日本の葬式だけ、何か特別の行事のときだけという仏教ではなく、
生まれたときから存在している自然にあるものという感じでしょう。
だいたいタイもですが仏教国の人は顔が穏やかです。
微笑みが自然に備わっています。
毎日挨拶からして、手を合わせるからでしょうか。
手を合わせながら、きつい顔はできませんから。


今日の30名ほどの皆様とFさんの心をこめたタイの料理をいただきました。
タイの料理は美味しいですね。
大勢の人たちと同じ食事をしながら楽しむのは、とても楽しいものです。

レッドカレー(ココナッツミルクのチキンカレー)と
ヤムウンセン(春雨サラダ)と
カノム・カイ・ノッククラター(さつまいものドーナッツ)が今日のメニューでした。
次回はイタリアの方だそうです。


*日本の仏教を葬式だけと書きましたが、
信仰深い、敬虔な仏教徒も沢山おられます。
そういう方々の熱い信心によって、
千数百年前から続く仏教の法灯は、
今もなお途切れることなく脈々と続いています。
それは日本人の精神構造の基ともなっています。



2017年10月10日

2017年10月 1日 (日)

奈良西大寺展へ行きました

あべのハルカス美術展で公開された「西大寺展」最後の日、
そんなに遠くでもないので夫と出かけました。
日本の仏像美術を見たいと思ったのと、
私の従妹が死ぬ2年前に「西大寺で会おうね」と言っていたのを思い出して、
せめて西大寺の仏像を見て、従妹の供養をしたく思ったのでした。
何度も西大寺に行こうよと従妹がいっていたのに、
私が重い腰をあげなかったのでした。
従妹は薬漬け(病院の)でフラフラしていたけれど、
私が彼女の心の寂しさを察して、いくら交通音痴の私でも
頑張って会えばよかったと今も心苦しく思っています。


海老蔵さんの音声ガイドを聞きながら、
秘仏といわれる仏像の数々をゆっくりと見て回りました。
かつてはどの仏像も金箔が貼られ、黄金色に輝いて、
極楽浄土へと人々をさそっていたことでしょう。
仏像は鑑賞するためではなく、
一体一体が信心のためであったと思います。
仏師は全霊をこめて、彫り続けたであろうし、
それを見る人々はただ頭を垂れて合掌したのではないでしょうか。


仏教のいう救済はキリスト教のいう救済とは少し違うかもしれませんが、
人々の苦しみからの救済を願って、寺が建立され、
仏像がおかれ、人々が救済を求めて集まったのです。
会場に鎮座している諸仏像も
その昔、人々の熱い信仰を受けていたにちがいありません。
仏像の一体、一体に
当時の人々の祈りがこめられているように感じました。
仏教寺院も西洋の荘厳な教会も今は観光のためのようになっていますが、
本来は信仰の場所でした。
神や仏に対する人々の内面的希求が建物として現わされたのです。
たとえ・・・・鑑賞展として見に行ったとはいえ、
そういう思いを持ちながら見ると
畏敬の念と有難いという気持ちが伝わってきます。


「西大寺展」は最後だったので、とてもにぎやかでした。


今、カトリック神父のペテロ・バーケルマンスが日本語で書かれた
「イエスと空海」を読んでいます。
神父は高野山大学大学院博士課程を修了されました。
また四度加行の最終修行もなさり、
またヨーガの指導研修も受けておられます。
分厚い本(443ページ)ですが、
仏教音痴の私にとって、とてもいい教導書です。
神父自身の体験から教えられています。
私の年齢(73歳)でも理解できます。
現在は仏教系とカトリック系の教育機関の間に霊的つながりができ、
お互いの専門家との間に深い友情が生まれているそうです。
すばらしいことだと思います。


仏教やヨーガ(霊的な)を勉強していると、
キリスト教の深い意味がわかってきました。
前から感じていたのですが、
カトリックはかなり内面的にも外面的にも
仏教に類似している部分があります
どこかで深いつながりがあるような気がします。
イエスの言葉は仏教の理解をもってさらに深められます。
信仰とは一生をかけての道なのでしょう。
それはどの宗教においても同じことです。


私は偏狭主義のキリスト教で育ったので、
なかなか多様性とか視覚的な像に対して、
抵抗のようなものがありましたが、
今はむしろ太古の昔から各民族が祈りの対象としてきた女神や神々、
聖人の像や絵に温かみと懐かしさを覚えます。
心がすごく軽くなりました。
我ながら驚く変化です。


2017年10月1日

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