2018年4月14日 (土)

人生最良の日々

https://www.youtube.com/watch?v=2sGvrQm0gjo

ヒルデガルトの歌です。

私は今人生で最良の日々を過ごしています。
ビンゲンのヒルデガルトのスキヴィアス(道を知れ)をゆっくりと学んでいます。
1部から3部あり、2部だけが邦訳されています。
英語版の1部をとても遅いペースで噛みしめながら(英語ができないので)、
意味を理解しながら、進んでいます。
3部が終わるのは今年中かそれ以上でしょう。
その他に「神の御業の書」もあります。
私の残りの生はこれで尽きるかもしれません。
ベーメもすばらしいのですが、
やはり女性であるヒルデガルトの神学は私には身近に感じます。


そういうわけで、これ以上の楽しみがなくなりました。
夫と毎日ヒルデガルトのテキストの話に夢中です。
ヒルデガルトの著作は、真のキリスト教の入門書であり、神学です。
私はこの年齢になって、新鮮な気持ちで、
キリスト教に再入門した感じです。
目の前がパッと開かれた思いです。
感謝の々です。


邦訳されたものは僅かしかありませんが、ご紹介します。
興味のある方はお読みください。


*「ビンゲンのヒルデガルト」レジーヌ・ペルヌー著 門脇輝夫訳 聖母文庫出版
*「聖女ヒルデガルトの生涯」ゴットフリート修道士・テオーデリヒ修道士著
久保博嗣訳、荒地出版社
*「中世思想原典集成15、女性の神秘家」
編訳上智大学中世思想研究所 発行 平凡社
(これはヒルデガルトのスキヴィアス(道を知れ)の2部のみの訳が入っていますが、
素晴らしいです。)


私の小さな歩みもしばらくお休みします。
(長い休暇になるかもしれません)
今私はヒルデガルトに啓示された「神のことば」を学びたいのです。
ドイツではヒルデガルト生誕900年のお祝いがあり、
また切手にもなりました。
ドイツにとっても、偉大な女性です。
カトリックでは教会博士です。


*********


上記の文章とは関係ないのですが、
ブログで輪廻転生を信じていると書いたような気がします。
今は信じていません。
誤解を生むといけないと思いましたので、訂正します。
人間の生命は一回だけだと思います。


*それから臨死体験も以前はそうかもしれないと思いましたが、
今はそれも信じていません。
なぜなら、臨死体験は死んでいないからです。
これを付け加えておきます。



2018年4月14日

2018年4月 6日 (金)

復活祭

復活祭が4月1日になるのは珍しいことです。
復活祭は毎年教会暦によるので、日にちは変わります。
今年はちょうど1日となったので、
いつもより何か違った感じがします。
前の夜(31日)は,復活祭前夜式で洗礼式もあり、特別な祭儀でした。
2時間半の祭儀は老人にはかなり大変なので
どうしようかと思ったのですが、
来年はいけるかどうかわからないと思って出かけました。
そして、何もできない私だけれど、
受洗される人たちのために、祈りを捧げたいと思ったのです。


前夜祭は日本人だけでなく、外国の方もかなり集まっていました。
英語、スペイン語、インドネシア語の混じったミサです。
夜遅くなるので、やはり復活祭(1日)の人数よりは少なく、
それでも350名くらいは来ていました。
スペインの神父さま、
日本語、英語、スペイン語を駆使して、大活躍です。
ご自分の導いた方々25名が洗礼を受けられるのですから、
最高の笑顔でした。
心から嬉しさがこみあげてくるようでした。


25名(幼児1名)の方たちは、緊張と新しい決意をもって、
また喜びをもって、洗礼を受けられました。
私も自分のことを思い出しながら、
この道をまた新しい決意をもって、歩んでいこうと思いました。
洗礼はゴールではなく、新しい出発ですから。


カトリック教会では、日本時間ではだいたい同じ時刻に
前夜祭が行われ、洗礼式が行われています。
空から見ていたら壮観でしょうね。
日本中の教会でローソクに火が灯され、
振り香炉の香が聖堂に満ちて、
賛美の声が空まで届いていることでしょう。
やはり、出てよかったです。
ミサはいいですね。
復活祭のお祝いのたまごをもらって私が家に帰ったのは、
夜10時半にはなっていました。


1日は、昨日の疲れもあまりなく、夫と仲良く、
今度は復活祭のミサに与りました。
今日もやはり外国の方も多いです。
最近、様々な国の人が教会にも来られます。
肌の色、体形など、全く感じなくなります。
同じ赤い血が流れている、同じ人間だと思います。
今の教会にきて、いつも外国の方を身近に見ていると、
仲間という感覚が強くなってきます。
肌の色も衣服と同じで、みなきれいだな、美しいなと思います。
一種類の色だとおもしろくありません。


満席でした。
400人以上は来てたでしょう。
そのあとはパーティ。楽しく食事をいただきながら、
会話しながら、幸せなひと時を持ちました。
復活祭 おめでとう!


2018年4月6日

 

2018年3月28日 (水)

天界の音楽

*ヒルデガルトのことはウキペディアでも
詳しく出ています。是非検索してください。
便利な世の中になったものです。

ずっと昔の人から見たら、
魔法を使っているのではと思うのではないでしょうか。
アマゾンからヒルデガルトのCDを注文したら、
はるばるアメリカから届きました。
よく見ると作られたのはEUです。
信じられない、速さで着きました。
値段も送料込みで、1000円ほどです。


ヒルデガルトの音楽をパソコンで聴いているうち、
CDが欲しくなりました。
ヒルデガルトは実際に聴いた天界の音楽を譜面にしました。
そして神への賛歌である言葉を沢山残しました。
それを現代の歌手が歌い、世界中で販売しています。
天界の音楽を書き記した人なんて、そうあるものではありません。
ヒルデガルトは検索してみればわかりますが、
ほぼ900年も前のドイツの神秘思想家です。
カトリック教会では聖人となっていましたが、
さらに2012年に教会博士となりました。
とにかく、あらゆる面において、偉大なひとです。
やはり魂が清められるような、心安らぐ美しい音楽です。


********


音楽とともに、今ヒルデガルトの膨大な著書の中から、
代表的な作品といわれる「道を知れ」と
「神の御業の書」のキンドル版を手にいれて、翻訳機に頼りながら、
驚くべきメッセージを読んでいます。
(英語キンドル版は夫が捜しました)
これほど、天界の有様を見て、聞いて、書き残した人は
古今東西ないかもしれません。
恍惚状態や忘我の状態ではなく、あくまでも冷静、理性的な目で
その啓示を受けた方です。
謙虚な眼で、心で、読むとき、見えない天界の有様が
ごく自然に心の中というか、魂の中に入ってきます。
残念ながら、日本語訳は「道を知れ」の第2部しかありません。


ヒルデガルトは最近になって、ようやく今の時代に蘇った感じです。
今こそ、彼女が受けた天のメッセージが
必要とされる時はないのかもしれません。
「預言者、科学者、音楽家、画家、詩人、医者、神学者、説教者、薬草学等々・・」
あらゆる分野に秀でた人であり、中庸ということを大切にした人です。


2018年3月28日




2018年3月20日 (火)

金婚の祝い

今日は春うららの日です。
新聞のお天気欄も太陽マークが一日中、輝いています。
急に思いついて、後回しにしていた、
私たち夫婦の金婚の祝いをしようと万博記念公園に行きまた。


 実は金婚の祝いはどこかに旅行するとか、
何かごちそうをと、特別なことを考えてもいましたが、
だんだん遊びや食べることに興味がなくなってきたのです。
喜びは一時的なものですから。
万博の近くにあるエキスポ阪急ホテルのカレーとコーヒー、ケーキを、
ホテルの美しい庭をみながら食べること。
そして念願の関西一といわれる観覧車に乗ってみたいということ。


これが「ねえ、金婚の祝いだけど、何する?」と夫に聞かれて、
私が言った希望です。
「ははん?ホテルの食事は理解できても、観覧車?」と、夫は不思議そう。
万博の観覧車は大きくて、高くて、かなり遠い所からもよく見えます。
私はあの高い所に上がって、大空を見てみたかったのです。
空が好きなのです。
それは広くて、大きくて、見ているだけで、
心身ともに溶け込んでいくようです。
子供のとき、よく草や藁やレンゲソウに寝転がって、
空を見つめていました。
空が大好きでした。
だからこんなに年取っても、
もっと近くに行きたいなと思ったのです。


私は空の奥の奥に、
私の故郷があるようなそんな気がするのです。
そのように想像するのです。
このささやかな夢は実現しました。
観覧車に乗って喜んだのは結構夫でした。
あの高さから見る景色はすごいですよ。
あ、それからホテルの食事もすてきでおいしかった。
阪急ホテルのカレーは有名ですよ。

********

「どうして私を見つけんだと」と夫。
「神さまが導かれ、与えたの」・・・これが私の答えです。
結婚は人生の一大事です。
これによって、人生の大半が決められるといっても過言ではありません。
特に「私はクリスチャンとでなければ結婚しない」
と宣言していましたので、祈りは真剣でした。
毎日、夜遅く、暗い空に向かって、
時には星や月の輝く夜空に向かって、神様に祈りました。


一年経った頃、ある日、
揺るぐことない確信が私の内部に与えられました。
答えられたのです。
そうして私は田舎町から大阪へ出たのです。
それからの導きはただ不思議でした。


出来上がった者同士の結婚ではありません。
でも、神様の与えられた人、
私の願いをかなえて下さったのだ・・・それは真実なのです。
結婚式の誓いの言葉は形式ではなく、真実の言葉です。
もう一度あの言葉を思い出して、
言葉が実のなるように、最後まで努めたいと思います。
今日は良い日でした。

********

再び誓いの言葉・・・金婚の祝いに


健やかなるときも、病めるときも、
喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、
貧しいときも、これを愛し、これを敬い、
これを慰め、これを助け、
死がふたりを分かつまで、真心を尽くすことを誓いますか?

「はい」



2018年3月20日

2018年3月11日 (日)

十字架を負いて

今日のミサのお話は、素晴らしい教えでした。
スリランカ人のB神父さまでした。
静かな、謹厳な、瞑想的な方です。


聖書の中にこのような記述があります。
「さて、イエスを引いていく途中、兵士たちは、
田舎から出てきたシモンというキレネ人を捕まえて、十字架を負わせ、
イエスの後から運ばせた。」マルコによる福音書21(フランシスコ会訳)
*イエスは十字架を負う力がもはやなかったからである。


この聖書のお話で、キレネ人シモンはたまたま通りかかって、
十字架という忌まわしい木を背負って刑場にいくことになった。
彼の人生はこの不意の出来事のために
すっかり変わってしまったかもしれない。
どうしてと思っただろうが、彼は抵抗もせず
イエスに代わって負っていった。
そのようにわたしたちの人生も自分の予期しないこと、
したくないこと、それがやってきたとき、
このシモンのように黙々と従えるかということです。
十字架を負うということは、たいてい自分にとって
嫌なできごとだからです。というお話でした。


ミサの後、100円のコーヒーを飲もうとして
丸テーブルにおいしいコーヒーを運びました。
隣の方に(もうここは長いのですか?」と私が聞くと、
70歳を超えた方ですが、「いいえ、3年ほど前からです。」
よく見ると杖をもっておられる。
足が悪いのかと思って(大丈夫ですか?」と聞くと、
「はい、40分歩いて教会に来ました。また歩いて帰ります。
ロザリオの祈りを唱えながらです。それがちょうどいいのです」


私はびっくり。
今日は寒いの、暑いの、
歩く距離が遠いのとぶつぶつ言うわたしなのに、
この方は一週間2~3回の腎臓透析を受けながら、
今も他の身体の異常をかかえながら、顔が輝いています。
「すべて、感謝です。本当に感謝です。」と。


お話を聴きながら、またまたびっくり。
お産のとき医療ミスで半死半生になり、今も後遺症があり、
その体で働き、義母にいじめられながら、子供を育て、
その間もいつも神様に感謝していました。
そして周囲の人のために祈りました。
いじわるだった義母が死ぬとき「わたしは意地悪したのに、
あなたは少しも変わりなかった。すまなかった」といいました。
そして夫も、義母もカトリックの洗礼を受けてなくなりました。
わたしは恨んだことはありません。
いつも神様に感謝していると、本当にいいことばかりがやってきます」


私に一番足りないことを今日は教えられました。
生きた体験のお話です。
心があんなにきれいだと、顔が輝くのですね。
教えられました。
今日から私も感謝ということを忘れないでいこう。


夫と教会を出たとき、あの方が杖をついて、
歩いて帰って行かれるのを見ました。
幸せな方です。


2018年3月11日

2018年3月 2日 (金)

私と洗礼

この前も書きましたが、3月31日の復活徹夜祭において、
新しいカトリック教徒の方々が仲間にお入りになります。
関係のない方には、何のこともないのですが、
自分の信ずる道へ進んでいく決意は、
おそらく生涯で最も大きな出来事なのです。
赤ん坊が母の胎から(オギャー)と言って生まれる誕生も
大きな出来事であり、出発でありますが、
洗礼も霊的な世界においては、誕生と同じことなのです。


私は引っ越しは10回ほどしましたが、
その混乱と混雑の中においても、
忘れないで、失くさないで大切に持っていたものがあります。
洗礼証明書です。
私が10代の頃から通い、
そこの教会で授けられた受洗の証明書です。
1965年4月18日(復活祭)21歳でした。
授けて下さったのは、尊敬する米国人P宣教師でした。
53年も前のことです。


私は教会に行くこと、キリスト教を信じることに
家族、周囲から反対されていました。
養父母、実の父、誰一人いい顔をしない家族や身内の間で、
小さくなりながら、それでも教会に通いました。
ときどきは一人戦う緊張に疲れ果てながら。
それでもある時勇気をもって「洗礼を受けたい」といったら、
叔母が北海道の旭川からすっ飛んできました。(鳥取県まで)
北海道は修道院の多いところで、
てっきり私がシスターになると思ったのでしょう。
そうではないと知って帰っていきましたが。(でも激しく反対)
もし私が若い日に行った教会がカトリックであったら、
本当にシスターになっていたかもしれません。
(私には教会の種類や区別はわからなかった)


教会(プロテスタント)の教会に通い出して8年目、
わたしは親に黙って洗礼を受けました。
浸礼しか認めない派であり、
教会員の皆様が見ている前で
洗礼用の風呂より大きい水槽のようなものの中に入り、
私は白いガウンを着て、
P宣教師にすべてをゆだねて、全身水に浸されました。
あのときの感激と喜びを今も思い出します。
洗礼証明書はもう古くなり、黄いばんでいます。
でも私の宝物です。
優しく、暖かかった宣教師の思い出とともに。


そして2015年4月4日、私はカトリックの洗礼(滴礼)も受けました。
プロテスタントはルター派や聖公会は知りませんが、
洗礼名はありません。
カトリックで私はソフィア・エリザベトという名をいただきました。


実はカトリックの神父さまたちの多くは
洗礼はどこで受けてもそれが正しいものだという考えが多いのです。
だから、プロテスタントからカトリックに代わるときは
堅信礼というものを受ければいいとされますが、
私がカトリック入門講座を受講した教会の神父さまは、
カトリック以外の洗礼は認めない主義の方でした。
わたしは別に抵抗もなく受け入れました。
カトリックに入るにはその方法しかないと思いましたし、
カトリックの洗礼を経験したいという気持ちもありました。


ということで、何の恵みか浸礼と滴礼を受けたわけです。
今でも浸礼か滴礼かと論争しあっている方々がおられるのに、
わたしは2つの洗礼を受けたのです。
論争など私の中ではあり得ません。
神さまは、心の狭い私だからこそ、小さな問題にこだわり、
躓かないために、両方の体験をおさせになったのでしょう。


浸礼は全身の感覚の体験、
カトリックの荘厳なミサの中で受ける滴礼はまた格別です。
魂の内部が震えるような。
私の小さな(大きいかな)経験が何かお役に立つでしょうか。
どちらも神聖で大きな神さまの恩寵です。
額の中にプロテスタントとカトリックの受洗証明書が仲良く入っています。
P宣教師とM神父さまの名前が書きこまれています。


2018年3月2日

2018年2月23日 (金)

春に向かって

太陽があまり出ないような国の人にとっては、
春はどれほど待ちわびる季節であることか。
今年のように雪が多く降り、
氷点下の日々もあるような寒い日が続いてきた日本でも、
ことのほか春は早く来てほしいなと思います。
でもようやく道端の木々も春の準備をはじめました。


最近日本でも復活祭ということばが知られるようになり、
クリスマスとともにいつか定着するのかもしれません。
意味はどうでもいいようで、
その雰囲気がムードが魅力のようです。
復活祭には教会でゆで卵にきれいな絵を描いて、
来た人たちにお祝いとして渡されます。
復活祭はもちろん、イエス・キリストの復活のお祝いの日です。
その日まで約40日間、心して意味をかみしめ
迎える準備をするのですよと今日のお説教のお話でした。
私もこのイエス・キリストの受難の日々を
心に留めながら生活しなければと思いました。
マタイ受難曲はこんなときに聴いたらいいのでしょう。


今日(18日)来る復活祭に洗礼を受ける人たちが紹介されましたが、
ほぼ20人くらいの老若男女がずらりと並ばれました。
カトリックの勉強は一年くらいかかるのです。
それをあと一か月で終了し、洗礼を受けられる皆さん。
心から拍手をしたいです。
自ら求めて学ばれたのですね。
神とともに歩む道を自ら選ばれた人たち。
胸が熱くなりました。
洗礼はゴールではなく新しい一歩の始まりですが、すばらしい道です。
皆さまの復活祭での洗礼式が楽しみです。


ミサの後、月一回のうどんの日があり、
今日は本当に久しぶりに食べることにしました。
夫と知り合いの人といっしょに。
殆ど一年半ぶりです。


私の前に外国の青年がうどんを一生懸命食べていました。
この人はクリスマスのお祝い会にも来て、
一人で寂しそうに食べていたのを思い出して、声をかけました。
すぐににこっと笑って答えてくれました。
夫も話しかけ、他の人たちも話しかけて、
彼はうどんを食べている余裕がなくなったようですが。
でもとても嬉しそうで、終始にこにこしてました。


コロンビアからきている阪大の留学生だそうです。
日本の教育、それも道徳を学びに来たそうで、ちょっと驚きでした。
お名前はと聞くと、「マルコ福音書のマルコ」とまた嬉しそうに。
それからは周りのもの「マルコさん」と呼び始めました。
20分ほど話して、わかれるとき、マルコさん、「嬉しかった!」と言いました。
ずっと教会にきていたのに、声をかける人あまりなかったのですね。


声掛け運動ではないけれど、
笑顔だけでも、ちょっとした言葉だけでも、
気がついたらかけようと思ったことです。
わたしにできることとはそんなことかな。



2018年2月23日

2018年2月15日 (木)

人間とは違うもの

私の行っている教会は
梅田の中心に近く、非常に便利なところです。
建物は現代建築そのままで、一見これが教会?という感じです。
ある人によると全体はノアの箱舟を模しているということですが、
誰に聞いても、この教会の建物の意味はよくわかりません。
はじめは違和感があり、
ああ、ヨーロッパにあるような美しい、
荘厳な雰囲気のある教会だったらいいなと思いましたが、
今はこのよくわからない建築物が何か好きになりました。


建物は四階建てになっていて、聖堂は三階にあり、
一階は広いロビーになっていて、
いろいろな用事の方
(一般人、学生、他宗派の人、諸集会列席者)が出入りしています。


わたしが入っていく時間帯には外国の方々がいっぱいいて、
話したり、書店で買い物したり、何か食べたりしています。
国は様々ですが、多いのはフリィピン系の人です。
ときにはインド、パキスタン、バングラデシュのような人も見えます。
日曜以外は南米系の人も多く集まるようです。


今日はにぎやかです。
アジア系の40人ほどの人たちが椅子にかけて、
代わる代わるマイクをもって歌の披露です。
英語かタガログ語かわかりませんが、
とにかく楽しそうに手拍子をとりながら、歌っています。
もちろん聖歌ですが。


日本人はそれを横目でみながら、
11時からのミサのため三階にいきます。
外国の方々は9時からなので、
終わって仲間同士の交流会をしています。
今日は食事も少し豪華なので、
何の祝日だったかなと、無知な私は思いましたが。


三階の日本語のミサはとても静かで、
90%が日本人、残りが外国人です。
日本語のミサは仏教系かと思うほど、瞑想的な歌であり、
どちらかというと内省的な雰囲気です。
ところが日本語ミサが終わり、聖堂から下に降りていくと、
別の世界が広がっているという感じです。


顔があったら挨拶します。
言葉はわからなくても、笑顔は同じです。
毎週違う国の人と出会っていると、
本で読むのとはちがう勉強になります。
日本人はどちらかというと頭で考える。
ドイツとかスイスの気質に似ているような。
でも頭で考えるというより、
体で受け止めるという気質もあるのだとわかりました。
考えるより先に手足が動く。
歌が出てくる。
ハグし合う。


ロビーの隅っこで、
大鍋が3つほどシュー、シューとふいていました。
皆で鍋を囲んで、また歌を歌い、踊るのでしょう。
楽しそうでした。
日本人でも異文化にすっと入っていける人もいます。
外国人でも日本人と同じような人もいます。
植物や動物にも様々な種類や特質があるように、
人間にも多種の気質があるのでしょう。
それがまた神の働きの多面性であり、多要素であり、
それはいろどり豊かな世界のためかもしれません。


2018年2月15日

2018年2月 8日 (木)

寒い日

寒い、寒い日。
気をつけていないと、また風邪がぶり返しそう。
せっかく自力で治したのに。
ミサが終わると書店にちょっと寄って、それからすぐ電車で帰ります。
電車に乗って17分で駅に着きます。
とても簡単で近いといえるでしょう。


ホームで電車を待っていると
なぜかいつもYさんが追いかけるようにしてやってきます。
今日は電車に乗った私を見つけたのか
すぐ横にやってきて腰掛けました。
少ししか空いていないのに、
彼女は細いからするっと入って・・・新大阪までいっしょです。
「心臓が悪いみたい。医者が嫌いで」と。
彼女は72歳。
わたしより2歳下です。
若いとき未亡人になって3人の男の子を育てたということです。
「働いてきて疲れたのよ。
体もほっとして、疲労をそのまま出しているのよ。ゆっくりしてね」
とわたしは言ったのですが、
やはり70歳を過ぎるとどこか不調を訴える人が出てきます。


教会は60歳から90歳までの人が7割くらいです。
いつか来れなくなり、消えてしまう人もいます。
来たくてももうだめだという日が必ず来るのです。
教会に行けば救われるとかいうものではありません。
本当の教会は建物ではなく場所ではなく、心の内部にあるのです。
これはカトリックも言っています。


私も含めて年寄りは、いつまでかなと思いながら、
通っている人が多いです。
だから教会に行ける日々を大切にしたいと思っているのです。
信仰とは神さまとわたしの問題です。
結局は自分の心の中にしっかりと信仰という根をおろして
強固な根にしておかないと、
一番大切なとき、役に立たないことになってしまうでしょう。


今日のミサ、わたしの隣に教会で一番の歌い手が座られ、
美しい声で正しい音程でリードしてくださり、
歌の苦手な私もついて歌って楽しくなりました。
歌のうまい人って素敵ですね。
ただ、日本一といわれる学者神父さまのお説教は、
難しくてありがたいというところまではいきませんでした。
聖書を読む方がよくわかりました。
こんなこともあるのです。


毎週何か小さな変化はあるのですが、
聖堂に入って椅子に掛けたとき、すごく暖かくほっとするのです。
ずっとこのままここにいたいとさえ思います。
心から安らぎを感じます。


2018年2月8日

2018年2月 1日 (木)

生きること、死ぬこと、その後

「わたしは何ものなのか」

「わたしはどこから来たのか」

「わたしはどこに行くのか」

 

この問いは13、4歳の頃から起こり始め、
解決することなく長い放浪(精神的)の末、
まさに人生の終わりが近づく頃なって、
ようやく神の御憐みによりかなえられたのでした。


 その問題は偉い哲学者もなかなか解決できないのでは?
といわれるかもしれません。
個々の哲学者はそう人もいるかもしれません。
けれど哲学者にも二種類ありまして、
神を信じているか、死後の生命を信じているか、
そもそも見えない世界を自覚し得る哲学者かどうかです。
そもそもこの世の可視的世界しか信じれない哲学者と
神を信じる哲学者とはまったく異なります。
日本にはこの世の感覚しか信じれないで
見えない世界を論議する学者の方が多いように思います。
見えない人がどんなに言葉を費やしても、
所詮見えない目で見えない世界を見ようとするのは不可能なのです。


ドイツ哲学の祖といわれる人はいろいろありますが、
その中で群を抜いて、そそりたつ巌の如き存在を示しているのは、
神秘主義者エックハルトとヤコブベーメです。
エックハルトは神という存在以前の無の世界まで到達した人、
ベーメは与えられた神秘体験による啓示によって、
天地創造、悪と善の始まり、
人間の創造、地球の創造と未来、自然、天国と地獄、
キリストの意味(ベーメはキリスト教は科学であるといっている)、
他宗教、等々・・・あらゆる疑問に対して明確に答えてくれています。


ただし、ベーメの著作を理解できるのは、
真理に飢え渇き、謙虚にへりくだり、自分を無にできる人だそうです。
そういう人に光は射し込むといいます。
ベーメの著作は英語では多数の本が出版されていますが、
日本語では少数です。
キリストの道(福島正彦訳)、ヤコブベーメ開けゆく次元(南原実著)、
アウローラ(園田坦訳)、キリスト教神秘主義著作集13(南原実訳)等々


ただし、英語のできる人にはオンラインとつながることができ、
多くの著作を読むことが可能です。
・・・・・・http://jacobboehmeonline.com/home

 私は日本語を殆ど揃え、それから英語ができないのに、
無謀にも英語版をパソコンに取り入れ、
グーグルの翻訳とこりゃ英和(夫が入れてくれた)の翻訳機を併用し、
それでもわからない単語を電子書籍で引いて、
毎日少しづつ読んで私なりにまとめて書いています。
まるで、私は富士山に登ろうとしている小さな蟻のようです。


でも蟻はあきらめません。
蟻の性質はこつこつと死ぬまで、働き続けることです。
蟻は自分の獲得したものをどこに運ぶか知っているからです。
蟻はわたしです。
今まではあちこちと蝶々のようにひらひらしていたけれど、
今度はよいしょよいしょと蟻の歩き方を学びます。
わたしは確かに目指したゴールに到達しましたが、
その門を開いただけで、探索は終わったわけではありません。
門の中の広い神秘の世界を教えられたのです。



2018年2月1日

«ヒルデガルトの音楽

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