2018年1月18日 (木)

西郷隆盛と聖書

この前「健康とは」について書きましたが、その後風邪気味で、
どうしたら快癒するかあれこれ試しながら、
自分の身体を見つめています。
多分私の不注意からです。
電気ストーブだけで暖をとっているので、
やはり寒く、家の中でもダウンジャケットを着ています。
コタツもありません。
コタツに入ると出るのが嫌になので。
あまりにも寒いときは、ダウンジャケットを寝袋として利用します。
すごく快適です。電気毛布は使用してません。
本当かどうかはわかりませんが、
電気毛布と認知症が関係あるとかないとかいうので、
まあ使用しない方がいいと思って。


14日は風邪気味の状態で教会へ行きました。
今日は特に寒い日。
私の他にマスクやゴホン、ゴホンという咳の音も聞こえて。
「1時間のミサの間、保てますように」と祈りつつ、
今日は後ろの方に腰掛け、目立たないようにしてました。
1時間無事に終わりました。


感謝しながら、書店に降りていき、久しぶりに本を眺めているうちに、
西郷隆盛に関する本がありました。
教会と西郷?・・
不思議な気持ちで手にとってみました。
本の題名は「西郷隆盛と聖書」守部喜雅著:いのちのことば社発行です。
もうずっと前に、
西郷隆盛は横浜の方で洗礼を受けたという話は知っていました。
何かで読んだか聞いたかしたことがあります。
そもそも「敬天愛人」ということばは、
わたしのような鈍なものでも、すぐに
キリスト教の「神を愛し、人を愛すべし」という聖句が浮かんできます。
説明とか、確証なしでも。


今日は風邪気味の中頑張って?
教会に来たお恵みだと思って本を買って帰りました。
幕末の頃、サムライたちは聖書を読み、
ある人は洗礼を受けたことが詳しく書かれています。
明治の初め、隠れキリシタンへの残酷な迫害を最後に、
キリスト教が解禁となり、
欧米のプロテスタント宣教師が先端の文化と思想、技術を伝えたようです。
カトリックとちがい、聖書そのものを
国政のリーダーから下々のものまで読んだようです。


新島襄、新渡戸稲造、内村鑑三、山本覚馬、大隈重信、
木戸孝允、勝海舟等々、
嫌でもキリスト教と関わりを持たざるを得なかったのです。
はじめは欧米を理解するためであった人も、
いつか心惹かれ、牧師になるサムライも出てきました。
勝海舟もそうであり、西郷隆盛もそうでした。
西郷隆盛は晩年、聖書を教えていたということです。
そして西郷隆盛のように、
身をもってその精神を実践した人も現れました。
また勝海舟のように、
晩年心からキリスト教に入っていった人もいます。


とても参考になりました。
懸命に学び、生きた先達たち。
今も生きています。
興味を持たれた方は是非お読みなってください。

2018年1月10日 (水)

健康とは

道で知り合いの人に会って「お元気ですね」と言うと、
たいていの人が
「いいえ、ガタガタですよ。病院通いですよ。」と言われる。
「病院に行かれるほどお元気ですね」と
私はちょっと言いたくなるのですが。
わたしから見ると病院通いしている人の元気なこと。
社交ダンス、旅行、食事会、カラオケ等々。結構楽しんでおられます。
わたしからみると、病院に通うのはエネルギーのいること。
まず病院までの距離。
待ち時間。諸々の手続き。
あれを思うと「病院は止めた!」となるのです。
少々の痛みや不便さは我慢しようと・・・・


作家の五木寛之さんの「健康という病」という本を読みました。
売れているようです。
書店で山積みです。
五木さんの本を読んで、その通りですと言いたくなりました。
わたしは五木さんほどではありませんが、検査はしません。
薬は全く飲みません。
歯医者(3年に一回)以外そんなに病院に行きません。
2年前にインフルエンザにかかったときは行きましたが、
それも家でじっとしておれば治ったでしょう。
夫が心配するので行きましたが。


五木さんのように、80歳過ぎまで
病院に行かないということはできないと思いますが、
私も五木さんのように、
治せることは自分でやってみるということはしてきました。
少々のことだったら、自分で治せるのではと思うのですが。


突然の事故、急病、ガンとかでないかぎり、
今のところは病院に行くのは時間が惜しいのです。
検査なんて意味がないと思います。
多分どこか悪いところが発見されるでしょう。
けれど100%何もない身体なんてあるはずがありません。
年齢とともに弱ってくるのです。


病院通いは体力の消耗、心理的消耗が甚だしいということです。
とにかく病院に行けば疲れてしまいます。
私は一週間に何回も病院に通うほど強くありません。
日本の病院の先生は皆優しくて、
一度行くとまたいらっしゃいと言って、ずっとお世話してくれます。
私はその優しさに疲れてしまいます。


とこんなわけで、よほどのことがない限り、自己流でやっていきます。
夫も同じように、歯医者以外、病院には行きません。
それでも77歳(今月22日で78歳)まで元気で、頭髪も黒黒です。
血流がいいのか活動力も旺盛で、まだまだ好奇心いっぱいです。


病院は行きたくないな・・・80歳までは


2018年1月10日

2018年1月 3日 (水)

2018年の始まり

今年の元旦は実におだやかな幕開けでした。
天候も突き抜けるような青空、日光も溢れんばかりに注ぎ、
新しい年を祝福してくれています。
お店も元旦から開けるところも多く、感覚においては
昨日と今日(元旦)は何も変わりないように見えます。
でも新しい年ですね。
2017年は過ぎ去ったのですから。


この穏やかな日が一年中続けばいいのですが、
何となく今年はびっくりするようなことが起こるような予感がします。
地球が、国々が、民族が、人々が
何か得体の知れないものに向かって、走っているような気がします。
走っていく先はどこなのでしょう。
何かに追われていて、うしろを振り返る余裕もないようです。


元旦、教会のミサに行きました。
元旦ミサは3年ぶりです。
正式にはこの元旦ミサは「神の母聖マリア」といいます。
今日もやはり特別な日なのでしょう。
M神父さまは、思いきり、振り香炉を何度も何度も振られたので、
薫りと煙が聖堂に満ちました。
集まった400名近くの人たちは個人、家族、共同体、
世界のために祈ったと思います。
誰もが「すべてが平和であるように」と。
特に苦しみの渦中にある人は心をこめて・・・


M神父さま、必ずミサの終わりに言われるのです。
「さあ、元気で頑張って行きましょう」と。
今日はそれに2018年もと付け加えられました。
2018年も元気で頑張って行きましょうということです。
それぞれの持ち場で働きましょうということです。
個人ではどうにもできないこともある。
けれど個人でできることもある。
老いたものは老いたものの立場において、
なすべきことをやりましょう。
誰にも能力と種類はちがってもすべきことはあるのですから。
「さあ、行きましょう。」・・・2018年は始まりました。


補足

素晴らしいと思ったこと。
神父さまは、ミサ中
手の平ほどの星の形をした白い紙を何枚か見せてこう言われました。
「この星はグランフロント大阪から来ました。
キリスト教徒ではないでしょうが、星の裏に願いが書いてあります。
祈ってくださいということです。外国語です。」


グランフロント大阪でクリスマスツリーが飾られ、
そのツリーに願いをこめて書かれた星が吊るされていたのでしょう。
それを近くにある私たちの教会に渡されたのでしょう。
ということで、見知らぬ方々の書かれた
星の裏の願いについて全員が祈りました。
祈りは教会の人たちだけのものではありません。
見知らぬ人のために祈ること・・・とても嬉しく思いました。



2018年1月3日

2017年12月27日 (水)

教会のクリスマスイヴ

街では一か月も前から、クリスマスが始まっているようでした。
立派なツリーが飾られ、クリスマスケーキの予約、
プレゼント等の購買意欲を増すために、
お店の人たちの努力は大変なものでした。
お店中が何かそわそわしてくるような感じでした。
遠い日、養母が「なんでキリストさんは、
こんなあわただしい年末に生まれなさったんだ」と言っていましたが・・
確かにそのような面はあります。
しかし、クリスマスは今では日本の風物の一部になった感さえあります。


どうして日本人はこんなにもクリスマスをお祝い?するようになったのでしょう。
何かほっとする暖かい幸せを感じるのでしょうか。
自分のことより、恋人、友人、家族など
誰かのことを考えるようになるのでしょうか。
「誰かのために」・・・
そのような気持ちにさせるクリスマスはやはり、
クリスマス(キリストのミサという意味)なのです。


「教会でもクリスマスをするの?」といわれそうです。
去年はいきませんでしたが、今年はあのイヴの雰囲気に浸りたくて、
帰りは遅くなるのですが夫と行きました。
40分も前に行ったのですが、次々と人が集まり、
入祭が始まる頃には400人を超えていたでしょう。
それでもそれは殆ど日本人だけであり、
その後は英語ミサがあり、外国の人たちがやはり何百人も集まります。
教会の中がいっぱいです。


聖堂の灯を消して、400人余の人たちがローソクをもち、
隣の人へと点灯していきます。
ローソクの灯だけになりました。
ローソクの灯のもとで歌う賛美の美しさ。
歌の下手な私も一生懸命歌いました。
そして神父さまの祈りの言葉。
今日は特別に振り香炉が振られ、聖堂が薫りで一杯になりました。


いつもの雰囲気とちがいます。
当然のことですが、イエスさまがここに
そして私の中におられると感じるのです。
できの悪い、素直になれない私だけれど、
それでも今まで私の成長を待っていてくださり、
またいまも待ち続けておられる聖なる存在に心から感謝しました。


若い人も沢山、90歳に近い老人の人も外国人の方も数十名。
心一つになる時です。
どんなに多くの人たちでも、同じ思いになるとき、
それは一つになっているのです。
人間の体は別々だけれど、内部から出る祈りと賛美は
不可視の世界で空間で一つになるのです。


神父さまは説教で「2017年間、平和のために祈り続けてきたのですが、
この世界は絶えずどこかで戦争があり、止むことはありませんでした。
平和の君なるイエスといいますが、イエスのいわれた平和とは
本当はどのような平和なのか考えてみたいと思います。
世界の平和のために祈ることは大切ですが、
まずわたしたちの周囲、
近い人たちとの平和のために努めましょう。」といわれました。


わたしはイエスの平和は自分の心の平和だと思います。
自分の心が平和でなければ、
愛とゆるしがなければ平和になれないでしょう。
平和の君イエス・・・私の心に真の平和が来ますように。


外はかなりの雨でした。
その雨の中を傘をさしながら、外国の方が教会へやってきました。
大勢です。肌のいろも様々。体形も様々。でも同じ思いです。


私たちも降りしきる雨の中を帰りました。
心の中に温かい灯をともして・・・



2017年12月27日

2017年12月21日 (木)

エルミタージュ美術館展へ

http://hermitage2017.jp/works-detail/works_03.html

ポンペオ・ジローラモ・バトーニの聖家族です
美しいです。

よく晴れた日です。
といっても気温は8度くらいで、外は寒いですが。
この年齢になると師走の慌ただしさも昔のことのようで、
正月も老夫婦二人だけで気楽なことです。
というわけで、「ちょっと遠いけど、展覧会に行こう」ということになり、
兵庫県立美術館へ、エルミタージュ美術館展にいきました。
世界三大美術展のひとつだそうです。


 今日は平日なので、人もそれほど多くはなく、
大作ばかり85点をゆっくり見ることができました。
ただ名画が多すぎて、
感激して見ていると次にまたすばらしいのがあり、
頭の中に消化しきれずいっぱいたまってしまった感じです。


最初に出迎えてくれたのは、
エカテリーナ二世の堂々たる華麗な姿。
「私は女帝よ」といわれているような気がして。
絹のドレスに数えきれない宝石の数々がつけられ、
頭の宝冠は輝く宝石がずっしりと。
この重さはどれくらいあるのでしょうか。
昔、権力者は重さにも耐えたのでしょう。


何枚かの絵が心に残りました。
聖画も多く、どれも美しいものでしたが、
フランシスコ・デ・スルバンの「聖母マリアの少女時代」、
バルトロメ・エステバン・ムリーリョの「受胎告知」、
そしてポンペオ・ジローラモ・バトーニの「聖家族」に
とても引き付けられました。
特に「聖家族」は、今まで見た聖家族の中でも、
群を抜いたものでした。


畳一畳位(もっと大きいかな)の大きさの絵でした。
聖家族の何気ない日常の生活をかくも神々しく
美しく描いた絵をみたことはありません。
絵を見ていると、家族たちの動きや会話が現実味を帯びてきます。
それでいながら、全体は光に包まれているのです。
頭上では天使が花のようなものをもちながら、祝福しています。
パソコンで調べてみたら、ありましたので、
クリックしてみてください。
イエス、マリア、ヨセフ、そしてマリアの母アンナ、
少し大きな子供はバプテスマのヨハネが描かれています。
中央の
幼子イエスに光が集中していて、
聖書を読んでいたヨセフがイエスの方を見ています。
クリスマスにふさわしい絵です。


帰り、なぎさ公園の海岸通りを夫と歩きました。
小一時間もあったでしょうか。
海を見ながらです。
神戸はやはりハイカラな街です。
2時間近くの絵画展の鑑賞と散歩がてらの海岸通り・・・
私たちの足、まだまだ歩けそうです。


*兵庫県立美術館の設計は安藤忠雄氏の設計です。
絵画の鑑賞と共に、会館の見学もできました。


2017年12月21日

2017年12月13日 (水)

命・・・最期の姿

今年7月に亡くなられた日野原先生は、
今も多くの方々から慕われ、先生の著書は書店に数多く置かれています。
優しいお顔と共に。
まだ生きて語っておられるかのようです。
業績の数々も多くて指折りをしても、はみ出してしまいます。
長い人生をまことに真摯に正しく、徳ある人性でもって、
日本国中の人たちに勇気を与え、慰め、また笑いも与えてくださいました。
お顔を思い出すごとに、温かい気持ちになります。


そんな先生の記事が10日の読売新聞に載っていました。
次男さんの奥さんで真紀さんのケアノートでした。
先生と生活を長く共にされ、
その最後の姿をご存じの方が書かれた、すばらしい文章でした。
その中で、これぞ先生といわしめるお姿が書かれていました。
先生は沢山の講演、著書、医師として多くの人命にかかわった方です。
並外れたお仕事をなさった方です。
けれど、この最後の先生の姿ほど心打たれたことはありません。


「義父は最期の一か月、目をつぶりお祈りの姿勢をずっとしていました。
牧師の家庭で育ったからでしょう。
亡くなる二日前には、もうきちんと胸の上で手を組めなくなりました。
その姿に神々しいオーラを感じました。
もう見られないと思い、「ごめんなさい」と言って写真をこっそり撮りました。
最期は安らかな姿でした。・・・読売12月10号


あれだけ行動力があり、活動なさった先生が死を受容されて、
ただ一人神に祈られる姿です。
神のもとに帰ろうとする一人の人間として、
神と対話し祈られる謙虚な姿。
この間の渡部先生もそうでしたが、
人は自分が死後生命ある存在として生きるという確信をもったとき、
心から平安を持ってこの世を去ることができるのだと思います。


人間は死ぬとき、真実の自分の姿を見せます。
最期はその人の生き様がやはり現れてくるように思います。
キリスト教では死は終わりではなく、誕生だと言います。
あるいはプロテスタントではよく帰るといいました。
故郷に帰るのです。
私たちはそこからやってきたのだから。
カトリックでは、あの世に誕生するというようです。
どちらも、あの世こそ(神の国)、私たちが生きる真の場所だといいます。


日野原先生は、魂の故郷へ帰られたのだと私は思います。
私も死は新しい生で、本当の故郷へ帰ることだと思います。
だから、死は悲しみではありません。


2017年12月13日

2017年12月 5日 (火)

私の小さな歩みのゴール

最近の私は毎週カトリック教会に通っています。
誰に強いられるのではなく、
そこに行って祭儀に与る喜びを素直に感謝し、
喜びを感じています。
300人から400人ほどの方々と言葉を交わさなくても、
名前を知らなくても、
「あなたの胸の内と私の胸の内は同じですね」と思いながら・・・


ここまで来るのに、気が遠くなるほどの年月がかかりました。
何だはじめに帰っただけではないかといわれるかもしれません。
それはちがいます。
全く新しい神認識であり、
キリスト教の新しい理解を持っての再出発なのです。
聖書の言葉、ミサで語られる祭儀の言葉、祈り、
すべてが違った衣を着たように、
新しい現象を私に見せてくれます。
今までと意味が受け取る内容が異なってきたのです。
以前と一番ちがうのは、他宗教への尊敬と受容かもしれません。


神は唯一であるということは、
同じ信仰にあるものということではなく、
全人類にとって、全被造物にとって唯一だということです。
神は多種多様であり、その広さ、高さ、深さは
ちっぽけな人間にははかり知ることができないということです。
人間は100人いたら100人の性格、能力があります。
1000人いたら、1000人です。
何十億人では何十億人が皆、性格と能力が異なるのです。
でもその違いが神の多種多様な表れであるということに気がつきました。


他の宗教の方には他の書物や場所があるように、
私にはキリストへの道が与えられた道なのです。
今読んで教えられ、覚醒させられているのは、
エックハルトとヤコブベーメです。
タウラーやサン・マルタンも読んでみたいと思います。


そして私にとって懐かしい方、
トルストイの「文読む月日」北御門二郎訳も毎日読む愛読書です。
こちらは世界の偉人、哲学、神学、
宗教、芸術の煌めく言葉をトルストイが一生かけて集めたものです。
すばらしいです。


「私は何者でどこに行くのか」と問い続けた私の歩みは
新しい衣を来たキリストの理解の元に着きました。
ここに答えがありました。
そしてその答えを感謝して受け取ることのできる私となったようです。


2017年12月5日

2017年11月28日 (火)

万華鏡のよう・・紅葉の中で

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何もせずぼんやりと自然の中に身を浸し、
ぽかんと空を眺めているのはいい気持ちです。
おまけに周囲は赤、ピンク、黄色、白、オレンジと万華鏡のように美しい。
色様々な枯れ落ち葉の上に大きな木の寝椅子がおいてあるので、
靴を脱いで、「よいしょ」です。
「うん、いい気持ち・・」・・・隣の夫も至極満足顔


万博記念公園に夫と紅葉見物に出かけました。
家にいると、家事や読書、パソコンと、何かしらやっているので、
やはり外に出ると心の中が広く、大きくなっていくようです。
今日は2時間半くらい歩きました。
高い物見やぐらのような所にも上りました。
70段ありました。
でも、まだまだ私たちの足は大丈夫のようです。
植物、木々、池、沼、自然の色彩の美しさに酔ったようです。
雅、優美、慎み、そんな言葉が浮かんでくる
日本独特の落ち着いた色の世界です。
どうして自然の色って、こんなに美しいのでしょう。
久しぶり・・森林浴ならぬ、紅葉浴でした。



2017年11月28日

2017年11月20日 (月)

カトリックとルーテル教会の和解

カトリックとルーテル教会が和解したというニュースがありました。
10月31日プロテスタントの宗教改革500周年を記念して
「500年の間に起こった対立において起こった互いの罪を認め合い、
一致に向けて働くことを誓う」という共同がなされたそうです。
(2017年11月12日のカトリック新聞)


 カトリックとプロテスタントに分離したことは
キリスト教会だけの問題ではなく、
世界にも大きな影響を与えたと思います。
今地図を見ていても、カトリックの国とプロテスタントの国は
殆どはっきりと分かれ、その地域に対する影響は大きいと思います。
プロテスタントの代表は米国、カトリック国はやはりイタリアでしょうか。
これは教義の違いというだけではなく、
生き方、考え方、周囲との関係など、
人間に性格がちがうように、やはりかなり違っています。


それでもそれを乗り越えて、理解し合って、
一致していこうと努力することは進歩と思いますが。
でも多くのプロテスタントの教会は、
認められないという人たちも多いです。


私のように、初めはロシア正教に魅せられ、
それから米国式(宣教師)の教会に行き、
それから長い年月を経てカトリックに入ったものにとって、
イエスキリストと教会の教義問題は意味のないことのように思われます。
そんなことを言ったら、激しく怒られる方もおられるでしょうが。


プロテスタントの各教会巡り(真剣に探していた)
*プロテンスタト教会ではメソジスト系単立、日本基督教団、アッセンブリー、
バプテスト、聖霊派、アドベント教団、無教会も関心をもち勉強する)

最後になった教会の牧師さんは、説教の中で
カトリックは悪魔だとおっしゃっていました。
カトリックが悪魔なら、他の宗教もみな悪魔でしょうね。
この考えによると。

自分の所だけが正しいとする説教や言い分を聞いていると、
それは神の言葉どころかエゴ剥き出しの論理のように今は思われます。
宗教という仮面をかぶったエゴ・・・
他者を否定し、自分だけに正義があるとすること自体、エゴであり、
真実の神認識とはまったく異なると私は思います。
私自身ここまで来るのに長い月日がかかりましたが、今はそう思います。


だから過去には多くの過ちがあったけれど、
それを認めて、(カトリックは過去の間違いを公に謝罪しました)
謝罪した現在のカトリックの歩み方にはほっとさせられるのです。

いつかすべての人々が理解しあい、許し合い、
助け合うことができると信じたいです。
これは宗教だけでなく、すべてのことに対して・・・



2017年11月20日


 

 

2017年11月12日 (日)

故篠沢秀夫教授の心意気

この間亡くなられた篠沢秀夫名誉教授の在りし日の闘病生活を
NHKのハートネット福祉という番組で再放送していました。
私は教授の本を一冊も読んではいませんが、
以前よくテレビに出ておられたのを記憶しています。
ユニークな方なので、記憶に残っていました。


ALSの病気だということでしたが、
ベッドの上にパソコンと書物をおきながら、
仕事をしておられる映像でした。
会話ができないので、
質問には紙に書いて答えられていましたが、
どの質問にも真摯に向き合い、
文学的、哲学的な回答をしておられました。
この映像は77歳のときのようで、
それから7年もこのようにして、
ベッドの上で仕事をし、本を出しておられたのですね。
いつも明るくおもしろいことを言っておられたのに、
長い深刻な病との戦いの連続だったのですね。


テレビの映像を見ていて、苦労とか大変さよりも、
もちろんそれもそうですが、病を得てなお、
知的な頭を生かし続けるその生き方に深い感銘を受けました。
知的な生活をしている方の頭脳は、
病を得ても、肉体と頭は別物らしく、
健康体のときと同じように動く方がいますが、先生もその通りでした。


ALSという病名で、言葉も発せず、
すべて人の手をかりなければならない状況の中で、
パソコンを覚えて文章をかき、病の中で本を出版されるその意志の強さ。
究極的に人間とは、精神である。という事実を目の当たりに見た思いです。
人間の精神は肉体の衰えと共に弱り、消えるものではないと思います。


むしろ、肉体が弱っていくとき、
精神というか人間の内奥の魂の部分がくっきりと表れて、
輝くという場合があります。
すべての人がというわけではありませんが
晩年、また死を迎えたとき、魂が際立って輝くということがあります。
 だからこそ篠沢秀夫教授のあの前向きの姿に、励まされました。
人間、生ある限り精一杯生きるのだ。
それが務めである。
そんなふうに言われているような気がしました。


奥さんのすばらしいこと。
ニコニコして、疲れもみせず、
先生のすべてを包み込んで守っておられる。
素晴らしい夫婦の姿もみせていただきました。
いい番組でしたよ。
篠沢教授77歳、奥さんは70歳。
亡くなられたときは教授は84歳、奥さんは77歳でした。


これは私たち夫婦のこれから7年先のことです。
私はこの素晴らしい映像を録画して、DVD―Rに入れ、
夫に渡して、
「大丈夫、肉体は衰えても、人間の精神は強い。
頭脳は弱らない。書いていけますよ」と言いました。


夫は48歳から今まで、本を書いてきたので、
とても参考になり励まされたようです。
自分の部屋でゆっくりみながら、
「これは将来の自分にとても参考になる。
人間はどんなになっても、頭は動き、仕事できるのだね。
大事においておくよ」と言いました。


この映像が放映されたのは、篠沢教授77歳のときであり、
現在の夫と同じ年齢です。
篠沢秀夫名誉教授は見知らぬ人間にも、
良き影響を与えられたのでした。
身をもって、励ましをあたえられたのです。


2017年11月12日

 

 

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