2017年2月18日 (土)

新しい転換へ

私の内部に燃え続けていた灯が静かに消えていきました。
けれどももっと大きな灯が私の内部で燃えてきました。
もっと力強い、理性的な、健康的な核のような力です。
今ははっきりと書くことはできませんが、
現在の私は教会からは離れています。
原因はキリスト教の根幹にかかわることなので、
今はあえて言いません。
背教者ユリアヌスの心境です。
一年間の必死の探求の結果です。


私の心境に近い人が日本人にいないかと思ったとき、
高村光太郎がすぐに浮かんできました。
高村の宇宙観、自然観、至高的存在に対する畏怖と尊崇(宗教ではない)は、
今の私の心の内部を代弁している」ようです。

 

********

少し長いですが「道程」を読んでください。
高村光太郎の代表的な詩で若い頃から大好きでした。

 

「道程」

どこかに通じている大道を僕は歩いているのじゃない。

 

僕の前には道はない。

僕の後ろに道はできる。

道は僕のふみしだいて来た足あとだ。

だから

道の最端にいつでも僕は立っている。

 

何という曲がりくねり

迷い迷った道だろう

自堕落に消え、滅びかけたあの道

絶望に閉じ込められたあの道

 

ふり返ってみると

自分の道は戦慄に値する

支離滅裂な

またむざんなこの光景を見て

誰がこれを

生命の道と信ずるだろう

それだのに

やっぱりこれが生命に導く道だった

 

そして僕はここまで来てしまった

このさんたんたる自分の道を見て

僕は自然の広大な慈しみに涙を流すのだ

 

あのやくざに見えた道の中から

生命の意味をはっきりと見せてくれたのな自然だ

僕を引きまわしては目をはじき

もう此処と思うところで

さめよ、さめよと叫んだのは自然だ

これこそ厳格な父の愛だ

 

子供になりきったありがたさを僕はしみじみと思った

どんな時にも自然の手を離さなかった僕は

とうとう自分をつかまえたのだ

 

丁度そのとき事態は一変した

にわかに眼前にあるものは光を放射し

空も地面も沸くように動き出した

そのまに

自然は微笑をのこして僕の手から

永遠の地平線へ姿をかくした

 

そしてその気魄が宇宙に充ち満ちた

驚いている僕の魂は

いきなり「歩け」という声に貫かれた

 

僕は武者ぶるいをした

僕は子供の使命を全身に感じた

子供の使命!

 

僕の肩は重くなった

そして僕はもう頼る手が無くなった

無意識に頼っていた手が無くなった

ただこの宇宙に充ちている父を信じて

自分の全身をなげうつのだ

 

僕ははじめ一歩も歩けない事を経験した

かなり長い間

冷たい油の汗を流しながら

一つところに立ちつくしていた

 

僕は心を集めて父の胸に触れた

すると僕の足はひとりでに動き出した

不思議に僕はある自憑の境を得た

僕はどう行こうとも思わない

どの道を取ろうとも思わない

 

僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがっている

その間に花が咲き水が流れている

石がありみないききとしている

僕はただあの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく

 

しかし四方は気味の悪いほど静かだ

恐ろしい世界の果てへ行ってしまうかと思うときもある

寂しさはつんぼのように苦しいものだ

僕はそのときまた父に祈る

父はその風景の間にわずかながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を僕に見せてくれる

同属を喜ぶ人間の性に僕は震え立つ

声をあげて祝福を伝える

そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすくほど深い呼吸をするのだ

 

僕の眼が開けるに従って

四方の風景はその部分を明らかに僕に示す

生育のいい草の陰に小さい人間のうじゃうじゃはい回っているのも見える

彼らも僕も

大きな人類というものの一部分だ

 

しかし人類は無駄なものを棄てて腐らしても惜しまない

人間は鮭の卵だ

千万人の中で百人も残れば

人類は永遠に絶えやしない

棄て腐らすのを見越して

自然は人類のため人間を沢山作るのだ

 

腐るものは腐れ

自然に背いたものはみな腐る

僕はいまのところ彼らにかまっていられない

もっとこの風景に養われ育まれて

自分を自分らしく伸ばさねばならぬ

子供は父の慈しみに報いた気を燃やしているのだ

 

ああ

人類の道程は遠い

そしてその大道はない

自然の子供らが全身の力で拓いて行かねばならないのだ

歩け、歩け

どんなものが出てきても乗り越してゆけ

この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ

 

僕の前に道はない

僕の後ろに道は出来る

ああ、父よ

僕を一人立ちさせた父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ

常に父の気魄を僕に充たせよ

この遠い道程のため



2017年2月18日

2017年2月11日 (土)

倒れたご婦人

今日も風吹く寒い日でした。
最近私も外を歩くとき意識して歩くようになりました。
転んで頭を打ったり、骨を折ったりするからです。
「年取ってから転ぶことはくれぐれも注意しなければ」とあります。
年を取るとこれが認知症の原因にもなるらしいです。
今日(6日)いつものように千中に買い物に行って、
エスカレーターーに乗ろうとしてふと後ろを見ると
数人の人が集まっていて、
その足下にグレーのコートを着た人が横たわっています。


どうしたのかと近づいてみると、
ショッピングカーをもった70代後半らしき婦人が倒れていました。
震える手に血が飛び散っています。
どうも倒れるときコンクリートに頭をぶつけたようです。
私の他に若い子供連れの奥さん、かなり年配の老婦人、
そして50前後のきびきびした女性が側にいました。
・・救急車は誰かが呼んだようです。


50前後の頭の回転の速い女性は看護師さんらしく、
倒れたままの婦人を起こそうとはしませんでした。
頭を少し持ち上げてあげて、
不安と痛みにある倒れた婦人にずっと語りかけていました。
・・「家族の人に連絡とれないの?携帯はないの?」
と看護師さんが聞くとうっすらと目を開けて、
ショッピングカーを震える手で指示していました。
私は何もできないまま、いっしょに救急車を待っていました。


日本の救急車はやはりすごいです。
到着して5分も経たないで、さっさと婦人をベッドに乗せて、
それもベッドを起こした状態で、急いで走って行ってしまいました。
それから、倒れた婦人のショッピングカーもきちんと乗せて・・
周囲にいた数人の人たちは隊員に向かって「お願いします」と言っています。
まるで自分の知り合いのように。
他人のことなのに、自分のことのように。


私は他人のこととして見れませんでした。
どこで思わないときに、倒れるかもしれないのだと、
自分のこととして見てしまいました。
千中で倒れた人を何回も見ているからです。
車いすごと横転してそのまま横倒しになっていた老婦人、
エスカレーターからショッピングカーごと下まで落ちて
血を出して倒れていたやはり老婦人、
転んだのか道路に血を出して蹲っていた年配の男性など
・・・その他知り合いの人も。


「急に倒れちゃったの!三か月の入院よ」とか言っています。
やはり80代前後が多いですね。
そうなるのでしょうか。
明日は我が身、毎日のように救急車が走っています。
他人事とは思えなくなりました。
でも日本人は優しい。
必ず心をこめて世話をしてくれる人がいる。


今日の名も知らない看護師さん。素晴らしかったです。


2017年2月11日記す

2017年2月 4日 (土)

オランダのゲルマンさん

わざわざゲルマン人と書きたくなったのは、
先月(17日)のコラボの講演でゲスト本人のお話よりも、
その体格の立派さに「ゲルマン人」という」印象が強かったからです。


ゲルマンは北欧、ドイツ、スイスなど北ヨーロッパに多いですが、
特徴は一般的にごついという感じです。
優雅とかエレガント、
女性が追いかけたくなるようなタイプではないような・・
今日のお話はまじめ一方・・
オランダには美しいチューリップ、水車、素敵な民族衣装、
そしてゴッホやレンブラントなどの画家もいます。
ところがそのような話は関心がないのか全く触れず。
彼の名はトムさん。
24歳、阪大の留学生、身長191センチ、
講演が終わって話の内容の記憶がない
ということはあまりないのですが、今日は特別です。
それとも私の記憶力が弱くなってきたのでしょうか。


トムさんによるとゲルマン人は身体が大きいのだそうです。
男性は平均185㎝、女性は174㎝、
でどちらも世界№1ですか?


数年前にギボンの「ローマ帝国衰亡史」を読み始め、
これを全巻読もうと意気込んだのでしたが、
途中私にとっては重大な思想上の問題の探求が起こり、
半分だけ読み、イスラムの台頭からはそのままになっていますが、
その中にローマ兵の主戦力ゲルマンが出てきます。
ローマに制圧されたゲルマン人は
その体力と勇猛果敢のために良き?ローマの兵士として
戦力となっていきます。


剣闘士にさせられたものもいます。
彼らは背が高く、美しいとギボンは書いていました。
そして酒以外は(酒が大好き)キリスト教徒よりもまじめであり、
彼らの生活はきわめてまじめであり、ルールに厳しく従い、
女性もいざとなったら武器をとって戦う。
名誉を重んじ、辱めを受けるなら自害していくとありました
何か性格が日本人と似ているなと読みながら感じたことでした。


今日のトムさんは黒髪、黒目でしたが、
金髪、碧眼、白色がゲルマンには多いのでしょう。
2メートル近い大男の兵士軍団は想像するだけでも、
戦車の塊が来るようで恐ろしくなります。
トムさんの話は忘れましたが
ゲルマン人のことを想像できてよかったです。
「ゲルマン人はローマからは野蛮人とされていた」とトムさん。
でもギボンはゲルマン人の精神を評価していました。
ただ、話し合いや戦争でも酒を飲んでいたとありましたが・・


*******

私の隣にいたご婦人が話しかけてきました。
聞いていたら、15分以上も。
講演も終わり、あとは質問に答えていたので、
まあいいかと思って聞くことにしました。
私は私語はきらいですが、「私の夫は5年前に亡くなり、
ショックで体を壊し入院していて、
ようやく元気になった」という話だからです。
知らん顔もできませんでした。
仕事をしていたご主人がある日急に死んでしまった。
何もかもご主人に頼っていたので、
そのショックからなかなか立ち直れなかった。
今は息子と住んでいて、娘は銀行に勤めている。
一戸建ての家に住んでいるけれど、
便利な町にマンションを買うつもり。
4000万円くらいなのを。
毎月命日には墓参りに行く。などなど・・・
ご主人はいるの?(今日は私一人でいったから)「いますよ」というと、
ご主人を大切にね。・・・というお話でした。


2017年2月4日記す

 

2017年1月27日 (金)

日高義樹講演会に

日高義樹講演会に夫婦で行きました。
数年前にもお聞きしましたが、
今度はドナルド・トランプ氏が新大統領になられた直後だけに
どんなお話をされるのかと興味津々と
いくばくかの不安も持っているからでした。


今日の出席者はかなりの人で250名から300名というところでしょうか。
私たちと同じような年配というか老輩といった方がいい方たち、
それも男性が非常に沢山でした。
日高さんは齢を取られたように見えましたが、年齢は何と82歳です。
そのお年で日本とアメリカを行き来しておられるのですね。
ハドソン研究所客員上級研究員であり、
今もばりばり活躍しておられます。・・・
トランプ大統領のように真っ赤なネクタイをしての登場です。
小柄な方ですが演題に立たれると大きく見えます。
まっすぐに伸びた姿勢、きちんとした服装、
マナーの良さ、立派な紳士ぶりです。
さすが国際的な論述者です。


お話も聴衆の聞きたいことをかなり詳しく話されました。
アメリカでの日本の立場、またどのように思われているのかも、
日本にいてはわからないことを話されました。
米国はトランプ大統領でこれからどうなっていくのか?
「クリントンよりもいいです。
クリントンが大統領になっていたら、世界は大変になった。
日本にも、米国にも危機的状況になった。
とりあえずトランプで止められたけれど。
しかしトランプにも要注意がいくつかある。
国内の反乱問題。米国第一主義による国際関係の問題など。・・・


」国際問題に関しては、
ここ数年で起こるかもしれない恐ろしいことをいわれましたが、
これに関しては本を買って読まれることをおすすめします。
トランプ大統領はメディアが嫌いですが、日高さん、笑いながら・・
「新聞記者はね。頭が良くて、性格が悪いんですよ」ですって。


米国は日本人が思っているほど、
日本やアジアのことは考えていないということでした。
何が起ころうとあまり関心がないそうです。
自国のこと、ルーツがあるヨーロッパ、
そして中東で手いっぱいで、
日本を取り囲む周辺国のことなど、頭にないといわれて、
少なからぬショックでした。


戦後70年、あまりにも米国を頭と思ってきたのでしょうか。
米国の軍事力は圧倒的だけれど、
米国より弱い国は核を使用する危険があるそうです。
核の抑止力が希薄になり、いつ使用されてもおかしくない。
これが現在の状況らしいです。
日高さんの本に興味のある方は読んでみてください。
核と戦争・・これが非常に現実味を帯びているらしいです。
「正月早々良い話でなくて・・」といって
日高さんはお話を締めくくられました。
明日何が起こるかわからない、時代に突入したということでしょうか?


******

ここは旧大阪の中心地。
たこやきを買ってお店の人に「電車に乗って帰るのよ」といったら、
ネギを山盛りサービスしてくれた。
1時間ほどして家に帰り、ネギ満載のたこやきを食べる。
さすが大阪のたこやき、おいしさ日本一。・・
この幸せが思い出の中だけということになりませんように。


2017年1月27日

2017年1月20日 (金)

琴と尺八

https://www.youtube.com/watch?v=Yrgc8ZIjII0

永廣孝山師の尺八と琴です
すばらしかったです

今日(13日)は一年に一回の室内の排水管の清掃の日です。
演奏会の時間と殆どかち合うので
行くのはあきらめていましたが、「行こうよ」と夫。
今までは私の方が行きましょうと言うのですが、
最近は俄然積極的になった夫の方から「行こうよ」と言います。
22日で77歳になる夫の精神年齢は
ますます若さを取り戻したようです。


ということで何とかなると、急いで帰ればいいということで、
「琴と尺八」の邦楽を聴きに行きました。
早めに行ったので前から2番目。
今日の尺八と琴の演奏者はプロ中のプロ。
気構えも最初から違います。
和服姿と和楽器はやはり合いますね。
新春を飾るに相応しい宮城道雄の春の海からの始まりです。


琴の音を聴くとどうしても亡き母を思ってしまいます。
母の形見の琴と琴爪を私は母であるかのように愛でていました。
琴は続けなかったけれど、あの琴をもう一度抱きしめたいと思いますが。
奏者の手の動きを今日はじっと見ていました。
前の席だったので、琴をつま弾く手の動きがよくわかるのです。
琴は優しい楽器に思えますが、指先の力が必要です。
そして両手を使います。
母の琴爪は人間の指の爪の形をした象牙でした。
今は白い親指の爪ほどの四角な形をした爪です。
やはり象牙でできているのでしょうか。


琴は絶えず音を調整する必要があり、
一曲ごと、または演奏中も13弦や17弦の琴の音を調整していました。
すごく敏感な楽器です。
尺八と琴の合うこと。どんなジャンルの曲でも弾けますが
やはり日本の歌はしっくりきます。
尺八でインカのコンドルは飛んでいくを聴きましたが、
尺八の音はぴったりです。
アンデスの空に向かって吹いても、違和感はありません。


夫、感激して涙が出たとのこと。
私も日本人としての琴線が震えたような気持ちでした。
どの民族にも民族としての魂がありますが、
それが揺り動かされるのを感じたことです。
音楽は心を揺さぶります。
言葉はなくても、五感を揺さぶります。


とにかく強く、優しく、優雅で、誇り高い・・・
日本の楽器には殆ど宗教性というか、精神性が共にあるというのか、
冗談では弾けないような雰囲気があります。
その楽器を前にすると、膝を正しくしなければならないように。
太鼓、琴、尺八、笙、笛など、よくわかりませんが、
音楽とは神前に捧げるものだったのでしょうか。
すばらしいひと時が終わって、慌てて家に帰りました。
排水管の掃除に間に合いました。


*尺八演奏者は永廣孝山師 都山流 文科科学大臣賞3度受賞

 13弦箏奏者 太田道嶺師 

 17弦箏奏者 清水真知子師でした。


2017年1月20日

 

2017年1月13日 (金)

本読み開始

私の住んでいる千中には、大きな書店があります。
30万冊揃えています。
書店も四か所ほど以前はあったのですが、今は二か所だけです。
一週間に一回は夫と書店へ。
行く度に新刊書が出ていて、日本の書物の豊富さに小躍りしたくなります。


本屋に行くと血液が動き出すような感じになります。
だって、あっちを見てもこっちを見ても、
私の知らない世界が微笑んでいるような気がしますから。
本好きな人は書店内にいつもいます。
本の好きな人は黙っている。
本を開いたらその世界に没頭してしまう。


この間、NHKのクローズアップ現代で
「サピエンス全史」の紹介をしていました。
わざわざ時間をとって一冊の本を紹介するのは珍しいので、
録画しておいてみましたが、とてもおもしろそうで、
その本を探しに早速書店へ。
この本はイスラエルの歴史学者で、
エルサレムのヘブライ大学で歴史学をおしえておられる
ユヴァル・ノア・ハラリが書かれたものです。
すでに全世界で200万部売れているそうです。


私は今まで聖書を枢軸にして、物事を判断し、
また聖書や信仰に直接に関するような本を多く読んできましたが、
どうしてもアダムとエバのお話だけでは恐竜時代やマンモス時代、
また北京原人やネアンデルタール人のことが理解できなくなってくるのです。
地球の歴史が知りたいし、人間の祖といわれる存在についても、
科学的に考古学的に知りたいと思ってきました。
そうすることによって、短く簡単に書かれている創世記の行間の意味が
もっとよくわかってくるように思えるからです。


「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、
神の霊が水の面を動いていた。・・・」創世記一章一節―二章(新共同訳聖書)
この創世記の箇所はさらっと書いてありますが、
地球創生から何十億年も経過しているのでしょう。
気の遠くなるような期間であったでしょう。
動物や植物だけの時代も想像を超えた時の長さであろうと思います。
人類種も生まれてからゆっくりと成長してきたのでしょう。


「サピエンス全史」では人間は250万年前に発生したとあります。
3万年ほど前の遺跡から絵や彫刻が発掘されたり、
その当時の人々の手の跡が沢山でたり、
写真入りなので、太古の人々に対して想像力がかきたてられます。
今年夢中になって読む本の一冊です。


宗教の成り立ちも勉強したいです。
これも一万年以上も前から
神話か宗教かわからないですが、すでにあったそうです。
人類は250万年前からと考えると、私の小さな脳の中には
そのイメージが収まりきれなくてパンクしそうです。・・・


夫にも是非読むようにとすすめました。
上下4000円で、2人分8000円はかなりの出費ですが、
本は夫婦共同ではなく、
お互いに持つようにしているのでこればかりは仕方ありません。
食べることよりも遊ぶことよりも本が好きなので・・
この本は今日新聞に大きく広告が出ていました。(10日)

おすすめします。


2017年1月13日

2017年1月 6日 (金)

新しい年に

曽根崎心中の説明

今年もカレンダーの一番最初の日が始まりました。
昨日とは一日だけの違いなのに、今日という日は
ノートの最初の真っ白いページのような感じです。
さあ、ここに今年から何を書いていくのかな、
何を記録していくのかなという未知の期待と
多少のとまどいを感じつつといった気持ちです。


世界情勢は凡人の私の頭を超えて、目まぐるしく動いていくでしょう。
何が善で悪なのかもよくわからないままで・・
でも何となく大きな変化が起こっていくような予感です。
ずっと後から振り返ってみたとき、
あのときが歴史の分岐点だったと知ることになるのでしょうか。
変わるものと変わらないもの。
そのどちらかに傾くのではなく、変わるものを見つめながら、
決して変わらぬものを見つめていく。
それが大切だと自分に言い聞かせています。


正月、日本人の多くが神社に詣でます。
他にもお寺や教会、またその他自分なりのあり方によって
それぞれの思いを持って新年を迎えられるでしょう。
正月休みもなく働いている人も、
新しい年を希望の年としたく思っていることでしょう。


今日はお初神社という変わった名前の神社に行ってみました。
どういう場所なのかよくわかりませんでしたが、
実はここがあの有名な曽根崎心中の徳兵衛とお初を祀った神社でした。
知らないままに大阪市内を歩きながら、この神社に辿りつきました。
ここは恋愛成就の願をかける神社らしく、
若い人、カップルが拝殿まで長い列を作っていました。


この世で添えないのならあの世でといって心中した
手代徳兵衛と遊女お初のどこに我が身を重ねるのかわかりませんが、
すごい人気です。
外人のカップルも並んでいるのにはびっくりでした。
みな真剣な顔です。
年老いた夫婦も幾人か・・何を願うのでしょう。
夫と顔を見合わせました。
恋愛成就も結婚成就も私たちにはもう必要ないよね・・・と思いながら。


でも世界共通の男女の願いは幸福な結婚ということでしょう。
これは世界の人の共通の思いでしょう。
だから日本人もアジア人も欧米人も
等しくそのために祈りたいとここに来たのでしょう。
人にはいろいろな願があるけれど、「幸福な結婚」ということは
一番大きな願いであろうと思います。
私もそうでした。
一年近く自分の結婚について、毎日祈りましたから。
他の人も同じであろうと思います。


徳兵衛さんとお初さんのようにあの世で結ばれるのではなく、
この世において願いが叶うといいですね。
行列の皆さんに喜びが来ますように。


ゲーテの言葉「幸福な結婚はたいくつしない会話のようなものである」


さあ今年も二人三脚で行きます。
でも走るのではなくゆっくり歩きです。


2017年1月6日

2016年12月30日 (金)

一千人の第九

第九合唱です(素敵な映像ですので使わせていただきます)

クリスマスも近い23日、
淀川区で行われた「一千人の第九」に初めて行ってみました。
このような催しに参加するのは初めてです。
この集まりも12回目になるとのことです。
この会場メルパルクは懐かしい場所です。
30年前、猪瀬直樹さんと舛添要一さんの対談を夫と聞きにいきました。
あのときは、猪瀬さんは作家であり、
舛添さんは東京大学を辞められたばかりでした。
あれからお二人はずいぶんと波乱に満ちた人生を送られたのですね。
そんなことを思い出しました。


一千人の大合唱隊が歌うのかと思っていましたら、
参加者も入れて一千人ということらしいです。
でもプロのオペラ歌手、一年かけて歌いこまれた合唱隊の人たち、
可憐な花のような高校生。
みな素晴らしい声量と心からの喜びの声に圧倒されました。
前半はオペラ座の怪人でしたが、やはりプロの歌手、
その歌声は会場中響き渡り、魅了しました。
指揮、総監督をなさったのは今年文化功労賞文部科学大臣賞、
大阪府知事賞も受賞された清原浩斗氏です。
やはり生の声はちがいます。
映像やCDの声とは迫力がちがいます。


第九は第二部後半でした。
歌のある部分では会場の人たちも立ち上がって、
ドイツ語はできないので、ラ、ラ、ラ、で歌いました。
ああ、素敵でした。
一千人が声を合わせて歌うのですから・・・歓喜の歌です。
私には口には出さなくても、
神的なものへの歓喜の捧げものだと思えました。
そうして第九の後、きよしこの夜、
アメイジンググレイスなどクリスマスの歌を全員合唱です。
私にとってフシギな感覚でした。


ここは教会ではないのです。
それなのに「神の御子はこよいしも・・・」と心から喜び歌っている。
これはいったい何ですかと思いたくなります。
教会よりも力強い、それも自発的に歌っているのです。
シュタイナーの言葉を思い出しました。
「教会の建物はあと数百年で消えるでしょう。
人々は建物を必要とはしなくなります。
お互いに人は相手の中に神を見出すようになるでしょう・・・」
シュタイナーの言う通りに数百年後になるのかどうかは知りませんが、
人は互いの中に神の存在を見出す時が来るということでしょうか。


その雰囲気をこの第九、や讃美歌を歌う一千人の中に感じました。
自然に隣の人と笑顔で挨拶できますから。
歌を通して同じ気持ちが心の中に入ったのですね。
未来の人間がこのように、第九の言葉のようになる・・・そう信じます。
そのときには、私はもういないのだけれど。

*********

長くなりますが、第九の歌詞です。(以下)よろこびよ!
美しい神々の火花よ、楽園の娘よ
わたしたちは光に酔いしれて
あなたの神殿にのぼっていく。
時の流れが断ち切った」ものを


あなたの魔法(不思議な力)は
再び結び合わせる。
あなたのやさしい翼の下で
すべての人は兄弟となる


万人よ、抱き合え
この口づけを全世界に届けよう。
兄弟よ、星空の彼方に
父なる神はきっといらっしゃる


生きとし生けるものはみな
自然の乳房から喜びを飲む
善なるものも悪なるものも
その薔薇の小道を辿る


自然はわたしたちに口づけと
葡萄と試練を共にした
仲間をさずけてくれた。
小さな虫には快楽が与えられた
そして天使は神に御前に立つ


万人よ。ひざまずいているか。
世界よ、創造主を信じるか。
万人よ、ひざまずいているか。
世界よ、創造主を感じるか。
星空の彼方に、あの方を求めよ。
星の彼方にきっとあの方はいらっしゃる。
喜びは永遠の自然の力強い羽根だ。


喜びは世界という大きな時計の歯車を回す。
喜びはつぼみから花々を
大空から数多くの太陽を誘い出し
宇宙空間に
天文学者の望遠鏡にも見えない
天体を巡らせる
そんな数多くの太陽が
雄大な天の原を晴れやかに
飛び行くように


行け、兄弟よ!
自分自身の行くべき道を
勝利に向かう英雄のように
喜びに満ちて

*この歌詞にはいろいろな訳がありますが
この訳は一番心に訴えるような気がします。


2016年12月30日

2016年12月23日 (金)

現在の私の心境

今年もクリスマスがやってきます。
ジングルベルやきよしこの夜がにぎやかに流れていた以前と比べて、
歌や音楽もだんだん小さくなってきました。
クリスマスツリーもあちこちで飾られていますが、
正月の門松の前に置く、年中行事の一つとなっています。
日本の風物の一つとして定着したのかもしれません。
意味なんかどうでもいいのです。
これもお祭りの一つとして、日本人に受け入れられたのです。
それでいいのだと思います。


今年はいろいろ勉強しました。
一年を通すと約50冊以上の本を読んだでしょうか。
「何が知りたいのか?」と聞かれれば、
神的なものの生き方とでもいいましょうか。
私には盲信といっては失礼かもしれませんが、
何も考えずにただ信仰せよというのは、
不可能であると思えるようになりました。
同じことを考え唱えていても、
これはどういう意味なのかと調べたくなります。


今まではキリスト教徒として、
常に物事をキリスト教側から教会側からみていましたが、
逆から見るようになったとき、あまりの自分の無知に唖然とし、
愚者の極みとしかいいようのないことを白状しなければなりません。
逆からみれば、全く世界がちがうのです。
教会では信仰のゆえに殉教した人、
迫害された人が栄誉ある冠を与えられます。
賞賛されます。
けれども、キリスト教によっていかに血が流されたかは誰も語らず、
書物も少なく、教会に熱心になればなるだけ、
そういうことは信じられないことだと思えるようになります。
また触れる人はありません。


一年半前M教会で出会った某教授がいわれました。
「今のキリスト教はパウロ教ですよ。聖書は福音書だけでいいですよ。」と。
パウロはイエスに出会ったことはありません。
イエスの幻視に出会ったということです。
パリサイ派ではあるけれどギリシャ的思想を持っていたパウロが
創作した教義ということなのでしょうか。
キリスト教、イエス、ほむべき聖なるお方(神)この3つは
異なるものだということが私の弱い頭に注入されました。
そしてこれを学べよという課題が与えられたような気がします。
何かがまちがっているのではないか・・と。


来年私の読む本はまた違ったものになるでしょう。
私の疑問に答えるべく多くの本が出され、多くの翻訳書があります。
日本人の方々が出しておられます。
私は読ませていただくだけ、感謝しています。

2016年12月23日

2016年12月16日 (金)

ある犬と人の輪

犬やネコなど、彼らは動物とかペットとかの存在を超えて、
今や人間以上の働きをしています。
動物には人間と全く同じ思考や心はありませんが、
感情は同じようなものをもっています。
私も犬、ネコ、その他の動物も大好きです。
一人っ子育ちなので、小さいときから犬やネコと暮らしてきたので、
彼らは友達以上であり、疑似家族であり、きょうだいでもありました。
その生死を通して、死ぬのはどういうことかを学んだことです。


今日は(11日)まなちゃんというゴーデンレトリバー犬の一周忌に参加しました。
私が最後に行ったとき、よたよたしながら、そばに寄ってきてくれました。
まるで最後の挨拶をしに来たようでした。
その一週間後に14歳で亡くなったそうです。
それが去年の今日でまなちゃんを偲ぶ会となりました。
私はまなちゃんと知り合ったのは5年前ですが
多くの人たちは子犬の時から知っておられるので、
そのお話を楽しく聞かせていただきました。
十数名の人たちが共に集まって生前の思い出を語り合いました。


人間でもこんなことなかなかしてもらえないのが昨今です。
まなちゃんはモデル犬、セラピー犬としても活躍していたようで、
その一生を映像で見せてもらい、人間以上の働きにびっくりしたことです。
とても上品で、声を出すことなく、すべての人に優しい目を向けていたのは、
生来のものもあるけれど訓練がきちんとしてあったからです。
人間もある程度、きちんとした訓練、修練は必要なのかもしれません。
英国人で英語教師をしている方も見えていましたが、
こういう形の追慕の会に「これはいいなあ」と日本語で言っていました。
西洋では死者を偲ぶ習慣がないのかもしれません。
ましてや犬の一周忌などは・・


手作りのお寿司やなべ物をいただきながら、
久しぶりに家族的な和みを味わった感じです
犬には善悪もありません。
どの人の中にもまなちゃんの暖かい思い出が
いっぱい詰まっているのでしょう。
思い出だけでしたら、悲しみもよみがえるのですが、
すでにまな二世が愛嬌を振りまいています。
初代まなちゃんによく似たゴーデンレトリバーです。
部屋の入っていくと、
子犬のまな二世がさっそく飛んできて、顔をなめてくれました。
嬉しいね・・友愛の気持ちですね。
これからときどき会えるのが楽しみです。


まな二世のこれからの寿命と私の残りの寿命が
ひょっとしたらいっしょかもしれないと思ったことです。
あと14年から15年ね・・頑張ろうね。
あなたの成長と社会貢献を楽しみにしてますよ。


2016年12月16日

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