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2013年7月 4日 (木)

誕生日は人生の第一歩

「自分の腹を痛めた子の産まれた日を忘れる親はいない」と言われます。
特に母親はそうだと思います。
一見風紀が乱れたように見える昨今の世においても、
あれだけの痛みを経験した母体が
我が子を産みだした日を忘れることはないと思います。

自然はあの痛みを通して、誕生の重みと神秘性を教えているのだと思います。

 

「・・・ちゃん、お誕生日おめでとう。」といって、
ハッピーバースデーを歌い、ケーキを食べ、
「はい、プレゼントよ」といってお祝いを渡す。
これが子供の幼年期、あるいは児童期の頃に各家庭でよく行われます。
それはまあ、一種のクリスマスのようなものですね。

そうして子供がだんだん大きくなると、いつしかそんなものはしなくなり、
子供も気恥ずかしさを覚えて「面倒だ」という顔をします。

けれども私は思います。
一人の人間がこの世に生まれた日は
イベントとして考えられるほど軽い意味しかないのでしょうかと。

 

私は行き過ぎは困るけれども
欧米の個を重要視することはとてもよいことだと思います。
個を大切にするから老人になっても一人の人間として、
心から「誕生日おめでとう」と言えるのです。
世には沢山の祝日があるけれども私は誕生日が一番大切だと思います。
それは一人の人間がこの世に生まれたということだからです。
どこから来たのかはそれは哲学的宗教的問題になるので、またにします。

私自身にとっても、自分の生れた日(たとえそれが少々ずれていても)がとても大切です。
周囲はまったく忘れていても、私は自分のため「おめでとう」と言います。
「よく生まれてきたね。この世の修行は大変だけど最後までがんばろう」と。

 

45年の結婚生活で夫が私の誕生日を覚えていたのは何回だったでしょう。
たいてい後で気づきますが。私の方からは言ったことはありません。
最近は夫は手帳に書いて「忘れないように」と何度も繰り返しているようです。
私は何も言っていません。私は夫の誕生日と子供の誕生日は忘れませんが。

 

昨日(2日)長年の友人Kさんの娘Yさんの可愛い赤ちゃんの顔を見ながら、
この天使のようなつぶらな瞳とマシュマロのような顔を見ながら、
誕生日の深い意味を考えていました。
私たち人間はこの世で修行をするために生まれてきたのではないのかしら。
だからその一人の誕生は人生の第一歩であり、
すごく大切なものだと思うのですが。

そしてその意味をかみしめるためにも、
確認するためにも、誕生日は大切な日として忘れてはならないのではないかと。

せめて自分の一番身近な人たちの誕生日は。・・・私はそう思います。

「おめでとう! おめでとう! おめでとう!」

みんな、「おめでとう!」です。


2013年7月4日

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