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2013年9月30日 (月)

広島旅行2 広島城、原爆ドーム

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広島旅行2 広島城、原爆ドーム 

 

宿泊したホテルの24階から見た広島市内のネオンの輝きは

大都会そのものでした。

広島を地方都市の一つとしかみてなかった私の考えを

またもや砕かれた思いでした。

ホテルの真下は何と広島県庁、その側には広島の市民病院、

その前はひろしま美術館、その前が広島城、近くには裁判所、

警察と主要な広島市の行政機関が揃っていて、

一戸建ては郊外にあるらしく、マンションと高層建築がずらり。

夜遅くまで、光の洪水が流れていましたが、歓楽街ではないので、

その輝きも品のあるものでした。

 

朝、ホテルでの食事はやめて、散歩の途中で開いていたコーヒー店へ。

やはりコーヒーを飲むと頭がスキッとします。その足で広島城へ。

満々とたたえた堀の水。

簡単に堀の周囲を回れると思っていたのに、なかなかそんなことは不可能で

お城の真ん中に通じる道を中に入ると目の前に5層の天守閣が現れました。

彦根城ほどの急こう配ではないけれど、かなりの傾斜の階段を上まで。

朝だから天守閣まで上れたけれど、これはかなりの運動でした。

鎧、兜。日本刀の中でも名刀といわれるものずらり。

この城は明治以降から旧陸軍の施設がもうけられ、

第二次世界大戦のときには軍の大本営としても使用されたそうです。

広島というところが軍都であったようです。

広島城は原子爆弾によって全焼し、その後再建されたそうです。

広島は蘇った輝きの裏面に、戦いの影響が色濃く残された所です。

来て初めてその意味がわかりました。

 

徒歩圏内で、原爆ドームに着きました。

映像で何度も見ていてまるで訪れたかのように頭に焼き付いているドームです。

外国の方の多いこと。みなさん真剣な顔でガイドの話を聞いていました。

一瞬にして頑丈なコンクリートの建物がこのように砕かれ、溶けてしまうとは。

それを想像して見るのですが、なかなか理屈ではわかっても、

全身でもって受け取れるところまでいきません。目の前にある大きな川、

元安川というのですが、その川に水を求めて死んでいった人たちが

いっぱい浮かんでいたそうです。地獄図絵・・・

この原爆の象徴であるドームにいつか行きたいと願っていたことが実現しました。

私はこの原爆ドームに来ないと何か申し訳ないような気がしていたのです。

原爆の話は私は小学生の頃から学校でも聞かされ、映画も集団で観に行き、

マンガも読み、体験記もかなり読んでいて、

知識としてはかなり入っていたのですが、

知ることと現場で見ることとはやはり違っています。

 

それから平和記念資料館、慰霊碑、平和記念公園へ足を運びました。

小学生、中学生、ひっきりなしに、先生に引率されて向かっています。

そして北欧系、パキスタンらしいイスラムの人、南米らしき人たち、

米国の人、集団でやってきていました。実に外国の方が多いです。

特に北欧系の人たちが目立ちました。

ひょっとしたら、福島の原発事故で世界の人たちの目が

広島に向けられているのではと思いました。

核という人類にとって恐るべき脅威の前に、その原点である広島、

あるいは長崎に行ってみようと心動かされているのではないかと思いました。

 

原爆資料館は、当たり前のことですが心明るくなるものではありませんでした。

ただあの悲惨な映像の中に傷ついた人たちが

お互いに必死に助け合っておられる姿を実に尊いものと感じました。

自分も頭と目を負傷し、ぐるぐると包帯を巻きながら、

被災者のための相談に応じている巡査の方。

このような状態の時でも決して自分の任務から逃げ出さない人たち。

これぞ日本人として誇りとしなければならない人たち。

あの福島の原発事故のときもそうでしたが、

この広島資料館の原爆投下直後の映像にも同じように惨事の中に、

表現できないような静謐さを感じるのです。

精神の気高さが映像を通して感じられるのです。

 

遺品の可愛い女の子のシュミーズに心ひかれました。

お母さんの手作りです。裾にはあの当時あったのかと思うのですが、

レースがつけてありました。

5-6歳の女の子の下着です。女の子はすぐ死んだそうです。

原爆直後に亡くなった人、生きて苦しみ続けた人たち。

広島は広島だけの問題ではなく、

やはり世界の良心が向かなければならない場所であると思います。

ここにはさまざまな思いの人たちが集うことでしょう。

 

残念なことですが、利己的に利用しようとする人たち、

政治的に利用しようとする人たち、何かをぶち壊すために利用する人たち

・・・それは実際あるでしょう。人間ですから。

でもそれにもかかわらず、善なることと、悪ははっきりしているのです。

はっきりさせなければならないのです。

広島は世界の良心の中心になっていかなければならないと思います。

私は広島の原爆の傷跡を見て、やっと日本人になれたと思いました。

遠く外国からわざわざ広島を訪れる外国の人に対して

恥ずかしい気持ちがしていたのです。

 

真夏のような日で、平和記念公園を散策するのは止めました。

昨日の歩きといい、今朝の2時間の城めぐりといい、

さすがに私たち夫婦の年齢にはきつくて、もうこれ以上は歩けません。

1時間早く大阪に帰ることにしました。

預けた荷物をホテルに取りに行って、広島の街を後にしました。

呉や広島市で見たことは、

家に帰ってよく考えてみないといけないことだらけでした。

68年前の出来事は遠い過去ではなく、今も生き続けています。

そして過去の上に現在の広島の繁栄が築かれています。

そして未来に向けて広島は世界に発信しています。

 

過去、現在、未来が平行して動いている・・・それが広島です。

今回の旅行は物見遊山ではありませんでした。一つ一つが重いのです。

トルストイは言いました。「戦争は人の心の中から生まれる」と。

でも私はこのように思います。それはみんなの心から生まれるのではない。

ある特定の人たちの心の中で生まれるのだ」と。

・・・世界の普通の人たちは誰も戦いなぞ望んでいません。

 

(広島旅行2)

 

 

2013年9月

 

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