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2014年1月21日 (火)

禅僧 ネルケ無方さん

昨年の正月、伊勢神宮に詣でたときのこと、

「あの人、ネルケさんではないの?」と私は夫に言いました。
ひときわ背の高い、立派な体格。托鉢の編み笠から見える端正な顔。
確かにテレビで見たネルケさんです。

「ねえ、ドイツ語で挨拶してみたら」と夫に言うと、
ドイツ語を勉強中の夫は前に行って、何か聞いたようです。
通じたようです。
ドイツ人でした。お布施もきちんと渡して、夫嬉しそうでした。
何かもっと話せばよかったのにと言う私に「仕事中だから」と夫。

その日以来、気をつけてみると
書店にはよくネルケさんの著書が並んでいました。
座禅について書いてあるけれど、
難しそうだなと思って手に取って見ることはありませんでしたが、
最近になって急に思い出し、ネットでネルケ無方さんを探したら、
兵庫県の山深い安泰寺という修行の厳しい禅寺の住職でありました。


それからはよく安泰寺の映像を見たり、話を聴いたり、
居ながらにして禅の修行や生活、安泰寺の人たちのことを知って、
学ばされたり、教えられたりしています。
すごい世の中になったものです。
ネルケさんは、何もご存じないのに、
こちらは家の中で、無料で学ばせていただいているのですから。

あの背筋をピンと伸ばして、微動だにしない、端正な姿。
何か峻厳な気がします。
現代の社会ですっかり忘れてしまった、引き締まった生活。
精神の統一された姿。
道を求めるのに人種も国籍もありません。

殆ど完全な自給自足の生活。電気はあるがガスは使用せず。
雪積る寒い日も薪ストーブのみ。
朝は午前4時半頃から座禅をし、食事も作法通り、
掃除、野菜やコメの農作業、きつい日々だと思われますが。
それでも国内から、海外から、
年100名近い人達が道を求めて来山するという。

物質文明に疲れた人たち、人生に疑問をもち、精神性を求め出した人たち。
人間として、新しい生き方を模索し始めた人たちなのかも知れません。
それが禅という道だったのでしょう。

私は自分の心がマンネリ化してだれそうなとき、
ネルケさんのあの泰然とした座禅の姿を映像でみて、
しゃんとしなくてはと励まされます。

そういえばベニシアさんも毎朝20分間瞑想するといっておられました。

静謐な時をもつことは必要なことかもしれません。


2014年1月21日

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