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2014年10月21日 (火)

神様はどこに

ある日の説教で神父さまはこう言われました。

「わたしはカトリックの某男子校で40年も宗教を教えています。
けれども
最近では神という言葉はいわなくなりました。
クラスの中でもカトリックの子供は数人しかいないので、
神という言葉をいっても、生徒たちはどんな神を想像するかわからないのです。
その子供なりの様々な神を考えると思います。
だから神という言葉はいわなくなりました」と。

神さまとは、実際いかなる存在なのでしょか。
神なんて信じないという人もいます。

でも無神論だといっている人も神社にいったり、
困ったときは助けてくださいと祈ります。(誰に?)
今まさに死に臨んでいる人が
「神なんてあるわけがない。死の向こうには何もないのだよ」
と言いながら死んでいったとしたら、
それは見事な無神論者として尊敬したい気持ちにもなります。

「カトリックの国ポーランド」長島総一郎著より

「だれ一人としてかえりみない、一枚の葉っぱにさえ、
生命の神秘が宿り、一刻一刻とその生活の息吹をみせている。
無数の名も知れぬ草花や雑草にも同じように神秘な生命が宿っている。
指先で軽くつまめば、はかなくも潰れてしまうような花びらでさえ、
生きる魂を宿している。
これらの生きとし生けるものをつぶさに観察すれば、
これらのすべてが、ある超自然的生命の根元によって、
生かされていることが、はっきりわかる。

生命の根元、そしてそれら全て生きとし生けるものを創造し支配している
想像を絶する力がこの人類と地球に働きかけていることがはっきりわかる。
これが造物主といわれ、創造主と呼ばれ、
また、神とも称される存在なのである。
神は全知、全能、全善であるとともに無限なのである。
したがって、有限の世界に生きているわれわれは、
無限を体験することも想像することもできない」

この本を書かれた長島総一郎という方は経営コンサルタントとして500社以上指導された方で、国立ワルシャワ経済大学経済学博士です。

私の拙い表現よりも、長島さまの上記の文が神の存在を十分に表わしていますので、これ以上言葉数を多くすることをやめす。

下記はとても可愛い歌です。よろしかったらどうぞお聴きください。

http://www.youtube.com/watch?v=ETcqrIS-5wQ

2014年10月21日

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