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2015年1月26日 (月)

雨の日に・・・琴の調べ

https://www.youtube.com/watch?v=jWNsseBji6U

春の海です

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春の海・・・優しい海の波が春の陽に輝いています。

きらきらと、そしてその波は寄せたり、引いたり、
まるで自分の内部の鼓動のように。

十七絃の琴の調べ・・尺八の悠久の国に引き込まれるような音律。

私はやはり日本人であると自覚させられるこの音律・・・旋律

しばし遠い古の大和の国へ意識が蘇ってくるこの感覚。

私の住んでいる市民会館での琴と尺八のコンサートです。

奏でられる琴の調べを聴きながら、
そのイメージの中に実母が出てきました。
若くて美しかった母がきものを着て弾いているような
錯覚を覚えたのです。
実母は33歳で亡くなったのですが、形見に自分の琴を残しました。
私は母の形見の琴を弾くために、先生についたのですが、
下手でよく叱られて嫌になり、やめてしまいましたが。
母が使った琴爪をまだ小さな指にはめて、
琴を弾いたことを思い出します。

コンサート中、母の姿が浮かぶのです。
記憶にはないけれど、美しい母の写真は親類中にあったので、
その面影に包まれて、私は母をいつでも思い出すことができます。
(母の死後何十年たっても、その美しさは知る人の記憶にあったが、
私はまったく父似で、少しも似ていません)

「私は死んでも、星になっておまえたちを護る」
といった母の言葉を信じて
辛いとき、母に訴えました。
「お願いだから、幽霊になってでもいいから出てきて」と。

母は出てきてくれませんでしたが・・・
星になって護り続けるといった母は、
星というものが本来は霊的なものだと知っていたのでしょうか。

今日(22日)は夫の75歳の誕生日でした。
誕生日のお祝いの食事をしながら、夫はこう言いました。
「琴の音を聴きながら、お母さんを想っていたんだろう」と。

私にとって母はマリアさまのような存在なのです。

親子関係が昨今いろいろ変化し、
問題もある時代において、
母を早くに失った私には母との深い絆が
美しい面影とともに残されたのはあるいは幸せなことかもしれません。

流れるような琴の調べが響いてきます。


2015年1月26日

 

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