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2015年3月31日 (火)

カトリック入門講座を修了しました

29日(日)の午後、「お疲れさまでした」と神父さまは言われました。
入門講座は今日で終了したのです。
去年の5月から今年3月末まで・・・全部出席した人もおれば
私のように秋からのものもいます。
いずれにしても16名全員に勉強は終わりましたと
神父さまはいってくださいました。

入門講座修了しましたといったら、
カトリック、あるいはキリスト教に興味のない方には
こんなことをあらたまっていうことに不思議がられるかもしれません。
しかし、これはす素晴らしい勉強なのですよ。

お金儲けの指南学でも長寿健康学でも芸術趣味の勉強でもなく、
まったくこの世の社会常識を超えた、
まったく一銭にもならない勉強なのですから。
天国、キリストの十字架の意味、キリストの復活、罪のゆるし等々、
こんなことに無関心の人からみれば、
こんな勉強に約一年もかけることに、
ばかばかしさを感じられるかもしれません。

しかし、これは他では絶対得られない歓喜であり、
内面の至福なのですよ。
私たちはよく生きて90歳か100年の命。
私が勉強したのは永遠の命の問題なのですから。

私自身、若いとき聖書旧新約全巻を2回通読したこともありましたが、
そのときはただ読むだけで意味は深く理解できず、
人間経験も少なく、長い教会離れ生活の中で、
見えない世界への思いが希薄になっていましたが、
不思議なことに覚えているものです。
聖書の言葉は頭の中に入っているのです。
神父さまの講義の中で度々聖句が浮かんできましたから。


“青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。
苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」
と言う年齢にならないうちに」”新共同訳聖書コレヘト12:1
とありますが、
未消化のままに頭に入れた聖書の言葉は、年齢とともに思い出され、
その意味が人間経験とともに理解できるように成ってきました。

入門講座は終わりました。共に学んだ16名の方々。
これからの人生はまた一人一人異なっていくでしょうが、
主であるキリストのもとに絆は結ばれて、
本当の意味で一つになっていくでしょう。
常に熱い思いで話された神父さまに感謝します。
真心からわかってほしいという気持ちでもって、
講義された神父さまの労力に感謝します。
神父さまによっては、いい加減や怠ける方もありますのに。

5月から始まる講座には、新しい人がすでに数名おられるとのこと、
若い女性たちです。

おひとりおひとりの上に神様の祝福がありますように。

「人はパンだけで生きるものではない。
神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」

マタイによる福音書4章4節


2015年3月31日

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