« 新カトリック教徒一週目 | トップページ | 納骨堂を買いました »

2015年4月21日 (火)

最終の落ち着き場所

http://blogs.yahoo.co.jp/maskball2002/64545877.html

死者のためのミサ曲です。

私の教会では月一回はグレゴリオ聖歌が歌われています

**********

「さあ、行こうよ」と夫。「そう、行きましょうよ」と私。
朝8時過ぎのバスに乗って行くのは、
この間まで通っていた教会とは違う方向です。
同じバスでも違う方向へ。


受洗した教会の神父さまの許可を頂いて、
M教会へ帰る決心をしたのです。
その理由を若い人は笑うかも知れません。
またそれを重要なこととは思わない人も
私たちの決意を我がままというかも知れません。
その理由はM教会の中に作られた納骨堂です。
それは各ボックスに分けられ、個人が尊重されているからです。
そして夫婦のどちらかが先に逝っても、
教会の中に納骨堂があればいつでも供養できるからです。
それに教会では毎日ミサが捧げられ、歌が奉納され、
年2回の死者の日には教会員全員でミサが捧げられ、薫香が焚かれます。


シュタイナーの精神科学を学んでいて、
死者のために捧げられる祈りは天界に通じていること、
死者は自分のために捧げられる祈りを必要としていることを知ったのです。
それまでは死んだらおしまいと思っていました。
自分が死者の国にいったとき、
自分のために祈りを捧げてくれる人はいるのかということです。
血縁だけの関係はすぐに終わってしまいます。
天界をみつめることのできる人、
心からの交流ができる魂同士の捧げる祈りが死者を慰めるのです。
シュタイナーの死者と生者との交流を学んで、
教会へ帰らなければと思ったのです。


M教会の神父さまはなぜか私たちが来ることをご存じでした。
ミサのあと、私たちをM教会の仲間ですと紹介してくださいました。
(それは異例のこと)
武骨な滅多に微笑まない神父さまが
何度も何度も私たち夫婦の所へやってきて
話しかけてくださいました。(ぶっきらぼうだけど正直な神父)


M教会の皆様、沢山の人が話しかけ、
笑いかけ、歓迎してくださいました。
スペインのシスターも上手な日本語で話しかけてくださいました・・・。
ペルーの方も
去年の4月S教会からM教会、そしてT教会、
一年経って再びM教会へ。
私たち夫婦は人生の最終の場所にようやく帰りました。


*******

シュタイナーの本は今100冊以上持っていますが、
一番最初に読んだのは
「精神科学から見た死後の世界」西川隆範訳でした。
真実だと思いました。
興味のある方は、お読みください。


2015年4月21日

 

« 新カトリック教徒一週目 | トップページ | 納骨堂を買いました »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1880059/59721596

この記事へのトラックバック一覧です: 最終の落ち着き場所:

« 新カトリック教徒一週目 | トップページ | 納骨堂を買いました »