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2015年5月19日 (火)

美しい人

とろんとろんと歩いている私の傍を
さっと風のように、歩き去っていく人がいます。

あっ、Hさんです・・
身軽な彼女は早い、早い・・・
いつものように、真っ白い長い髪を無造作にあげて。
そして見慣れたコート。
決して高価なものは身につけない。
化粧も殆どなし。
それでも珍しいほど透き通った白い肌はそれだけで、
優雅な、優しさを感じさせるのです。

私のマンションの別の棟に32年前から住んでいる人です。
Hさんご夫妻は若い時から目にとまる人たちでした。
いつも夫婦で手を握り、あるいは腕を組んで歩いておられた。
こんなに仲の良い夫婦は見たことがないし、
日本人は照れ屋なので、人前で西洋の人たちのように
夫婦が密接なのは稀だったのです。

ご主人はフリーの建築士で設計する仕事、
奥さんもご主人を助けながら絵を描く人・・子供さんはいない。
お二人の結婚は周囲の反対を押してのこと。
結婚してからは、ご主人の意向で
両方の親、兄弟、親類関係との縁を切ったとのこと。

長い間お二人はご自分の家で仕事をしておられ、
私生活もすべて夫婦共同作業だったのです。
それがいつか年取り、あの仲の良い姿が見えなくなりました。
ご主人が完全に仕事を止められてから酒量が増えたそうです。
病気になられて入退院を繰り返し、
2年ほど前に亡くなられました。

ご主人はHさんに背一杯甘えられたのでしょう。
わがままを通されたし、Hさんはそれを全部包み込んで、
忍耐し、忍耐し、最後までご自分の義務を果たされた。
親類縁者とも縁を切っているのでただ一人ですべてを背負いながら・・・
ご主人はHさんを自分流に愛されたのでしょう。
片時も離したくないようでした。
建築士であったので仕事は一緒、
テレビも一緒、旅行も一緒、友人関係も一緒・・

ご主人が湯船につかるのが嫌いなので
、結婚以来シャワーだけ・・それを聞いてびっくり。

Hさんのお母さんの形見のきものを隣の家にもっていって
「もらってください。主人はこれがあると怒りますので」
と涙をいっぱいためて隣人宅にいかれたそう。

「どうしてそんなにがんばっているの?」とTさんが聞くと
「私のせいで主人に子供を与えられなかったのです。
その償いをしなければ」とHさん。
(不妊は彼女のせいばかりではないのに。)

若いときお二人はいつも横並びで歩いておられた。
晩年にはご主人が前、Hさんが後ろ。
体の悪いご主人はHさんに全部ぶつけておられたのでしょう。
Hさん涙ぐんでおられた。
あるときは、一人ベンチでうつむいて身動きもしないでおられた。
Hさんの透明な白い顔は疲れと悲しみで血管が浮き出ていました。
人前でもご主人はいらいらされていました。
Hさんは謝りながら、ご主人の心を慰めておられました。

いつ見ても、どんなときでも、穏やかな顔で、
小柄な体で、たった一人で駄々っ子のようなご主人を
優しく、優しく、世話をしておられました。

Hさんはクリスチャンとは関係ありませんが、
彼女の在り方、生き方を身近にみて、
そこに崇高な愛を見た思いです。

ご主人は自分なりに精いっぱいHさんを愛された。甘えながら・・・

現在Hさんは毎日のように、どこかの施設の子供や老人のために
絵を教えておられるそうです。

「美しい人」・・・私はHさんを見るたびにそう思います。

**********

トルストイの本の中にこんな言葉があったように思います。
トルストイが自戒をこめていったのか、
人から言われたのか覚えていませんが、

「あなたは世界を愛した。しかし人を愛したのだろうか?」


2015年5月19日

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