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2015年5月 5日 (火)

いちご無きいちご狩り

http://rokko-catholic.jp/articles/200211/yasai_ichi.html

池田神父さまの提唱された事業は三重県だけでなく

さらに広がっているようです。カトリックのいろいろな教会が

支援しています。

********

M教会へ最初に行った日、
「いちご狩りに行きませんか?後2人分空いていますので」と誘われ、
「でも次の日、ミサですが体が疲れて出れないのではないでしょうか」
というと、
「何言ってるの。80歳を超えた人も行きますよ。70代は若いのよ。
うちの神父さんに言ったら叱られるわよ。歳なんて関係ないって。」
といわれ、夫と行くことにしたのですが、
うちの神父さまの御歳は60代でしょ。


というわけで今日(2日)は三重県の伊賀市で
障害者や身寄りのない人々の支援のために農業をされ
野菜を毎月教会へ届けてくださるアガペの家の池田神父さまの所へ
いちご狩りに行くことになったのでした。
殆ど知らない教会員の方々25名ほどと、ごいっしょに。
89歳と88歳の素敵なご婦人も一緒でした。
一人は西宮出身のおしゃれな洋裁の先生、
もう一人はPCも刺繍もでき、語学も堪能という89歳の方。
スーパー老婦人です。
これでは71歳の私は幼稚なもの。おそれいりました。


昼食の前、普段は農作業で顔も手も真っ黒の池田神父さまが
司祭服に着替えて、ミサを挙行されました。
手作りの隙間風が吹く何とも風流な聖堂で、
ウグイスの鳴き声を聞きながらのミサでした。
座っているベンチも手作りです。
感激しました。
池田神父様の言葉に命があると思いました。
労働から滲み出る司祭の言葉はそれ自身生きているのです。
観念ではなく、実体験から来る言葉なのです。


ボランティアの方によると、農作業の後、
大地の上でミサが行われるそうです。
まるでミレーの「晩鐘」の絵のようです。
教会の鐘の音を聞きながら大地の上で祈る農夫と妻を思い出します。


北海道のような広大な農地、
見るのは美しいけれど、農業は大変だなと思っていると、
神父さまも雨が降らなかったり、また降りすぎたりすると、
文句を言いたくなるけれど、雨を降らせるのも神さま、
日照りも神さまのなさること、それぞれに意味のあることとして、
そうした日には普段できないことができることを
感謝するのだとおっしゃっていました。


今日はそういうことでいちごは雨と急激な暑さのために
全滅で葉ばかり青々としていました。
残念ですがこれもまた司祭さまのいわれる通り形の変わった恵みです。
手作りの昼食、おやつをいただき、
今まで知らなかった人たちと会話を楽しみ、
名前を覚えさせていただき、一挙に友達ができました。
優しい円熟したご婦人たちです。


いちごは沢山の野菜や果物に変えられて、
マイクロバスは三重県から大阪へ・・・・・


2015年5月5日

 

 

 

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