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2015年6月16日 (火)

聖母マリアの詩

https://www.youtube.com/watch?v=PkbAx8xjnAA

ペトロ神父さまのわれらの母なるの歌です

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フェデリコ・バルバロ神父さま、心から感謝します。
神父さまが日本語で訳してくださった数々の書物を感謝します。
神父さまの霊性そのものの旧新約聖書全巻。「キリストにならう」の訳、
そして今私は神父さまの訳された
マリア・ワルトルタの「聖母マリアの詩」を読んでいます。
感激に心打たれ、胸が熱くなり、涙が出てきます。
このマリア・ワルトルタの本を教えてくださったネットの名前も知らない方、
ありがとうございます。


バルバロ神父さまの訳はたんなる訳ではありません。
言葉がご自分の霊性となって流れ出るのです。
「聖母マリアの詩」の序文で神父さまはこう書かれています。


「多くの聖人、神学者による、聖マリアに関する著作がある。
「代々の人々は私を幸いな女と呼ぶことでしょう」(ルカ1:48
この聖母マリアの言葉を裏書きするかのように、
聖母をたたえる大聖堂が随所に建設され、
文学は不滅のマリアに関する詩を作り、
音楽は忘れ得ないメロディーをもってマリアをたたえたのである。
またナザレには今もアラビア人が
アイン・シッティ。マリアム(マリアの泉)と呼ぶ泉があり、
最近、マリアの生家の上に建てられた
ビザンチン以前の大聖堂の地下には
“天使の挨拶・めでたしマリア」という「刻字」が発見され、
この家屋に対する遠い往時のキリスト者の信仰を表わしている。


しかし、今述べてきたことは、
ワルトルタ女史の著作に描かれているマリア像と比較するとき、
それらは大きく貴重なモザイクの一断片に過ぎないものになる。
・・・・
私は長年にわたり、すぐれた人々の研究と黙想の成果であり、
聖母マリアに関する種々の著作を読書してきたが、
今、ワルトルタ女史の著作に表れる聖母マリアの聖徳、
人格、気質、活躍の表現には遠く及ばないものと思っている。・・・・」


2000年前のユダヤの情景がイメージとして浮かんできます。
その美しい情景は福音書の短い言葉の行間を埋めていきます。
まるで福音書が絵画のように鮮やかに理解できるようになります。
「ああ、これはこういうことだったのか。
マリアさまの何という苦しみ、何という犠牲の生活であったか」と・・・


ローマの支配下にあるユダヤです。
ロバが歩く石畳、大祭司のいる神殿、オリーブや果物の菜園、
普通の人々の日常、祭司の姿、
そして何よりもナザレの小さな家での何十年かの
イエス、マリア、ヨセフの聖家族の生活、・・・
ありありと情景が浮かび、話声や音さえ聞こえてくるようです。
これは本というより、映像本です。
字の中からイメージがどんどん出てくるからです。


マリア・ワルトルタの受けた啓示について、
学者さまはいろいろ言われるでしょうが、
私はこの本に流れる聖家族の姿は
私たちがこのように生きるのだという指針であると思うのです。


バルバロ神父が言われる通り、
現代人は無邪気さ、素直さを失っています。
聖母に対する信心は教会が作ったものではなく、
キリストの御母に対しての愛と共に生まれたものです。
キリストの御母であるマリアは信じるものの母でもあります。


2015年6月16日

 

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