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2015年8月19日 (水)

暑い日15日 思い出すこと

今年も8月15日が来ました。
やはり暑いです。
今年はあの大戦争が終わって70年です。
あの年生まれた赤ちゃんもすでに70歳なのですね。
私も同じようなものですが、それでも少し戦前になります。

職業軍人だった養父のことが思い出されます。
明治45年生まれのバリバリの戦前の教育を受け、
日本男子として誇りを持っていた時代の男です。

家の経済的事情で15歳で陸軍に入隊し、
腿に銃弾を浴びて負傷兵となるまで
20年近くも戦地で生きてきた人です。
骨の髄まで軍人でした。
夜寝るときは必ず自分の衣服を朝着る順番にきちんとたたんで寝ました。
朝起きるとその順番に急いで着るのです。
養父の頭の中にはまだ起床ラッパが鳴り響いていたんでしょう。

それは終生変わりませんでした。
平時になっても10年位は丸坊主で
国民服なのか兵隊の服なのかカーキ色の服を着続けました。
朝は毎日ゲートルを巻きました。
私はその器用な手さばきをじっと見ていたものです。
それは外地から日本に帰って10年位続けたことです。
そして軍隊の帽子をかぶり、よく敬礼をしていました。
飯盒でご飯をたき、そのご飯はとてもおいしかった。
そしてこれも軍隊用の弁当箱も。

兵隊の服は長い間着ていました。

そして、飲みながらよく軍歌を歌っていました。

普通の日本の男子よりも大きな身体、
斥候や騎馬兵でもあったその目の鋭さ。
40代でも若者には負けなかったその体力。
いかに強い兵隊だったか・・
養父の側にいる男は皆青瓢箪のように見えたほどです。
私は子供のときそのような雰囲気の中で育ちました。
外地から日本に帰るとき、荷物を積んでいた船を沈められ、
身一つで帰ってきたのでしたが、そんな中でも軍刀は忘れなかった。
陸軍に入るとき、養父の父がもたせてくれた軍刀をずっと戦地で持ち続け、
私が10歳の頃まで押入れの奥にそっと隠していましたが、
時代も変わってきちんと登録をして、応接間に堂々と飾ってありました。

私は軍隊式の名残のある雰囲気で育ちました。
泣き言は言わない。口答えはしない。泣くな。
食事は黙って食べる。食事は残すな。もちろん正座です。おそれるな。

何か私がすると立たされ、説教され、ときには叩かれる。
これは養父が受けた教育なのです。それを私にしただけです。
でも優しさもいっぱいありました。

私はお蔭で強い女の子に育ちました。
男の子に負けるどころか、6歳から8歳くらいまでは
男の子を率いて野原を走り回っていました。
それも警察ごっことかです。
少々の怪我や痛みなど顔色変えず耐えること平気でした。
(お蔭さまです)

でも女の子らしい人形遊び、ままごとなどもやりましたから、
まあ文武両道?です。

 

養父が馬に乗っていたとき、銃弾が腿に飛び込んだ。
医者はすぐに脚の切断を指示したが、
激しく抵抗し軍医をどなり、脚の切断は免れましたが、
しかし養父の足は数センチ短くなってしまいました。

養父の腿は深くえぐられていました。
大変な手術であったことが想像されます。
その傷口がときおり内出血し、
あれだけ我慢強い男が泣き叫びながら苦しんでいました。
それでも愚痴一つ、ましてや国への恨みや悪口や
誰かに責任転嫁をすることはありませんでした。

今も思い出します。
養父は正月、祭日には必ず、大事に巻いていた大きな日の丸の旗を
家の前に掲げるのです。
風に吹かれてきれいだった。
その頃は近所もそうだったし、学校でもずっとそうでした。
日本は戦争に負けたけれど、私が小学校を終える頃までは
日本の旗は私たちと共にあったのです。
いつごろから消えたのかわかりません。

それを不思議にも思わなかったし、慣れていきました。

養父はそんな時代をどのように見ていたのでしょう。
ゲートルも兵隊帽も、飯盒もいつか無くなりました。
坊主頭はカッコいい天然パーマになり、
どこへ行っても群を抜いた偉丈夫は女性たちの人気の的でした。

敵であった国の宗教を信じ、
その国の宣教師一家を家に招く養女(私のこと)、
本当のところさぞ複雑な心境だったでしょう。
でも宣教師(すばらしい人格者だった)の
小さな娘2人の天使のような青い目に魅せられて、
国と国の境界は溶けていったかもしれません。

ただ、天皇陛下に対する尊崇の念は忘れがたく、
2回も皇居の無料奉仕に行きました。

昭和天皇の御前で2回も競技をしたその栄誉を
かみしめていたのかもしれません。

私の子供時代はアメリカの影響が大きかったとはいえ、
古い日本の姿もまだまだ残っていたのです。

暑い日、15日・・・来年はそしてその次は、
日本はどう変わっていくのでしょうか。

2015年8月19日

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