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2015年9月 9日 (水)

フロイスの日本史を読んで

フロイスの日本史12巻のうち、8巻まで読みましたが、
あの戦乱の時代、明日どうなるかもわからない時代、
異国に来て不自由な生活をしながら、
書き続けたフロイスの並ではない知力と忍耐に感動しました。

フランシスコ・ザビエルが日本へ来て、
キリシタン伝道が始まったのですが、
ザビエルはそんなに長く日本にいたのではなく、
先駆けとなった方でした。
その後に続く多くの宣教師たちの活動によって
100年近いキリシタン時代が続いたのです。
フロイスは50年以上日本にいて、
その宣教の成果と瓦解を目で見た人でした。
秀吉の26聖人の殉教を知りつつ日本の地で息を引き取りました。
50年間の日本のキリシタンの勃興と没落を見届けたのです。

フロイスの時代のキリシタンの在り方、
スペイン、ポルトガルとの関係などは、
今では正しく検証しようとする動きもあります。
右近のような生き方を誉とし、賛美する一方、
あの時代の宣教のやり方は「勝者の論理」として、
カトリックの中でも反省の動きもあります。
あの時代に生きた歴史に残る諸大名、美しき女性たち、
乱世の時代でありながら、実に華やかな、彩のある時代です。
残酷さも持ちながら。

カトリックは私がイメージしていたカトリックとは
大きく変化しつつあるようです。
最もカトリック自体の広さから見ると、12億の信者がいるのです。
それぞれが異なっています。
昔のように法王(教皇)さまに権力の集中があるわけではありません。
多くの自由が信徒に与えられ、それは国によっても異なります。
キリシタンの時代華々しく殉教の道を選んだものもいれば、
背教徒として生きたものもおります。
かつては背教徒などは問題外どころか地獄行の存在でした。
その背教徒の生き方も称賛とはいかないけれど、
評価する人もカトリックの知識人の中にはいます。
(それはまた書きたいと思います)

人間の生き方を固定化しないで、評価していく。
それが今のカトリックの方向ではないかと私には思われます。

「第二バチカン公会議以来何が変わったのです?」と
日本でも第一人者と言われ、
今も某大学の学長であるカトリックの先生に聞きましたら、
「カトリックは自分たちだけが正しいのだという考えを放棄したのです」
と言われました。

これが大きく他者に対する態度、
過去に対する評価に表れているのだと思います。

カトリックを一言でいうことはできません。
国によっても、民族によっても、大きく違います。
その国の習俗や土着的なものも一緒になって、
これがカトリックなのだろうかという形態もあります。

だからこそ、私のような少し異質な人間も存在できるのでしょう。
こんな人間はだめということはありませんから。

カトリックにあって、自由ですという生き方を選びとった私です。


2015年9月9日

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