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2015年10月28日 (水)

故郷へ・・・・感謝の旅

夫婦共、70代になると通常の生活の中に落ち着きを見出し、
慣れ、埋没していくようです。
まして20代で離れた故郷は遠い遠い昔話の世界となってしまいました。

けれどただ一人の姉や従姉妹たちにもう一度会い、
その家家でこれまでお世話になったことを感謝して
お別れをしたいという思いから故郷に向かって腰をあげました。

夫も同行してくれ、有り難いことでした。

私が一番訪れたかったのは、私の生の出発点、
人生の原点である場所であり、元の私の家族4人が暮らした所です。
父も母も姉もいた所です。
姉や姪、夫とその場所を訪れました。

現在は農業大学になっています。
父は戦前修練農場の場長でした。
広大な農場の敷地の一画に私たち4人は暮らしていました。
戦争が終わり、母が亡くなるまで・・・・・

その農場の側に小川が流れていました。
私はここで落ち、一人で片方の履物を持って水から上がったということです。
(私の1歳のとき)

そして農場にいるとき、大きな腫瘍のために
麻酔なくしての背中と腿の大手術。
そのときの大きな傷は今も私の身体に残っています。
それは両親からの贈り物のように。・・・
「小さな手で俺の手が折れるほどの力で俺の手をつかんだ」と
実父は何度も私に語ってくれました。
それはいくら小さな子と言っても麻酔なしの手術は痛いでしょう

それが私の原点。人にはわからないこの世での本当の私の故郷。
・・・来れてよかった

そして物心ついたときは、
養父の背中に負われたり、抱かれたりしていました。
どこに行くにも私を連れて・・・その養父の墓に詣で、感謝を捧げました。
・・・「ありがとう」

遠い遠い自分の過去を思い出すと、
いかに自分が人の世話になって生きてきたかが思い知らされるのです。
若い日にはわからなかった、人の優しさ、
心配り、愛情がこの歳になると・・・・
人は人によって生かされ生きるのです。
誰かのお蔭で生きるのだということが心底わかるようになるのですね。

神さまは人を動かして、自分を育て、守り、導いて下さいます。
まだまだ私は会って感謝しなければならない人たちがいます。
その方々があの世に行かれる前に・・

2泊3日の旅、姉、姪、従姉妹たち、
またまた沢山お世話になりました。
心からの愛を持って持てなしていただきました。
お互い歳を取り、これが最後かもしれないと思いつつ。

本当に有難うございました。

母を亡くした後引き裂かれた姉妹。
その後全く異なる人生を歩みました。
その姉が駅まで見送り、
「今までありがとう」という私に応えてこう言いました。

・・「次には一緒に暮らそうね」

故郷の風は私を優しく包んでくれました。


2015年10月28日

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