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2015年11月25日 (水)

カリスマと呼ばれる晴佐久昌英神父さま

http://catholictama.org/?page_id=448

悩める人、生きられなくなっている人、

ぜひ多摩カトリック教会に来てくださいと晴佐久神父

は言っておられます。

**********

23日(祝日)、
東梅田教会にカトリック晴佐久神父のお話を聞きにいきました。
東梅田教会は日本基督教団であり、
一昔ならばカトリックの神父が話をするなど決してありませんでした。
教会は一部の進んだ人たちによって、確実に変わりつつあります。


晴佐久神父は58歳。とてもその歳には見えず、
40歳といっても通用するでしょう。
ふさふさの黒い頭、細見の身体、ハンサムな容貌。
そして何よりもその雄弁と多才な能力は
現今の日本キリスト教世界の中でも群を抜いているでしょう。
90分の持ち時間を休むことなく話つづけ、
聞いている者達に少しの疲れも感じさせないその言葉の凄さ。
若いときにビリーグラハムを始め、
日本の有名な伝道家の説教を何度も聞いてきましたが、
晴佐久神父は手振り身振りはなく、
それも抑揚のない淡々とした言葉のみ、
それのみで聴衆を引き付ける能力をおもちでした。

話の内容は神学ではなく、生きた生命の証・・・
次から次へと神父のもとへ訪れる救いを求める人々の話。
それに真剣に自分の命と同じように大切に対応なさる神父さま。
教会は救いの手を求める人たちの場所となっているようです。
こんな神父さまがおられることに驚きです。
自殺寸前の人、道を求めてわからなくなった人、
20年の引きこもり生活から救いを求めた人。
様々な問題をかかえた人たちと真剣に向き合う神父。
東梅田教会の礼拝堂が満席でした。


「神はあなたに話したい」という題名のもとに、
胸が熱くなるような話の連続でした。
多い年には一年に96人の洗礼者があったそうです。
教会に人が来ないということは「福音」が語られていないから。
そんな教会は閉鎖したらいいのです。・・・と司牧するものに厳しい言葉。
晴佐久神父の広い考えには同調することが多く、
それは何十年先かの日本の教会の姿を先取りしています。
カトリックとプロテスタントが分かれていたことなど、
昔語りになる日が来るでしょう。


宗教を超えて、人々は皆救われるのです。
僧侶たちの招聘を受けて
神父さまは仏教のお寺でも説教されたそうです。
神社の前でも手を合わせます。・・その後十字を切りますがと。
カトリックの中でこんな神父がおられることに誇りを感じました。


今日はカトリックの人も20人以上来て、質問をしていました。
自分に会わない教会で悩んでいる人たち。
これはとても多い問題でしたし、
実際教会に通いながらその教会が悩みになっている人も実に多いのです。
教会に通いながら悩んでいるこの不思議さ。


神父さまのいわれたこと

*自分の所が唯一正しい所であり、
 他は間違っていると教える所はすぐ出なさい。
 それは間違っています。
所属にとらわれず、自分に合った所にいきなさい
 教派や所属は重要なことではありません。
*福音を語るところにいきなさい。
 救いを求める人たちに何の助けもできないところに行ってはいけない。
(とはいっても晴佐久神父のような人は少ない)

お話の後、兵庫から来ていたカトリックの若者に出会い、
お茶を飲みながら話しました。
彼は悩み、解決を求めて
兵庫から多摩の晴佐久神父のもとに通ったとのことです。
大学の哲学科を出て、仕事がなく、今も悩みの中にあるが、
神父によって助けられたこと。
今はこころの問題をかかえている人のための勉強会を主催しているという。
沢山の若者が心に深い問題をかかえて苦しんでいると言っていました。


今日は私の知らない世界が視界に現れた感じでした。
日々こころ病める人々と共にいる神父さま。
今も教会でうつ病の若者と同居しているそうです。
身をもって彼らと接する神父の姿に感動しました。
これは滅多に見れないことですから。


今日は久しぶりに夫と一緒でした。
共にプロテスタントの教会に行ったのは36年ぶりです。
また一歩新しい世界に向けて歩み始めたようで、とても嬉しい日でした。


2015年11月25日

 

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コメント

その若者です!!笑

あの後、クリスマスの聖劇・ミュージカル、多摩教会まで行って、見に行きましたよ。

めっちゃ泣きました。

是非、DVD観てくださいね。


私も「はれれ」に救われました。この方に出会って、すべてが変わりました。
人生が180度転換するとはまさにこのこと。
声を聞いているだけで、生きる気力を授けてくれる。
本物の神父。また会いたいなあ。

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