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2016年1月20日 (水)

新しい教会へ

カトリックの広さと自由さを実感し、感謝しています。
かつてはカトリックはきびしい所と思い込んでいましたが、
個人の自由がこれほど認められている所は
他にはないのではと思ったりします。


2014年の4月意を決して一番近い地元のS教会へ行き(徒歩)、
入門講座で違和感を感じて、M教会に行き(バス)、
しばらくいたけれど、カトリックの洗礼を受けていないため、
信者さんたちとの距離を感じ、友人に誘われてT教会に行き(バス)、
そこで名物神父の講義をびっしり受けて洗礼を受けたのですが、
T教会の内部問題に巻き込まれるのを避けるためもあり、
また我々夫婦のための納骨堂も欲しかったので、
「洗礼を受けてカトリックになりましたよ」と自信をもって、
またM教会に帰ったのでした。


けれども、私には続けられませんでした。
カトリックのある人たちには当然であり、
自然である奉仕生活の忙しさとそれをこなす体力が私には無く、
また信者間の密着した付き合いも私には大きな負担となったのでした。
私は都会派の人間であり、
非社交的ではないけれど、人との間にはある距離を保たないと
自分が消えていくような苦しみを覚えるのです。
どちらかというとM教会は肉体的体力を要する教会生活であり、
このままでは教会から離れるという危惧さえ感じたのです。

夫も私とある面では同じ性質を持っているのですが、
私がM教会に行かなくなってからも、
5か月間は一人で行っていましたが、
喜びよりも悲壮な決意を顔に浮かべていました。

夫婦が別行動した五か月間は、試練のときでしたが、
ようやく私たちの性質に沿った、
都会派のU教会に行くことができました。
今度はまっすぐ電車で17分です。楽です。
年老いても行けそうです。


そしてここは完全にどの奉仕も各自の希望でなされます。
強制的に回ってくるということはありません。
専門の事務職員もおられるし、何より教会の人数が多く、
出入りも激しく、個々の人間に注目したり、
かまってくれる人もありません。
それが私には嬉しいのです。
毎週、見知らぬ人と話す楽しみ。出会いがとても楽しみです。
神父さまが毎週代わるのもまた変化があって楽しいです。


夫は私にはできない喜びを見出しました。
英語ミサに出て、外国の方と楽器演奏をやりだしたのです。
若い日にやっていたウクレレとマラカスが役に立つ日が来たようです。
早速購入して、教会に持っていって演奏しています。
タンバリンやギターといっしょに。
日本人のミサは静かだけれど、外国人200名以上のミサは活気があり、
元気な歌があって、楽しいのだそうです。
私は日本語のミサだけですので、これは夫から聞いたことです。


1月17日、M教会に転出のお願いに行きました。
快く神父さまは書類にサインしてくださいました。
そして教会でお世話になった方々も数人おられ、
U教会に行くことを喜んでくださり、
最後にいっしょに写真を撮りました。
これがカトリックのすばらしさです。
相手にとって一番良いことを心から喜んでくださる。
本当に有り難いと思いました。
私たちが見えなくなるまで手を振ってくだったFさん。
あなたのこと忘れません。


「隣人を自分のように愛しなさい」マタイ19・19
難しい言葉ですが、ほんの少しでも実行できる人間となりたいです。



2016年1月20日

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