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2016年3月 9日 (水)

日本人であることとは

「父上、改めて『日本人』とは何だい?」

「うーん。『日本人』という民族に、
人類史上何らかの使命か存在理由があると仮定すれば、
それはものすごく多くの仮説を壊したということだろうな。
日本が勃興するまでの世界というのは
西欧的キリスト教とアジア的停滞の世界に分かれているとされたわけだが、
その世界観にはいくつかの常識があった。
アルファベットを使わない民族には、近代化出来ないという常識。
有色人種は白色人種に劣るという常識。
西洋は常に前衛だとう常識。


これらの常識を、日本人は打破したんだ。
これは大変に大きなことだと思うよ。
もっともまだ問題はある。
『日本人』は世界の過去の常識を、確かに打破した。
けれども打破した次に何が来るかという問題だ。
白人種の仲間入りしたら、意味はなくなる。
日本人の伝統文化はヨーロッパ人の伝統文化と決して同じではないからね。


違う伝統を持っていても、近代化しうる。
そこには西洋とは違う伝統文化を持っていたとしても、
近代化出来るという方法論があったんだ。
・・・・・近代化が、人類の普遍的な幸福とは
決まっているわけではない。
これまでとは別のタイプの近代化というものがあるのではないだろうか。
・・・それぞれの民族によって皆違うだろうから。


・・・これからの近代化を成功させるためには、
地球上のそれぞれの民族が自分たち自身の眼で
自己の伝統文化を見つめるしかないだろう。
自分たちの文化的前提を調べて、
それぞれの国が自らの方法論を探し出す他はないのだ。
『日本人』は自分達の近代化と伝統文化との関係を、
自分の手で明らかにしようとはしなかった。
その関係、方法論の呈示こそ、
『日本人』が世界に対してこれからなしてゆくべき課題ではないだろうか」

・・・『父と息子の往復書簡』山本七平・
良樹著より

これは山本七平さんと息子良樹さんの会話です。
ガンも末期、命もあと少しで尽きようとしていた闘病中の
父七平さんと息子さんが交わした会話です。
息子さんの質問に答えて語った言葉ですが、
私には日本人に遺された言葉のようにも思えます。

七平さんというと、すぐ山本学、日本教という言葉が浮かんできますが、
私も日本人について勉強してみようと早速本を買いました。
が、ふとつまってしまいました。
日本人の紀元前、2000年前のイメージが殆どわかないのです。
日本人は急に鎌倉や江戸時代になったわけではなく、
長い明らかにされない歴史を経過して、今が形成されたと思うのです。


それでまた意を決して、古代の日本人を探したいと思ったのです。
ここが何とかはっきりしないと、頭の無い身体のような、
どうしても空虚なものを感じてしまうのです。

七平さんのいわれる日本の伝統文化もその長い歴史、
埋もれた歴史の中から継続されたものでしょう。


古代日本に関する本を数冊買って読んでいます。
とんでもない本は避けて、
深い知識と自らの探索の中から生み出した書物を探しています。
書いた人の誠実性が問われます。
読みだすとますます興味が湧き、埋もれた、
あるいは故意に隠されたかもしれない歴史を知ることは
知的な新鮮な驚きとなって、
老いていく頭を活性化させてくれるようです。


またまた、新しい興味が湧きました。
そしてこの問題はすぐにはわかりそうもありません。
ゆっくりと『日本人とは』の研究をしていきます。


2016年3月9日

 

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