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2016年3月30日 (水)

カトリックに入って一年になりました

https://www.youtube.com/watch?v=ftbYb6tskKw

復活祭のグレゴリオ聖歌 詩編150番

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26日の復活前夜祭で教会では12名の方が洗礼を受けられました。
次の日復活祭の日本人と外国人の方も入れると
19名の方が洗礼を受けられ、
晴れてカトリック教徒になられました。
カトリック教徒として、新しく歩み始めた人たちです。
かなり年を召された方、妙齢の若い婦人、
若い男性、主婦らしき女性・・・様々です。


去年の復活前夜祭、T教会で夫と共に受けた
カトリックの洗礼式を思い出していました。
同じカトリックでも神父さまによって多少やり方は異なりますが、
数百人の会衆の前で行われる厳粛な式は変わりありません。
ただ、インドネシア語、スペイン語、英語の歌と聖書朗読があったので、
やはり他の教会とはちがっていると思います。
早いものであれから一年が過ぎ去ったのです。
もうずっと前のような気がします。
今の教会に落ち着くまでいろいろとあって・・・・


もし人が私に「で、どうだったの?」と聞けば、
「カトリックに入ってやはりよかったと思います」と答えるでしょう。

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これはあくまでも私見で、個人的な私の感想です。(下記の文章)

現在のカトリックは他者を侵害しません。
相手の自由を認めます。奉仕も献金も。
そして神父さまの説教が短いことです。(これは大切です)
人間は10分過ぎると集中力は散漫になります。
カトリックは説教によって聞く人を説教しません。
(プロテスタントでは相手を自分の世界に入れるために説く人がいる)
お互いに相手がどんな思想をもち、行動しようとも干渉しません。


極端にいえば、かつては破門とされた、共産主義に近い人さえも
信者としての仲間です。
(そういう神父さまも信者もいます)また、超右翼的な人もいます。
また教会生活に忠実な人も
そうでないちゃらんぽんも同じカトリック信者です。
伝道と称して強制的に人を勧誘をしない。それは邪道とされています。


・・・自由であること・・これが一番大事なことであると
洗礼を授けてくださったN神父さまは言われました。
「強制は違反です」と。
以上がだいたいこの一年で感じたことです。
残りの私の人生をここで続けられると思います。
何よりも支配される、強制される、思考上の自由剥奪ほど人を
窒息させるものはありません。
私の一番嫌なことです。神さまに感謝します。


これからも練り浄められ、鍛えられ、教えられていくでしょう。
それが洗礼を受けてからの一歩一歩だと思います。
「救い」とは、死を迎えるまで神に寄り頼み、
自らを努力して浄化していくことだと思います。
この自由さの中で、私は思う存分自分の学びをしていこうと思います。

 

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上記紹介した復活祭の歌詞です。詩編150

ハレルヤ。

聖所で神を 賛美せよ。
大空の砦で神を 賛美せよ。
力強い御業のゆえに神を 賛美せよ。
大きな御力のゆえに神を 賛美せよ。
角笛を吹いて神を 賛美せよ。
琴と竪琴を奏でて神を 賛美せよ。
太鼓を合わせて踊りながら神を 賛美せよ。
シンバルを鳴らし神を 賛美せよ。
シンバルを響かせて神を 賛美せよ。
息あるものはこぞって主を 賛美せよ。

ハレルヤ。


2016年3月30日

 

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