« ルーツ探しは旧約聖書へ | トップページ | 読書は最高の喜び »

2016年4月24日 (日)

某集会で思ったこと

「金祝」という言葉の意味が最初はわかりませんでした。
これは叙階(神父になること)されてから50年たった神父さまのことで、
結婚式なら50周年の祝ということです。
この祝のミサは大阪カテドラル聖マリア大聖堂で行われましたが
私は行きませんでした。
今日はその神父さまのうち3人がU教会に来られ、
50周年を記念してお話をされるとのことで出かけました。


「やはり3人の神父さま、大物ですね。
こんなに聖堂が一杯になるんですから」と感極まって言われたのは、
私の隣に座ったシスター。聖堂内は満席です。
私は「大物といわれるからには、小物とはどんな人なのか」
と質問したかったのですが止めました。
シスターが神父さまを見る目は、完全に信頼しきった、
尊敬そのもののまなざし。
シスターの方々の思いは私とは別のところにあるように思います。


近くの他教会から、また各地の修道会から来たシスターたちが集まり、
懐かしそうにお互い話しかけ
「シスター・マリア」、「シスター・ジュリア」などと、日本名ではなく、
お互いにシスターという敬称と洗礼名で呼び合っているのを聞いて、
やはり違った世界の人たちという感じがしました。
遠い昔、私もシスターに憧れたことがあるのですけれど・・・

今は普通の暮らしをしていて、良かったと思います。


神父経歴50年を経た神父さまたちの御歳は80歳前後です。
頭はライオンヘアで薄くおなりの日本一の博学神父、
またなぜか真っ黒のふさふさ髪で、実に色白の神父、
そして長髪で長い髭で、
トレーナーを着られたら一見ホームレスにも見える神父さま。
これが今日のゲスト3人の神父さまでした。
お話は3人とも同じ小学校で大学まで一緒だったということ。
お互いに離れてイタリアやアメリカで勉強したこと。戦争のこと。
でも戦争の実体験はないようでした。
少年の日に見た空襲とか戦後の日本などなどのお話。
私はもっと50年間の濃縮した神父ならではの
味わいある話を期待していただけにちょっと残念でしたが。


また神父さま方の金祝とはあまり関係ないと思うのですが、
何か無理にでも反戦運動に結びつけよう、
会衆にアピールしようとする意図を今日の集会に感じて、
これは少し逸脱しているのではと思ったことです。
そもそも今日のお話の内容は
「それぞれの人生を通じて見つめる教会像」とあったのですが。


カトリックは多様性を大事なこととしているのです。
一つだけの価値観、考えをカトリックの代表意見として、
公の機関を使うのはいかがなものかと思うのですが。
自分の思う正義は自分の正義であり、
他の人には他の人の正義があるのであり、
そもそも人間の正義とはそのようなものです。


************

これとは別ですが、私たち夫婦も再来年金婚式を迎えます。
50年という歳月は凄い期間ですね。
二人三脚で、互いに欠点を補いながら助け合ってきました。


*******

私が今読んでいる本の名を時々載せます。
「ユダヤ人の歴史」シーセル・ロス、
「心を鍛える聖書」、「ユダヤ教の霊性」「ユダヤの言葉」手島佑郎、
「ユダヤ人イエスの福音」河合一充、
「天と地の上で」教皇フランシスコ、ラビ・アブラハム・スコルカ


2016年4月24日

« ルーツ探しは旧約聖書へ | トップページ | 読書は最高の喜び »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1880059/65147982

この記事へのトラックバック一覧です: 某集会で思ったこと:

« ルーツ探しは旧約聖書へ | トップページ | 読書は最高の喜び »

無料ブログはココログ