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2016年6月19日 (日)

久坂部医師の講演へ

久坂部医師の情報です。参考になります

千里医師連合会主催の久坂部羊医師の講演会に行きました。
数年に一度開催しているということでした。
今回の講演のテーマは
「医療小説に見る現代医療の現実と矛盾」でした。


久坂部医師は作家でもあり、私が知らないだけで、
全国では有名な方だと知りました。
「廃用身」「悪医」「神の手」など沢山の本も書かれ、
またテレビドラマにもなっているということでした。
「私の書くものは、事実をもとにしています」とおっしゃっていました。
1時間40分の講演で、いろいろと具体的な例をあげながら、
楽しく話してくださいました。


それにしても日本人は長生きし過ぎているのでしょうか。
「元気でいようとして運動している人がいるけど、こういう人が苦しんで死ぬ」と、
びっくりするようなことも言われました。
それはどういう意味かというと、
体力のある者は痛みや苦しみも大きいということだそうです。
若い人がガンになると、
壮絶な闘病生活をしなければ死ねないと同じように。
細胞が元気だと死ぬのが大変ということでしょうか。
弱い人はじわじわと行くので、
急激な痛みや落差がないということでしょうか。
私はそう理解しましたが。


それなら私のように何もしないで自然に任せていくのが一番ですね。
健康診断にもいかず、悪いなと感じたら、
医学書やネットや本屋で調べ、自己手当をしています。
これで五十肩や腰の痛み目の不都合、歯の予防などやってきました。
不眠も自然のまま、眠れなければ起きている。
疲れたら眠れます。
この調子で72歳まで来ましたので、
あとは自然死までほっといていいのではと思います。
それが寿命のような気がしますが。
神様が与えておられる寿命です。


また久坂部医師はピン、ピン、コロリというけれど、
ピンピンといって元気、元気というけれど、死に方を考えてはいない。
そのあとの死に方を・・・
老人になったら、死に方をよく考えて、
あまり過剰な期待を医師にしないように。
医師は100%病気を治せたり、
手術を成功させるとは限らないといわれました。
・・老いることは死が近いということであり、
死を受容しつつ生きることなのかなと思ったりしました。
今の老人は自分の死を見つめることを忘れている、
いや自分が死ぬとは思っていないのではと自らを省みて思います。


久坂部医師のお話しを聞きながら、
最近読んだ「もう、親を捨てるしかない」という
過激なタイトルの本を思い出しました。
宗教学者の島田裕巳氏の本です。
過激な題名は出版社が人を引き付けるために作ったのでしょうが、
老いた親の存在は子供たちにとって恐怖になっているそんな本です。


当の親は子供に迷惑をかけまいと健康に気をつけ、
体操したり、歩ったり、食事に気を付けたり
趣味にいそしんだり、いろいろやっていますが、
考えてみると、70代で死ぬのを10年か20年延ばすということですよね。
そうなれば子供も年を取り、子供自身も大変になっています。
70代の子供が90代、100歳の親を見ることに
・・・それは悲劇ですよ。
長く生きれば蓄えだって少なくなっています。
それなら70代くらいでさようならが一番いいのかもしれませんが。


長寿は本来は喜ばしいことですが、
現実は理想に追いついてはいません。
いずれにしても、お金に心配ない人は
有料ホームに入れればいいですがそうできない人は
介護が子供にかかってくることに。
誰かに見てもらえばお金がかかるし、
子供自身が見れば職を失うし・・・考えたら・・これ大変ですね。


島田氏の言われるのは親を放りだせということではなく、
早くから親離れ、子離れをしてそれぞれが頼らないで
生きていく覚悟と計画をしなさいということのようです。
経済的、心理的親子の分離を早くしなさいということでしょう。
これは両方とも大人になれということだと思いますが。
個の確立という日本人には難しいテーマです。
現在は死ぬのが大変な時代だと久坂部医師はいわれました。

2016年6月19日

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