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2016年8月 6日 (土)

ミニコンサート 懐かしい歌

ふるさと

うさぎ追いし かの山 こぶな釣りし かの川

夢はいまもめぐりて 忘れがたき ふるさと

いかにいます 父母 つつがなしや 友がき

雨に風につけても 思いいずる ふるさと


*********

コラボでお昼のミニコンサートがあり、夫と聴きに行きました。
美しい声で岡本さんという音大大学院の方が
これも見事なピアニスト川邉さんの伴奏で歌ってくださいました。
ふるさとの歌を聴いていると、すぐ故郷が浮かんできて、
50年以上も前のこと、いいえもっと前の幼いときの風景がすっと浮かんでくるのです。
歌って不思議な力があるのですね。
そして形はないのに、人の心に同時に入っていって、
他の人の心の中で同じような作用を及ぼしているのです。


なぜか故郷のいろいろな川が浮かんできて・・・

きっと川に沢山思い出があるのです。
そういえば温泉町に住んでいたとき、養父と山に入ったとき、
すぐ前を野兎が走り過ぎていきました。
私の6歳くらいのときです。
茶色のうさぎでした。
私たちにびっくりしたのか、あるいは何か急いでいたのか・・・


故郷を思い出すのは故郷を離れた人間です。
「ふるさとは遠きにありて思うもの」です。
故郷を懐かしむのは故郷を離れたものの特権かもしれません。



そのふるさとを私は二度と帰らぬ決意を持って出たのでした。
もう家には帰らない決意でした。
汽車が大阪に向かうとき、
ホームで手を振って涙をこらえながら見送ってくれた養父。
私は某神学校に入り、その道で生きる決心をしたのです。
車内で養父に手を振る私の気持ちは
「やっと自由になれた」という別れの悲しさどころか喜びさえあったのです。
23歳でした。


その後いろいろあったけれど、
あの出発が故郷との別れであり、人生の一大転機でした。
半年してアメリカ人のW校長(ハーバード卒業の秀才)が
暗い顔をして私に告げられた。
「お父さんがガンです」と。
「3年間は学校をやめられないけれど、大変なことだからすぐ帰るように」と。
そして私は決別したはずの家にまた帰り、
入院中の養父の見舞いを毎日しました。
学校では校長をはじめ、友達みなが私の帰りを待ち続けたが、
私は結局神学校へも帰りませんでした。
その後再び上阪し、夫と婚約したのですが・・・


養父がガンにならなかったら、
私の人生は今とはまったく違っていたでしょう。
不思議な神の導きです。
養父は身をもって私の方向を変えてくれたのかもしれません。
故郷は若い頃は悲しみの思い出で満ちていたけれど、
今は故郷は母の懐のような感じがします。
私がふるさとの歌を聴いて物思いにふけったと同じように
夫も自分の故郷を思い出していたようでした。

**********


*ふるさとは、作曲は岡野貞一、作詞は高野辰之。
二人は他にも「春が来た」「春の小川」「おぼろ月夜」「もみじ」など創っています。
岡野は私と同じ鳥取県生まれで熱心なクリスチャンで、
本郷中央教会の礼拝や聖歌隊の指導を続けました。
また東京音楽学校の教授で、
文部省唱歌の作曲、編集委員として、多くの唱歌を作りました。
「ふるさと」は、賛美歌のメロディからヒントを得ました。

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