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2016年11月16日 (水)

大阿闍梨光永覚道師のお話

大阿闍梨光永覚道師です

いいお話が聞けました。
琵琶湖の湖面がすぐ側にあり、
数分で波打つ湖の水に触れることができる「ピアザ淡海ホテル」も素晴らしい。
お話も最高、琵琶湖も最高・・・
この素敵な日を感謝します。


今日(12月6日)はこの間の尊厳死協会の続きのようですが、
この前は大阪、今日は滋賀でありました。
講師の方は比叡山の大阿闍梨光永覚道師です。
正式のお名前は
延暦寺南善坊住職 北嶺大行マ満大阿闍梨といわれるそうです。
司会は長尾和宏先生です。
すごいコンビですよ。
それで琵琶湖まで夫と出かけました。
琵琶湖も久しぶりですしね。


私は大阿闍梨光永覚道についてこんなイメージをしていました。
千日回峰行というすごい修行をなさったまるで生き仏のような方で、
お顔も神々しく、悟りきったブッダのようではないかと想像してました。
住職や僧侶の話は仏式の葬式以外聞いたことがありませんし、
また葬式はお経が殆どですので。
僧侶の話は殆ど聞いたことがありません。
日本人なのに少し恥ずかしいことですが。


光永覚道師は小柄な方で63歳くらいで、黄色い袈裟を身につけられ、
数珠を手に講壇に立たれました。
開口一番、私のイメージは完全に覆りました。
おおらか、ユニーク、ユーモアというか冗談続き、
そして聴衆と同じ目線でおられる。
教え込もうという気は少しも感じられない。
それも自然にされる。
神父や牧師の話を「説教」としてよく聞く耳には、まったく新鮮な驚きでした。
それでいて、平癒な言葉で、年寄にも理解できる言葉で、
実例をともないながら、笑いながら話される。


説教ではないお話。・・仏教の法話とはこんなのですか。
ここまで来てよかったと思いました。
私の肩は軽くなり、心の中が大きく広がったような感じがします。
湖の上に浮かぶヨットやカヌーを見ながら、
心の中が広く、広くなっていくようでした。


光永覚道師はお元気そうですが、数種類の病気持ちだそうです。
それも楽しそうに話される。
タバコは止められないと
隣に座る長尾先生ちらっと見ながら話される茶目っ気さ。
「千日行をやって何か変わりましたか?」の質問に、
「何も変わらん。かえって悪うなった」とこれまた聞き入る人の爆笑をさそう。
自分のミスや欠点を笑える人って、
それだけで悟っているということではないのかなと思ったことです。
なかなか自分をさらけだすということはできないことです。
大阿闍梨さまはいろいろいいことを言われましたが、
少しおすそ分けします。


講話の題名は「良い人生だったと思える生き方」でした。
最もこの題名も尊厳死協会が考えたということでした。


臨終をいかに迎えるか
人の幸せは臨終の時、自分のことを思ってくれる人があるかどうか
人生の苦労は飲み込む。
苦労を背負わないことである。
苦労が多いほど楽しい人生なのだ。
仏教はいかに生きるか、いかに死ぬかということ
日々新しく生きること
自分しかない仕事をもつこと
日々感謝して生きること


そして今の人の年齢は昔の人と比べれば、ちょうど8掛けだということです。
100歳で80歳、70歳で56歳ということらしいです。
私は58歳ですか?
これでずいぶん若くなりました。
私は今すごく幸せです。日々感謝して生きようと思います。

*光永覚道師の著書「千日回峰行」を読んでいます。仏教のこと、
修行のことがよくわかります。

2016年11月16日記す

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