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2016年12月30日 (金)

一千人の第九

第九合唱です(素敵な映像ですので使わせていただきます)

クリスマスも近い23日、
淀川区で行われた「一千人の第九」に初めて行ってみました。
このような催しに参加するのは初めてです。
この集まりも12回目になるとのことです。
この会場メルパルクは懐かしい場所です。
30年前、猪瀬直樹さんと舛添要一さんの対談を夫と聞きにいきました。
あのときは、猪瀬さんは作家であり、
舛添さんは東京大学を辞められたばかりでした。
あれからお二人はずいぶんと波乱に満ちた人生を送られたのですね。
そんなことを思い出しました。


一千人の大合唱隊が歌うのかと思っていましたら、
参加者も入れて一千人ということらしいです。
でもプロのオペラ歌手、一年かけて歌いこまれた合唱隊の人たち、
可憐な花のような高校生。
みな素晴らしい声量と心からの喜びの声に圧倒されました。
前半はオペラ座の怪人でしたが、やはりプロの歌手、
その歌声は会場中響き渡り、魅了しました。
指揮、総監督をなさったのは今年文化功労賞文部科学大臣賞、
大阪府知事賞も受賞された清原浩斗氏です。
やはり生の声はちがいます。
映像やCDの声とは迫力がちがいます。


第九は第二部後半でした。
歌のある部分では会場の人たちも立ち上がって、
ドイツ語はできないので、ラ、ラ、ラ、で歌いました。
ああ、素敵でした。
一千人が声を合わせて歌うのですから・・・歓喜の歌です。
私には口には出さなくても、
神的なものへの歓喜の捧げものだと思えました。
そうして第九の後、きよしこの夜、
アメイジンググレイスなどクリスマスの歌を全員合唱です。
私にとってフシギな感覚でした。


ここは教会ではないのです。
それなのに「神の御子はこよいしも・・・」と心から喜び歌っている。
これはいったい何ですかと思いたくなります。
教会よりも力強い、それも自発的に歌っているのです。
シュタイナーの言葉を思い出しました。
「教会の建物はあと数百年で消えるでしょう。
人々は建物を必要とはしなくなります。
お互いに人は相手の中に神を見出すようになるでしょう・・・」
シュタイナーの言う通りに数百年後になるのかどうかは知りませんが、
人は互いの中に神の存在を見出す時が来るということでしょうか。


その雰囲気をこの第九、や讃美歌を歌う一千人の中に感じました。
自然に隣の人と笑顔で挨拶できますから。
歌を通して同じ気持ちが心の中に入ったのですね。
未来の人間がこのように、第九の言葉のようになる・・・そう信じます。
そのときには、私はもういないのだけれど。

*********

長くなりますが、第九の歌詞です。(以下)よろこびよ!
美しい神々の火花よ、楽園の娘よ
わたしたちは光に酔いしれて
あなたの神殿にのぼっていく。
時の流れが断ち切った」ものを


あなたの魔法(不思議な力)は
再び結び合わせる。
あなたのやさしい翼の下で
すべての人は兄弟となる


万人よ、抱き合え
この口づけを全世界に届けよう。
兄弟よ、星空の彼方に
父なる神はきっといらっしゃる


生きとし生けるものはみな
自然の乳房から喜びを飲む
善なるものも悪なるものも
その薔薇の小道を辿る


自然はわたしたちに口づけと
葡萄と試練を共にした
仲間をさずけてくれた。
小さな虫には快楽が与えられた
そして天使は神に御前に立つ


万人よ。ひざまずいているか。
世界よ、創造主を信じるか。
万人よ、ひざまずいているか。
世界よ、創造主を感じるか。
星空の彼方に、あの方を求めよ。
星の彼方にきっとあの方はいらっしゃる。
喜びは永遠の自然の力強い羽根だ。


喜びは世界という大きな時計の歯車を回す。
喜びはつぼみから花々を
大空から数多くの太陽を誘い出し
宇宙空間に
天文学者の望遠鏡にも見えない
天体を巡らせる
そんな数多くの太陽が
雄大な天の原を晴れやかに
飛び行くように


行け、兄弟よ!
自分自身の行くべき道を
勝利に向かう英雄のように
喜びに満ちて

*この歌詞にはいろいろな訳がありますが
この訳は一番心に訴えるような気がします。


2016年12月30日

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