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2017年5月18日 (木)

母の日に思うこと

母の日の赤いカーネーションがついこの間まで、店頭に売られ、
いたる所にお母さんの笑顔が輝いた、ポスターや絵が貼ってありました。
昔に比べるとお母さんという概念も変わってきたのか、
むしろ親子間での問題がしょっちゅう出てきて、
人生相談でも大きな深刻な悩みとして取り上げられています。
これは一人一人の意識が人間として目覚めはじめ、
親子も母と娘もあるいは夫婦も
個という意識体として生き始めたのではないでしょうか。
私は否定的には考えません。
他者に依存しないで、他者を思いやる。
これが大切なことだと思っています。
個に目覚めて、他者を思いやる。
こうできたらいいと私は思います。


私の実母は2歳と5歳の幼い子供を残して彼岸に旅立ちました。
突然襲った盲腸が体内で破裂したのです。
その年は終戦の年であり、日本は大混乱に落ち、
日本の食量の一端をまかされていた父は大きな責任を負っていました。
国の農場で働いていた人たちの多くは兵隊に行き、
農場にいた男手は数人だけ。
その人たちが戸板に母を乗せて
1時間か2時間かかる病院まで必死に運んでくださったのです。


急性盲腸炎でした。
母のお腹の中は破裂状態だったのでしょう。
母のお腹には子供がいました。
その子は病院に運ばれる途中体外に出て死んでしまいました。
私の妹となるべき子供でした。
それから母は2か月足らずでこの世を去っていくのですが
母は自分の体の痛みと苦しみよりも
後に残す2人の幼い子供のことだけを考えていました。


母は知っていました。
自分亡き後、夫(私の実父)は子供を育てられないということを。
終戦のどさくさの中で公の後始末で忙殺されている父には
母と私たち子供のことを顧みる余裕はありませんでした。
実父の遺した手記には妻と子どもたちが何を食べていたかもしらない。
どうしていたかも知らないと書かれています。
母はそのような状況の中、
「私が死んだら子供たちを頼みます」とは言いませんでした。


そのときの母は死が迫り、身動きできないからだの中で
気持ちというか意識だけが必死に子供の保護者を求めて
それこそ宇宙空間を飛んだのでしょう。
行方も知れない義理の兄のもとへ飛びました。
母の義兄はシベリアに抑留されていました。
抑留地シベリアである夜、母が枕元に立ったそうです。
これは大変なことが起こっていると変事を察した義兄は
どんなことがあっても日本に帰ると心に決めたそうです。


5年の後、義兄は日本に帰りました。
もちろん母は亡くなっていました。
母は死んでいくことをシベリアの義兄に伝えたのでしょう。


「久子はね。お前たち(私と姉)を本当に可愛いがったんだよ。
まるで宝物のようにしてね。決して久子のことを忘れてはならないよ」・・
遠く(北海道)から私たち姉妹に会いに来てくれる祖母が必ず言う言葉でした。
私には養父母がいるのに、
だからこそ祖母は私の実母を忘れるなと必死になって教えたのでした。


祖母にいわれるまでもなく、忘れることはありませんでした。
姉は叔父の所へ養女に行き、私たち姉妹は離れ離れでも、
お互い母を忘れるどころか心の中で母と共に生きて来たようなものです。
母は彼岸に着いても、ものすごい念波を私たちに送ったのかもしれません。
「お前たちを守る」と言い残した母・・
強い母の子を思う意志は時空を超えて
私たち姉妹の内部に入り、共に生きたのかもしれません。


母が私の中から離れたなと感じたのは11年前、
実父が亡くなってしばらくしてからでした。
今も母のことは懐かしく思うのですが、何か軽い気持ちになったのです。


ある日の夢の中で、私の実父母が一緒に去っていきました。
母は彼岸で父が来るのを待っていたのでしょうか。
私たち姉妹はもう大丈夫と安心したのでしょうか。
今でも思い出す不思議な夢です。


実父が亡くなって数日後、私は夢を見ました。
(私は夢を見ているとき、その鮮明さに夢だとは思えません)
私を棄てたと思って心の中で反逆していた私に、
父が書いたノートと小さな幼女のはく靴下が出てきました。
その靴下は幼い私の靴下。
ノートに書かれた文字は私への思い。・・・・・
私の心は父の愛でいっぱいになりました。
「俺はあの子のことをいつも思っている」と
人様に言っていたそうですが、その通りでした。
死後私への思いを伝えたのでしょう。
泣かない私は泣きました。


共に暮らすことはなかった実父母、
でもその愛は時空を超えていました。
私があの世に帰ったとき、実の父母と会えるでしょうか。
会いたいと思いますが、
父母は私たちのことはもう安心して、
あの世の生活にすっかり慣れているかもしれません。


2017年5月18日

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