« 私の誕生日 | トップページ | 故篠沢秀夫教授の心意気 »

2017年11月 4日 (土)

故渡部昇一先生・・・死ぬことは何の心配もない

書店の新刊コーナーには、
一週間もしたら次々と新しい本が並べられています。
今日も立ち寄ってみたら、新刊コーナーに他のより冊数が多く、
高くなっている本が目につきました。
「魂は、あるか?」という題名で、
この間亡くなられた渡部昇一先生の本でした。
先生はテレビで政治問題や、現実路線のお話が多くて、
私はその方面はあまり関心がないので、一冊か2冊しか読んでいませんが、
今日見た本の帯に書かれた息子さんの言葉でしょうか
・・下記の言葉に引き付けられて、やはり買って帰りました。


それは父(渡部先生)の最期の教え、
「死ぬことは、何の心配もないぞ」でした。
先生はあまり信仰の話は公には言われませんし、
宗教の話はなさいませんでしたが、カトリック教徒でした。
ご家族も全員そのようです。


先生の本を殆ど一日で読み終わりました。
この本には先生の遺言ともいうべき、大事なことが書かれていると思います。
死を前にして、一番大事なことを述べられたのだと思います。


自分と神の問題・・そしてなぜカトリックに入ったのかも。
私はこの本を読んで、同じカトリックだからというわけではありませんが、
すごく安心しました。
私も先生の行かれた所にきっと行くんですね。
すごくほっとしました。


本文8ページに(息子さんの言葉)
・・・死の床にあって父は
「自分ほど幸せな者はいない」と言い切りました。
そして出会う人全てに感謝の気持ちを表し、
死の直前まで取り乱すことはありませんでした。
それはある確信を持った者にしかあり得ない、見事な最期であったと思います。


・・ただすばらしいという言葉しかありません。
このように言える先生の人生は真に誠実であり、
正しい生き方をなさったからでしょう。
良心に恥じることなき、正しい生き方だったのだと思います。
先生はパスカルを尊敬し、深く学ばれました。
そのパスカルが信じた神を先生も信じられたのですが。


パスカルはこのように述べたそうです。
死後の世界や神や霊魂を理性的に証明できるかどうかでなく、
あると信じるかないと信じるかという問題です。
そんなものは存在しないと信じていて、死んでからもなければもともとである。
またあると信じてなかったらこれももともとである。
もともとそれらはなかったのだから。
けれども本当にあったらこれは問題です。
好き勝手な人生を送って、もし神や霊魂が存在したら?
これは取り返しのつかないことになってしまう。
あなたがどちらに賭けるかということです。


神がある方にかけても、何も損することはない。
死んで何もなくてももともとだから。
でももしあったら?
これは恐ろしいことです。
ですから、パスカルは危険率による確率論から、
信じる方にかけることの方が明解なのだと述べたそうです。


それで渡部先生もパスカルと同じように、
神、霊魂、死後の生を信ずる方に賭けられたのだそうです。
そして渡部先生は言われます。
そう信じたことで一度も損をしたことはありません。
信じない人たちよりずっと幸福を味わうことができたといわれます。
だからこそ、確信をもってあの世に帰られたのでしょう。
霊魂、死後の生、神を否定する人もいるけれど、
それはないのだと証明することもできないのです。


いずれにしても、人は平安のうちに、
渡部先生のように
「死ぬことは、何の心配もないぞ」と確信をもって死ねたらいいのです。


2017年11月4日

 

 

« 私の誕生日 | トップページ | 故篠沢秀夫教授の心意気 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1880059/72134112

この記事へのトラックバック一覧です: 故渡部昇一先生・・・死ぬことは何の心配もない:

« 私の誕生日 | トップページ | 故篠沢秀夫教授の心意気 »