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2017年12月 5日 (火)

私の小さな歩みのゴール

最近の私は毎週カトリック教会に通っています。
誰に強いられるのではなく、
そこに行って祭儀に与る喜びを素直に感謝し、
喜びを感じています。
300人から400人ほどの方々と言葉を交わさなくても、
名前を知らなくても、
「あなたの胸の内と私の胸の内は同じですね」と思いながら・・・


ここまで来るのに、気が遠くなるほどの年月がかかりました。
何だはじめに帰っただけではないかといわれるかもしれません。
それはちがいます。
全く新しい神認識であり、
キリスト教の新しい理解を持っての再出発なのです。
聖書の言葉、ミサで語られる祭儀の言葉、祈り、
すべてが違った衣を着たように、
新しい現象を私に見せてくれます。
今までと意味が受け取る内容が異なってきたのです。
以前と一番ちがうのは、他宗教への尊敬と受容かもしれません。


神は唯一であるということは、
同じ信仰にあるものということではなく、
全人類にとって、全被造物にとって唯一だということです。
神は多種多様であり、その広さ、高さ、深さは
ちっぽけな人間にははかり知ることができないということです。
人間は100人いたら100人の性格、能力があります。
1000人いたら、1000人です。
何十億人では何十億人が皆、性格と能力が異なるのです。
でもその違いが神の多種多様な表れであるということに気がつきました。


他の宗教の方には他の書物や場所があるように、
私にはキリストへの道が与えられた道なのです。
今読んで教えられ、覚醒させられているのは、
エックハルトとヤコブベーメです。
タウラーやサン・マルタンも読んでみたいと思います。


そして私にとって懐かしい方、
トルストイの「文読む月日」北御門二郎訳も毎日読む愛読書です。
こちらは世界の偉人、哲学、神学、
宗教、芸術の煌めく言葉をトルストイが一生かけて集めたものです。
すばらしいです。


「私は何者でどこに行くのか」と問い続けた私の歩みは
新しい衣を来たキリストの理解の元に着きました。
ここに答えがありました。
そしてその答えを感謝して受け取ることのできる私となったようです。


2017年12月5日

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