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2018年1月18日 (木)

№246. 西郷隆盛と聖書

この前「健康とは」について書きましたが、その後風邪気味で、

どうしたら快癒するかあれこれ試しながら、自分の身体を見つめています。

多分私の不注意からです。

電気ストーブだけで暖をとっているので、やはり寒く、

家の中でもダウンジャケットを着ています。

コタツもありません。

コタツに入ると出るのが嫌になので。

あまりにも寒いときは、ダウンジャケットを寝袋として利用します。

すごく快適です。

電気毛布は使用してません。

本当かどうかはわかりませんが、電気毛布と認知症が関係あるとかないとかいうので、

まあ使用しない方がいいと思って。




14日は風邪気味の状態で教会へ行きました。

今日は特に寒い日。

私の他にマスクやゴホン、ゴホンという咳の音も聞こえて。

「1時間のミサの間、保てますように」と祈りつつ、

今日は後ろの方に腰掛け、目立たないようにしてました。

1時間無事に終わりました。




感謝しながら、書店に降りていき、久しぶりに本を眺めているうちに、

西郷隆盛に関する本がありました。

教会と西郷?・・

不思議な気持ちで手にとってみました。

本の題名は「西郷隆盛と聖書」守部喜雅著:いのちのことば社発行です。

もうずっと前に、

西郷隆盛は横浜の方で洗礼を受けたという話は知っていました

何かで読んだか聞いたかしたことがあります。

そもそも「敬天愛人」ということばは、わたしのような鈍なものでも、

すぐに、キリスト教の「神を愛し、人を愛すべし」という聖句が浮かんできます。

説明とか、確証なしでも。




今日は風邪気味の中頑張って?

教会に来たお恵みだと思って本を買って帰りました。

幕末の頃、サムライたちは聖書を読み、

ある人は洗礼を受けたことが詳しく書かれています。

明治の初め、隠れキリシタンへの残酷な迫害を最後に、

キリスト教が解禁となり、

欧米のプロテスタント宣教師が先端の文化と思想、技術を伝えたようです。

カトリックとちがい、聖書そのものを

国政のリーダーから下々のものまで読んだようです。




新島襄、新渡戸稲造、内村鑑三、山本覚馬、大隈重信、木戸孝允、勝海舟等々、

嫌でもキリスト教と関わりを持たざるを得なかったのです。

はじめは欧米を理解するためであった人も、

いつか心惹かれ、牧師になるサムライも出てきました。

勝海舟もそうであり、西郷隆盛もそうでした。

西郷隆盛は晩年、聖書を教えていたということです。

そして西郷隆盛のように、身をもってその精神を実践した人も現れました。

また勝海舟のように、晩年心からキリスト教に入っていった人もいます




とても参考になりました。

懸命に学び、生きた先達たち。

今も生きています。

興味を持たれた方は是非お読みなってください。

 

2018年1月18日

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