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2018年2月 1日 (木)

生きること、死ぬこと、その後

「わたしは何ものなのか」

「わたしはどこから来たのか」

「わたしはどこに行くのか」

 

この問いは13、4歳の頃から起こり始め、
解決することなく長い放浪(精神的)の末、
まさに人生の終わりが近づく頃なって、
ようやく神の御憐みによりかなえられたのでした。


 その問題は偉い哲学者もなかなか解決できないのでは?
といわれるかもしれません。
個々の哲学者はそう人もいるかもしれません。
けれど哲学者にも二種類ありまして、
神を信じているか、死後の生命を信じているか、
そもそも見えない世界を自覚し得る哲学者かどうかです。
そもそもこの世の可視的世界しか信じれない哲学者と
神を信じる哲学者とはまったく異なります。
日本にはこの世の感覚しか信じれないで
見えない世界を論議する学者の方が多いように思います。
見えない人がどんなに言葉を費やしても、
所詮見えない目で見えない世界を見ようとするのは不可能なのです。


ドイツ哲学の祖といわれる人はいろいろありますが、
その中で群を抜いて、そそりたつ巌の如き存在を示しているのは、
神秘主義者エックハルトとヤコブベーメです。
エックハルトは神という存在以前の無の世界まで到達した人、
ベーメは与えられた神秘体験による啓示によって、
天地創造、悪と善の始まり、
人間の創造、地球の創造と未来、自然、天国と地獄、
キリストの意味(ベーメはキリスト教は科学であるといっている)、
他宗教、等々・・・あらゆる疑問に対して明確に答えてくれています。


ただし、ベーメの著作を理解できるのは、
真理に飢え渇き、謙虚にへりくだり、自分を無にできる人だそうです。
そういう人に光は射し込むといいます。
ベーメの著作は英語では多数の本が出版されていますが、
日本語では少数です。
キリストの道(福島正彦訳)、ヤコブベーメ開けゆく次元(南原実著)、
アウローラ(園田坦訳)、キリスト教神秘主義著作集13(南原実訳)等々


ただし、英語のできる人にはオンラインとつながることができ、
多くの著作を読むことが可能です。
・・・・・・http://jacobboehmeonline.com/home

 私は日本語を殆ど揃え、それから英語ができないのに、
無謀にも英語版をパソコンに取り入れ、
グーグルの翻訳とこりゃ英和(夫が入れてくれた)の翻訳機を併用し、
それでもわからない単語を電子書籍で引いて、
毎日少しづつ読んで私なりにまとめて書いています。
まるで、私は富士山に登ろうとしている小さな蟻のようです。


でも蟻はあきらめません。
蟻の性質はこつこつと死ぬまで、働き続けることです。
蟻は自分の獲得したものをどこに運ぶか知っているからです。
蟻はわたしです。
今まではあちこちと蝶々のようにひらひらしていたけれど、
今度はよいしょよいしょと蟻の歩き方を学びます。
わたしは確かに目指したゴールに到達しましたが、
その門を開いただけで、探索は終わったわけではありません。
門の中の広い神秘の世界を教えられたのです。



2018年2月1日

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