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2018年3月 2日 (金)

私と洗礼

この前も書きましたが、3月31日の復活徹夜祭において、
新しいカトリック教徒の方々が仲間にお入りになります。
関係のない方には、何のこともないのですが、
自分の信ずる道へ進んでいく決意は、
おそらく生涯で最も大きな出来事なのです。
赤ん坊が母の胎から(オギャー)と言って生まれる誕生も
大きな出来事であり、出発でありますが、
洗礼も霊的な世界においては、誕生と同じことなのです。


私は引っ越しは10回ほどしましたが、
その混乱と混雑の中においても、
忘れないで、失くさないで大切に持っていたものがあります。
洗礼証明書です。
私が10代の頃から通い、
そこの教会で授けられた受洗の証明書です。
1965年4月18日(復活祭)21歳でした。
授けて下さったのは、尊敬する米国人P宣教師でした。
53年も前のことです。


私は教会に行くこと、キリスト教を信じることに
家族、周囲から反対されていました。
養父母、実の父、誰一人いい顔をしない家族や身内の間で、
小さくなりながら、それでも教会に通いました。
ときどきは一人戦う緊張に疲れ果てながら。
それでもある時勇気をもって「洗礼を受けたい」といったら、
叔母が北海道の旭川からすっ飛んできました。(鳥取県まで)
北海道は修道院の多いところで、
てっきり私がシスターになると思ったのでしょう。
そうではないと知って帰っていきましたが。(でも激しく反対)
もし私が若い日に行った教会がカトリックであったら、
本当にシスターになっていたかもしれません。
(私には教会の種類や区別はわからなかった)


教会(プロテスタント)の教会に通い出して8年目、
わたしは親に黙って洗礼を受けました。
浸礼しか認めない派であり、
教会員の皆様が見ている前で
洗礼用の風呂より大きい水槽のようなものの中に入り、
私は白いガウンを着て、
P宣教師にすべてをゆだねて、全身水に浸されました。
あのときの感激と喜びを今も思い出します。
洗礼証明書はもう古くなり、黄いばんでいます。
でも私の宝物です。
優しく、暖かかった宣教師の思い出とともに。


そして2015年4月4日、私はカトリックの洗礼(滴礼)も受けました。
プロテスタントはルター派や聖公会は知りませんが、
洗礼名はありません。
カトリックで私はソフィア・エリザベトという名をいただきました。


実はカトリックの神父さまたちの多くは
洗礼はどこで受けてもそれが正しいものだという考えが多いのです。
だから、プロテスタントからカトリックに代わるときは
堅信礼というものを受ければいいとされますが、
私がカトリック入門講座を受講した教会の神父さまは、
カトリック以外の洗礼は認めない主義の方でした。
わたしは別に抵抗もなく受け入れました。
カトリックに入るにはその方法しかないと思いましたし、
カトリックの洗礼を経験したいという気持ちもありました。


ということで、何の恵みか浸礼と滴礼を受けたわけです。
今でも浸礼か滴礼かと論争しあっている方々がおられるのに、
わたしは2つの洗礼を受けたのです。
論争など私の中ではあり得ません。
神さまは、心の狭い私だからこそ、小さな問題にこだわり、
躓かないために、両方の体験をおさせになったのでしょう。


浸礼は全身の感覚の体験、
カトリックの荘厳なミサの中で受ける滴礼はまた格別です。
魂の内部が震えるような。
私の小さな(大きいかな)経験が何かお役に立つでしょうか。
どちらも神聖で大きな神さまの恩寵です。
額の中にプロテスタントとカトリックの受洗証明書が仲良く入っています。
P宣教師とM神父さまの名前が書きこまれています。


2018年3月2日

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