« 人生最良の日々 | トップページ | 本、言葉の紹介 「カトリックの終末論」 »

2018年5月31日 (木)

本、言葉の紹介 ビンゲンのヒルデガルト

 私の小さな人生の終着点は、実に大きな喜びの世界でした。
15歳の頃より、「真実、真理、私とは?」と考え続けて今に至ったのですが、
それは永遠に理解不可能なことではなく、
私にとっては明快な理解を伴う説明を通して、答えられました。
 この最終の位置、場所を神の恩寵として、謙虚に受け取るだけです。
 これから先、私が提示しようとする本や言葉に興味をおもちの方は、
どうぞ引き続いてお読みください。


これからは、極力私的な行動、考えは特別なとき以外は書かないつもりです。
私的なことは、あまり意味がありません。
そうして、間違いをしやすいものです。
 ことばそのものに、触れることが命に通じることだと信じます。


 今日は、現代に響く声「ビンゲンのヒルデガルト」の紹介です。
 聖母文庫出版、レジーヌ・ペルヌー著、門脇輝夫訳(P335)


*********


「第2章 身辺の人々に幻視体験を打ち明ける」より


 私(ヒルデガルト)はこの世に生を享けて43歳のとき、
非常な怖れを持ちながらも天からのヴィジョンに引き付けられました。
おののきながらも目を離さずに非常に強い耀きを見たのです。
その中で、一つの声が天から聞こえ、こう言うのでした。
「ああ、脆い人間、まったくの灰、腐りきった者よ、
見聞きすることを語り、書き記しなさい。
しかし、語るにしては臆病、説明するにしては不慣れ、
書くにしては教育がない。


だから、人間の口、浅はかな人知、人為的に書く望みによらず、
神に由来する天上的な驚嘆すべき事柄について
見聞きすることに基づいて語り、書きなさい。
教えてくれる人の言葉を聞く者のように、
言われるままのことを繰り返し、望まれ、示され、
命じられたように述べなさい。


だから、人よ、見聞きすることを語りなさい。
自分のやり方でも他の人のやり方でもなく、
ご自分の隠れた神秘の中で一切を知り、
見て処理される方の意志に従うのだ。」


私は再度、天の声がこう語るのを聞きました。
「これらの驚嘆すべき事柄を教えられ言われたとおりに語り、書き記しなさい。」
これが起こったのは、1141年、
神の御子イエス・キリストの受肉から1141年目、
私が42歳と7か月の時でした。
開かれた天からの極度に輝く火の光が、
私の脳、体、胸の隅々まで射し込みました。
その炎は焼き尽くすようなものではなく、
太陽の光線を受けたものが温まるようなものでした。

・・・・・・・ 

私がヴィジョンを受けたのは、眠りの中でも、まどろみのうちでも
、法悦の中でもなく、また、体の目や外的な耳にもよりません。
隠れた場所で認めたのではなく、目覚めていながら、
人間の眼と耳で内的に見るのです。
そしてただ霊の内に神の意志に従って露わな場所でヴィジョンを受けたのです。 

・・・・・・・

ヒルデガルトの幻視13より


ヒルデガルトは、私は見た。私は聞いたと言います。
天界を見た、天界の音楽、言葉を聞いたということです。
その楽の音を聞いた(P270より)という箇所から歌は段階を踏んで、
天に上げられた人々をたたえ、
快いシンフォニーを形作る多数の声となって、こう語るのでした。


「13の1 マリアのシンフォニー」


ああ、いとも輝かしい宝石、
注がれた太陽の晴々とした誇り
太陽は御父の心から湧き出る泉
独り子なるみことば
御父はみことばによって世界の初の物を造られ
エバがこれをかき乱した。


みことばはあなたの内で人となり
あなたを輝く宝石とし
初の物からすべての被造物を造られたように
手ずからあらゆる徳を引き出された。


あなたはエッサイの幹の生い茂る心地よい枝
神がご自身の美しい娘の中に認めた徳は
なんと偉大なことか。


鷲が太陽をじっと見ているように
いと高き御父はおとめの輝きをつくづく眺められ
みことばが人となられるのを望まれた。


おとめの霊は神の奥深い神秘に動かされ
輝かしい花がその内に見事に咲き出でた。

 

*この本はアマゾンでも入手できます。

« 人生最良の日々 | トップページ | 本、言葉の紹介 「カトリックの終末論」 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1880059/73594108

この記事へのトラックバック一覧です: 本、言葉の紹介 ビンゲンのヒルデガルト:

« 人生最良の日々 | トップページ | 本、言葉の紹介 「カトリックの終末論」 »