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2018年7月15日 (日)

本、言葉の紹介 平和

ミサの中で、信者の間で必ずこの挨拶が行われます。
「主の平和」です。
カトリックに入りたての頃、これにはとまどいました。
皆さま、手を合わせて、両隣、前後の方々、
また周囲の方々に「主の平和」といって、会釈するのです。


この習慣にもきっと深い伝統的な意味があるのでしょう。
「キリストの平和があなたがたの中にありますように」という意味だと思って、
今は先ず私の内部にそして皆様の心の中に、
キリストの平和がありますようにと周囲の人に挨拶します。
皆さま、優しい微笑みを返してくださいます。
素晴らしい伝統だと思います。


夏は、特に日本の平和について考えさせられることが多いです。
沢田教授の著書の中の「平和」は、私の思いをすっきりさせてくれました。
縦の意味と横の意味、まるで十字架のようですが、
理性と信仰をもって理解することが大切であると自分に言い聞かせています。


澤田昭夫著「見えないものを大切に」より、

「平和」

 使徒パウロが小アジアのガラテアに宛てた手紙に、
「平和は霊の実り」だとあります。
霊によって生きる人には、神から愛と平和が与えられるというのです。
キリスト自身、最後の晩餐の席で、「私があなたたちの平和を与える。
ただし、それはこの世が与えるような平和ではない」と申されました。


愛も平和も神の賜物、霊の実りだというのです。
しかし、「平和を生み出す人は幸いだ」ともあります。
つまり、平和は神の賜物であると同時に人間の業でもあります。
 ところで、人間はどうして平和を生み出せるでしょうか。


 第一次世界大戦に一時流行ったのは、
権力政治や国家利益を忘れれば平和が到来するという考えでした。
権力や武力はそれ自体が悪だから、軍縮を進めよう。
国家利益を越えた人類社会組織を作り、
国際紛争はそこでの話し合いで解決しよう。
そうすれば、平和な新社会秩序が生まれるという考えでした。


しかし、その考えは失敗し、第二次世界大戦が起こりました。
強制力、武力がないと、
どんな世界秩序も維持できないことが立証されました。
権力、武力はそれ自体が目的にされると、
社会の破滅を招きます。
しかし、強制力無しの社会は混乱、混沌を招きます。


 英国の歴史家、軍事史家のマイケル・ハワードは、
国際問題の解決には水平と垂直の二つの次元が必要だと言います。
水平の次元とは権力、武力に関わる世俗政治の次元で、
これなしにはどんなに立派な人道的、倫理的政策も、
無責任な作文に終わる。
垂直の次元とは人権、人類愛、信義、法の支配など、
倫理的価値の次元で、
これがないと権力、武力が自己目的になる危険がある、というのです。


この倫理的次元をさらに宗教的に深めるのは、
他人のために命を捧げるほど大きな愛はないというキリストの教えや、
初めに申した、平和は霊の実り、という考えだと言えましょう。


「見えないものを大切に」澤田昭夫著より


2018年7月15日

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