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2018年8月11日 (土)

本、言葉の紹介 闇をてらす足おと

「闇をてらす足おと」・・・
この表題は暗い道かあるいは闇のような場所に
コツコツと足音が聞こえ、その足音の主から光が照らされている・・
というようなイメージがわいてきます。


暗い闇、これは心の闇でもあり、現実の暗闇であるかもしれません。
その暗闇を照らす足音は、
暗い病室の長い廊下を不自由な足で見舞われる岩下神父の足音であり、
その足音は患者さんの心を照らす光だったのでしょう。


この本をお書きになったのは、芥川賞作家 重兼芳子氏です。
1986年に発行された本です。
「闇をてらす足おと」岩下壮一と神山復生病院物語・・・春秋社


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私は岩下壮一師の生き方(信仰、生活等)に深く惹かれました。
日本人で一人の人にこんなに引き付けられ、
探求しようと思ったことはありません。
愛と知性(理性)を同時に全うされた稀有なる方のように思えます。
人間はどちらかに偏って、
中庸ということから外れることが多くみられるからです。
そして、この「闇をてらす足おと」に会い、一気に読み終わりました。


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「重兼さんが岩下神父のことを知ったのは、
昭和万葉集に4首ほど掲載された
ハンセン病患者の歌人がいるということを聞き、
神山復生病院へ取材に行かれたそうです。
その方はすでに病気は治癒していたが、眼は見えず、
四肢は麻痺し、唇も麻痺していて、残る舌と歯を巧みに操作し、
音楽を聴いたり、小説の朗読を聞いて、静かな日々を送っておられた。
たまたま、その方の愛読書が重兼さんの「ワルツ」であった。
小説を通してその方は重兼さんに信頼をおき、
せきをきったように45年前に亡くなった岩下神父のことを語りだした。


重兼さんはひたすら神父の面影を追うその方を凝視し、
一人の人間の中に45年間も生き続け、
苛酷な肉体的条件と闘う支えになっている
岩下神父とはいかなる人かと調べはじめた。
神父は100年に一度でるか出ないかの碩学であり、
並みはずれた頭脳に学問と知識が堆積されていた。


驚いた重兼さん、
「見ず知らずの私があなたを追いかけてもよいのでしょうか。
ハンセン病のこともカトリックのことも、
なにも知らない私があなたのことを書いても許してくださいますか」・・・
私は書くことをやめようとしたが、結局自然に書かされてしまったそうです。
差別と迫害の歴史を背負った生き証人が
私にペンを握らせたというべきだと書かれています。


その方(元患者)は
「これで、わたしの長い話は終わります。
何日も何日も拙い話を聞くために、よく通ってきてくれました。・・・
えっ、わたしの今の心境をお聞きになるのですか。
イエズスさまがどのようなお方なのか、いまだ分かりませんが、
岩下神父が亡くなった直後の顔が鮮やかに思い出されます。
頬がこけて、ひげが伸びて、
深い考えの中に沈んでいるような顔でした。
あの顔がわたしの肩のところに飛びこんできて、
45年間も離れないのです。


今ではあの顔がイエズスさまなのか岩下神父なのか、
重なり合ってしまいました。
それどころか、無惨で醜いはずのわたしの顔までが合体して、
透明でかたちがなく、生命体のような気さえしてくるのです。
「闇をてらす足おと」243ページより

2018年8月11日

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