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2019年11月 5日 (火)

№271. ローマ法王を迎えるための祈り

 

     ヨハネ・パウロ2世が日本に来られてから、

Img0923-1_20191105130701 実に40数年目にカトリック信者の少ない日本においでになることになりました。

今日(2日)、

教皇フランシスコをお迎えするための、大阪教区全体の祈りの集まりがありました。

これは、私の教会で行われることであり、私にとって初めての経験となりました。

それから、一般にローマ法王と呼ばれますが、

教会では教皇と呼ばれ、通常は「パパ様」と言いいます。

ですから、私も教皇もしくは、パパ様ということにします。

 

今日担当された補佐司教が言われたように、

ローマ教皇が日本に来られるというのは、一生に一度あるかどうかということだと思います。

前のヨハネ・パウロ二世の時のことは、私もよく覚えています。

そのとき、私はカトリックではなかったけれど、とても嬉しくて、

早速法王の著書やそれに関係するものを取り寄せて、感激したものです。

 

あのときよりも、日本のカトリック信者はだんだん少なくなって、

今では全国で44万人ほどであり、そのうちで教会に行っているのは、2割ほど。

そして、教会も日本人口と同じ縮図で、老人が圧倒的に多くなりました。私もその一人ですが。

 

今日の集会は、教皇フランシスコ大勅書の言葉を、念禱という形で、

祈りをもって自分に語られる言葉として、熟慮すること50分、

それからロザリオの祈りを40分、休憩を交えながらの集まりでした。

これも私にとって初めてのことですが、念禱とは、

 

例えば、教皇の大勅書のお言葉である

「ゆるせないと思うことが幾度もあることでしょう。けれどもゆるしとは、

心の平安を得るために、わたしたちの弱い手に与えられた道具なのです。」という言葉を熟慮し、

自分に示されたことばとして祈るのです。

このような項目が他に31ありました。

それで、50分です。シスターも、何十人も見えていましたが、

皆さん、慣れた方々、すぐにその姿勢に入られ、静かに黙想し、祈っておられました。

 

私は大勢でロザリオを唱えるのは初めてなので、

どうするのかとちょっと心配と期待半々で参加しました。

ロザリオに憧れていて、ロザリオはいくつか持っていたのですが、

なかなか祈ることに踏みきれなくて、

ロザリオの珠の美しさを眺めるだけでしたが、今年の1月から始めました。

一環全部は自信がないので、少しづつ唱えます。

それも文語体がやりやすいので、それを覚えて、唱え始めました。

その日から、1日も休まず、何とか続けています。

ロザリオはマリアさまを称え、マリアさまに祈るので、これをすると、優しい気持ちになれます。

 

このロザリオの祈りは、カトリックの宝だと思います。

イエス・キリストの母であるマリアに祈るとき、優しい母に祈るような気持ちになります。

 

午後2時から4時半までの祈りの会は終わりました。

パパ様をお迎えする祈りの会は終わりました。

今月25日~26日にかけておいでになるパパ様の無事を祈るだけです。

私たち、夫婦も東京でのミサに参加する予定です。

 

ロザリオの祈りに興味のある方は、ネットで検索されと、美しい祈りが出てきます。

ここにお知らせするのは、祈りの園のペテロ神父のロザリオの祈りです。

https://www.youtube.com/watch?v=OjMdpvqMMYc

 

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