« No.280 私の元旦ミサ | トップページ | No.282 私のブログは文字だらけ »

2020年1月 7日 (火)

No.281 老人の祝福

028_02 私の行っているカトリック教会では、

様々な集会がありますが、

その一つに「今日を楽しむ会」として、

60歳以上の方々が集まって、

ロザリオの祈りをしたり、

神父から「終活」のお話しを聞いたりしています。

 

「終活」というと、自分の死のための締めくくりの準備という考えが一般的ですが、

教会の「終活」は、もっぱら、魂、すなわち死後の魂のあり方の学びになります。

今生でよく働き、かなり疲れた体という衣服を脱いで、死の彼方に旅立つとき、

一番大事なのは、自分の行く先であろうと思いますが、

これにはカトリックといえども基本的には天国を目指しているのですが、

そのあり方、行程は現今の神学ではいろいろな見解があるようです。

 

それを集まった者たち(圧倒的に女性)は、

それぞれの意見を述べ、神父は皆の意見を聞きながら断定的には答えず、

それぞれの思考状態に任せています。

もちろん、神父としての神学上(?)の教えは言いますが。

 

今日も楽しみながら、この深遠な問題にたいして、

60代、70代、80代の年輩たちは、頭を駆使して、

考えをまとめて皆の前で述べました。

これは知力の訓練になりますよ。

私は必ずしも、神父と同じではありません。

集まった15、6人の人たちと同じでもありません。

私は私の尊敬すべき聖人の指針に教えられ、

よく考えながら自分なりの思想を組み立てていきますから。

それが許されるのは、カトリックのすばらしさだと思います。

上から一方的に押さえつけることはありません。

 

勉強が終わると、持参した昼食を楽しみながら、話に興じます。

またこれも楽しい時間です。

興が募ると神父も歌い出す。ギターを奏でながら。

神父は41歳の頭髪以外はハンサムな、音楽好きな明るいスペイン人。

どこまで理解できるか分からない日本語で、

自分の祖母に近い人たちとのやりとり。

でも、結構喜んで、年取った私たちを若返らせてくれました。

故郷アンダルシアへの想いを込めて、

ギターを弾き、歌い、ダンスまではありませんでしたが。

でも、スペインの家では、ママは踊ったとか。

 

いろいろな経歴の人たちの考えを聞きながら、とても参考になります。

若いときから働いてきた人が多いです。

私よりもはるかにしっかりしていて、教えられます。

ただし、出席者で夫婦でというのは、私たちだけです。

これは、自慢(?)ですかね?

 

年取って時間も与えられ、このように単なる趣味の会ではなく、

人生の深遠なることを話し合えることは、

まさに神の祝福であると心から感謝したことです。

 

若き神父に祝福を! 

そして天国への同行者である、老人仲間に祝福を!

 

2020年1月7日

 

 

« No.280 私の元旦ミサ | トップページ | No.282 私のブログは文字だらけ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。