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2020年1月21日 (火)

No.283 アウグスティヌス

Img1153_20200121140801 今日は、

 カトリックのペテロ文庫から発行されている、

 「教父」の中に書かれている

     アウグスティヌスについて、少し紹介します。

 

「教父」は、36人の教父の生涯と思想を考察したものですが、

一番上に燦然と輝くのは、大聖人アウグスティヌスです。

この「教父」は、名誉教皇ベネディクト世が教皇のとき、

2007年3月から2008年6月まで

水曜謁見の中で行った「教父」に関する連続講話をまとめたものです。

*ペテロ文庫発行 ベネディクト16世  日本カトリック司教協議会認可

 

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聖アウグスティヌス(1)より抜粋

 

今日はもっとも偉大なラテン教父である

聖アウグスティヌス(紀元354-430)についてお話しします。・・

この偉大な聖人・教会博士は、

キリスト教をまったく知らない人や、キリスト教をよく知らない人からも

その名前だけはよく知られています。

アウグスティヌスは西洋世界また全世界の文化生活に深い刻印を刻んだからです。・・・・

この偉大な精神は、文明の価値あるものを受け入れ、

その本質的な豊かさを高めるとともに、

そのあとの時代を培うことのできたさまざまな理念と方法を生み出しました。

パウロ6世も次のように強調する通りです。

「古代哲学全体がアウグスティヌスの著作に流れ込み、

アウグスティヌスの著作から、

続く諸世紀の教理の伝統全体に行き渡る思潮が発するといえます。」

 

さらに、アウグスティヌはきわめて多数の著作を残した教父です。・・

とくに、「告白」は、神を賛美するために書かれた、たぐいまれな霊的自伝です。

アウグスティヌのもっとも有名な著作でもあります。

アウグスティヌの「告白」は、

その内面性と心理への関心のゆえに、現代に至るまで、

非宗教的文学を含めた西洋と西洋以外の文学の独自のモデルになったといえます。

霊的生活、自己の神秘、自己のうちに隠された神の神秘への注目は、

前例を見ない特別なものであり、

これからもずっと、いわば霊的な「頂点」であります。

・・・・アウグスティヌは、

旧約聖書がイエス・キリストへと向かう旅路であることを理解しました。

アウグスティヌは旧約聖書の美しさと哲学的な深みを理解するための鍵を見出しました。

そして、歴史におけるキリストの神秘の独自性、

また、哲学すなわち合理性と、信仰が、「ロゴス」において、

すなわち肉となった永遠のみことばであるキリストにおいて統合されることを、

ことごとく悟りました。

・・・アウグスティヌは短期間のうちに聖書の比喩的な読み方を理解しました。・・

 

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これは(1)のみであり、(5) まであります。

興味のある方はアマゾンで手に入ります。よろしかったらお求めください。

私は、いろいろな思考や思想が飛び交い、混乱を極めるこの時代、

アウグスティヌスの本を読むと落ち着きます。

そして物事を冷静に判断できるようになり、生きる姿勢を教えられます。

 

アウグスティヌスの本に出合ったのは、

岩下壮一神父さまを知ったときからですので、2年前です。

ですから、私はこの道ではまったくの新参者です。

けれども、このアウグスティヌスの著作に出会わなかったら、

私は路頭に迷っていたでしょう。

 

聖書の読み方、そしてその深い意味は、

すばらしい指導者によらない限り、なかなか会得できないものです。

なぜなら、この神秘的な言葉は、

誰でもが容易にわからないように、深い真理は

覆い隠されている面が多いからです。

深い霊性と知性と祈りによってしか、

理解できないことも沢山あることをアウグスティヌは言っております。

聖書は自分勝手に解釈すると、

ときには真逆的な生き方になるときもあります。

 

2020年1月21日

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