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2020年2月

2020年2月18日 (火)

No.287 平穏に

010_02_20200218210001 私のこの小さなブログも、

 毎日「コロナウイルス」の影響から逃れられず、

やはり少しは書かざるを得ません。

毎日、メディアでの報道に、

あるいはネットでの報道に一喜一憂する日々です。

街はマスク姿が多く、電車もいつもより人の乗り降りは減っています。

車掌さんも、マスク、お店の人もマスク・・・・

そういえばお店からマスクが消えました。

 

毎日曜日のミサもますます人は少なくなり、

空いた椅子が目立つほどです。

特に外国の方の減り方は、すごいです。

よほど注意をしているのでしょう。

日本人のように保険が全員に適用されるわけではありませんから。

 

でも、そういう状態の中で、今日はとても嬉しくなる出会いがありました。

アルジェリアから来たというとても個性的な黒人の方。

誠実で、明るく、見るからに魅力ある男性です。

彼と私たち夫婦が話していたら、すーと近寄って来たきれいな日本の女性。

彼女は

「私はこの人と結婚します。私はカトリックではありませんが、カトリックになって結婚するんですよ。」

と嬉しそうに自己紹介してくれました。

きっと今カトリック入門講座を受けていて、

今度の復活祭に受洗し、その後結婚するのかもしれません。

「この教会で結婚式をします。」と彼女は、嬉しそうに言いました。

 

アルジェリアの彼は日本語は下手、彼女は英語ができない。

それでコミュニケーションはどうしているのかと聞くと、

「ハートとハートで理解できます」と明快に答えてくれました。

愛し合う二人には、言葉はいらないのかもしれません。

うつうつとした日々に咲いた、美しい花のような二人です。

神の祝福を!

 

***********

外出を控えている方々のために、

私が最近読んで、深い感銘と喜びを味わった本を紹介します。

どちらもアマゾンで入手できます。

アウグスティヌスとか、ヒルデガルトとかと流れが違っているように見えますが、

深い霊的世界を現実にあてはめて考えることができ、

人間界を歩かれたイエスキリストの痕跡が、実感として理解できると私は思います。

 

「キリストと聖骸布」 ガエタノ・コンプリ 文庫ぎんが堂

「契約の櫃(はこ)」 ジョナサン・グレイ 徳間書店

 

これは、どちらもアマゾンで入手できます。

どちらの著者も深い聖書の知識と敬虔な信仰に基ずく、誠実な文章で書かれた

感銘を与える本です。

 

2020年2月18日

 

 

 

 

2020年2月11日 (火)

No.286 素敵な先生

047_01 今日の日曜ミサ(英語)も先週のように、

 来る人が少なくなっています。

 少ないと言っても、

英語ミサだけでも250名くらいは来ていますが、

通常は500名くらいだったので、やはりガラガラといった感じです。

 

特に子供連れの家族は、注意をしてるようです。

日本語ミサの方も、コロナウイルスの心配からか

老人の方は教会に来ることを控えておられるようです。

私も夫も立派な老人なのですが・・今のところは、元気です。

 

日本語ミサが終わってから、ロビーでYさんと立ち話。

彼女は45歳で中学の教師です。

授業もこなしながら、生徒の生活指導もしている元気溢れる、

とても魅力的な女性です。

とても立派な体格で、

やせた体力のない男子などには負けないでしょう。

けれども、やはり荒っぽい男子生徒もいるらしく、

打たれて、入院もしたことがあるとか。

「何と大変な・・・」と言うと、

「いいえ、可愛いものですよ。私は本当に子供達が可愛いのです。」

と笑いながら言うYさん。

 

子供と大人との中間を生きる思春期の子供たち。

子供たちの環境は大変なものだといいます。

「でも、その子供達の親も大変ですね?」と言うと、

「もっと、大変です」

親も子も将来が見えないのだそうです。

何十年前の子供達とは違う、不安定な世の中。

そういう時代に、子供と向き合い、

一人一人話を聞きながら指導していくYさんを

素晴らしいなあと思いました。

 

彼女は毎日、教会の朝7時のミサに出ているそうです。

その後、学校に行くのです。

そして日曜日にはきちんとミサに出ます。

彼女は5年前にカトリックに入ったのだそうです。

祈らずにはおられないと言います。

おそらく、日々、祈りの中で力を与えられているのでしょう。

 

明るくて、謙虚で、優しく、包容力があり、

ああ、こんな先生に出会ったら、子供達は一生忘れないだろうなと思います。

彼女は学校では、どんなことでも受け止める、

豪快な女性のように思われるかもしれないけれど、繊細な気持ちの人です。

神への祈りを欠かしません。

教会には教えられる人は沢山います

けれどもYさんのように、体を張って子供達を教え、

守っているこんな素敵な先生もいます。

私は、本当に何もできない老人ですが、

人とコミュニケーションをするのがとても楽しいです。

 

今日のミサ(英語、日本語)の前後で、

10名以上の方々と挨拶したり、話したり、写真を撮ったりしました。

外国の方も日本人も。

人間と触れ合うのは、生きた教えになります。

 

2020年2月11日

2020年2月 4日 (火)

No.285 いつもの日曜日、けれども違う日曜日

 Img0234 コロナウイルスのニュースが

   日本を世界を駆け巡っています。

 発生してから鎮静化することなく、

広がりつつあります。

 

いつもの変わらぬ日曜日、教会にいつものように行きましたが、

今日は外国の人たちも3分の1は、来ていません。

そして珍しいことに、マスクをして来ていました。

外国の方がマスクをしているのをあまり見たことはありませんが、

今日ばかりは用心しているようでした。

 

私の夫が英語ミサで、

ギターやオルガン、パーカッションの人たちと一緒にマラカスをやるので、

80歳の夫の身体のことも心配で、途中からですが、

英語ミサに少しだけ参加しています。

もちろん、私は英語はわかりませんが、

若い元気な外国の人たちが聖歌を歌っているのを聴くと、元気になってきます。

 

けれども、今日は後ろの方は、スカスカでした。

最後尾からでも、最前の神父や夫が見えました。

気をつけるようにという連絡網がなされているのかもしれません。

いずれにしても、これ以上広がらないようにと願うばかりですが、

ニュースを見ると大きくなるばかりです。

 

私のすぐ前に、折りたたみ椅子に座っていた大きな身体の外国人(男性)。

ヨーロッパ系のような50歳前後の方でしたが、

聖体拝領の後、自分の椅子の所に帰り、すぐには椅子にかけないで、

床に膝まづいて、手を組み、そのままの姿勢で5分ほど祈っておられました。

その姿を見て、何と美しいことかと思いました。

カトリックの国で生まれて、信仰を持った人は、

自然に神への崇拝を態度であらわします。

それは、周囲に誰がいようとかまわず、すぐに跪いて祈ります。

特にイタリア、ポーランド、南米の方に多いです。

 

私にはできません。それは、彼らにとっては自然体の姿だからです。

羨ましいと思いながら、私には不可能だと思ってしまいます。

おそらく、赤ちゃんのときから、そういうふうに育てられたのでしょう。

映画や映像で、自分よりもはるかに身分高く高貴な人の前に出たとき

片足を斜めに引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる挨拶を見ますが、

女性の方がよく祭壇に向かってその挨拶をしています。

男性は頭を下げていますが、

時々腰掛けている椅子から降りて、跪いて祈っています。

残念ですが、日本人には殆どありません。

私の前の背の高い、大きな外国の人。

コロナウイルスのためにも祈られたのでしょうか。

祈りを教えられた思いでした。

 

ミサの後、聖堂内に、3~4回会ったナイジェリアのKがいました

笑って近づいて握手してくれましたが、マスクはしていませんでした。

Kさんには、マスクは似合わないと思いますが、

それでも気をつけなくてはね。

 

2020年2月4日

 

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