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2020年2月 4日 (火)

No.285 いつもの日曜日、けれども違う日曜日

 Img0234 コロナウイルスのニュースが

   日本を世界を駆け巡っています。

 発生してから鎮静化することなく、

広がりつつあります。

 

いつもの変わらぬ日曜日、教会にいつものように行きましたが、

今日は外国の人たちも3分の1は、来ていません。

そして珍しいことに、マスクをして来ていました。

外国の方がマスクをしているのをあまり見たことはありませんが、

今日ばかりは用心しているようでした。

 

私の夫が英語ミサで、

ギターやオルガン、パーカッションの人たちと一緒にマラカスをやるので、

80歳の夫の身体のことも心配で、途中からですが、

英語ミサに少しだけ参加しています。

もちろん、私は英語はわかりませんが、

若い元気な外国の人たちが聖歌を歌っているのを聴くと、元気になってきます。

 

けれども、今日は後ろの方は、スカスカでした。

最後尾からでも、最前の神父や夫が見えました。

気をつけるようにという連絡網がなされているのかもしれません。

いずれにしても、これ以上広がらないようにと願うばかりですが、

ニュースを見ると大きくなるばかりです。

 

私のすぐ前に、折りたたみ椅子に座っていた大きな身体の外国人(男性)。

ヨーロッパ系のような50歳前後の方でしたが、

聖体拝領の後、自分の椅子の所に帰り、すぐには椅子にかけないで、

床に膝まづいて、手を組み、そのままの姿勢で5分ほど祈っておられました。

その姿を見て、何と美しいことかと思いました。

カトリックの国で生まれて、信仰を持った人は、

自然に神への崇拝を態度であらわします。

それは、周囲に誰がいようとかまわず、すぐに跪いて祈ります。

特にイタリア、ポーランド、南米の方に多いです。

 

私にはできません。それは、彼らにとっては自然体の姿だからです。

羨ましいと思いながら、私には不可能だと思ってしまいます。

おそらく、赤ちゃんのときから、そういうふうに育てられたのでしょう。

映画や映像で、自分よりもはるかに身分高く高貴な人の前に出たとき

片足を斜めに引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる挨拶を見ますが、

女性の方がよく祭壇に向かってその挨拶をしています。

男性は頭を下げていますが、

時々腰掛けている椅子から降りて、跪いて祈っています。

残念ですが、日本人には殆どありません。

私の前の背の高い、大きな外国の人。

コロナウイルスのためにも祈られたのでしょうか。

祈りを教えられた思いでした。

 

ミサの後、聖堂内に、3~4回会ったナイジェリアのKがいました

笑って近づいて握手してくれましたが、マスクはしていませんでした。

Kさんには、マスクは似合わないと思いますが、

それでも気をつけなくてはね。

 

2020年2月4日

 

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