心と体

2015年5月12日 (火)

薔薇の花びらのロザリオ

011


代母さんにいただいたロザリオです

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4月4日、私が洗礼を受けたとき代母さんから
スペイン製のロザリオをいただきました。
ロザリオの入った美しい箱の中には
スペイン語の説明の紙が入っていました。
代母さんからも訳してねと言われていたのですが
ようやくスペイン語のできる人の力をかりて訳ができました。
美しい物語です。
少し長いですがご紹介します。

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昔々カーメンの古い年代記は我々に素朴な、
そして感動的な歴史を教えてくれます。


ホアキンという修道士がいました。
彼はカステル山の樫の木のように粗野で無骨でしたが、
しかし一個のパンのように、心はやわらかくで善良でした。
彼は文字も読めませんでした。
彼はまた学べるような状況にありませんでした。
主は彼を修道院が所有していた牛の番をおさせになりました。
他の兄弟(仲間たち)は深い同情をもって彼を眺めていました。


けれどもホアキンはその仕事に対して、大きな喜びをもっていました。
なぜなら野原は彼のみが分かる言葉で
神のことを彼の霊魂に語ってくれたからです。
それゆえに、ホアキンは優しく、善良だと言われていました。
修道院のお告げの祈りのための鐘が鳴るころ
ホアキンは野原で聖母マリアを見ました。
そして彼が祈っている間、聖母は牛の世話をしたのです。

いつでもホアキンは
牛の先頭を誤って導くことは決してありませんでした。
彼はいい牛飼いであり、牛たちは
貪欲な狼の餌食になることはありませんでした。

ホアキンは聖母マリアをとても深く信仰していました。
そして毎日、ロザリオの祈りを捧げるのでした。
これは彼にとって神聖な義務であり、
誰も例外もなく彼の義務を妨げることはできませんでした。


ある日、彼は修道院にロザリオを忘れてしまいました。
彼は心からの祈りをどのようにしてするのでしょうか?
純朴な修道士は独創的なひらめきをもっていました。
湿地帯で、牛に水をやった場所に葦原が成長していて、
それは生い茂っていました。
そしてそれは多くの小石を葦の枝でつないでいました。
彼はこれでもってロザリオを作り、
彼の祈りを満たすことができたのです。

聖母マリアは彼に贈り物をしました。
伝説は教えています。
次の日用事のあるとき、葦の繁みに行くと、
また葦の群れの枝にあのロザリオがぶら下がっていました。
そして夜明けとともに彼がロザリオを取りに葦原に近づくと、
沢山の赤いバラの中から分かれて、
白いバラの花びらがぶら下がっているのを見つけました。
それは聖母マリアがホアキンに贈ったロザリオでした。

そのニュースは修道院中に伝わりました。
信仰深き献身的な祈りに応えて、
バラがロザリオに変えられたのです。
それは乙女マリアからの贈り物であることが
修道院中に伝わりました。


この歴史は中世の伝説からきています。
カスティーニャのいつも変わらぬ香り高きバラのロザリオは
この伝説に由来しています。
あなたもその伝説の中に入りました。
それは世代から世代へと語り続けていくのです。
濃紺の青空の下で、かぐわしく薫るカスティーニャの薔薇の花。
それは世界中のどのような厳しい気候の中でも、
そのかぐわしい薔薇の香りは神秘の薔薇、
栄光の聖母マリアの薔薇となるのです。


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この薔薇の花びらのロザリオは私の宝物です。

代母さんに感謝をこめて

2015年5月12日

 

 

 

2015年4月28日 (火)

納骨堂を買いました

S教会に転籍してから2週目。
とうとう念願の納骨堂を買いました。


教会の地下に造られた納骨堂の内部は壁も扉も真っ白です。
色とりどりの花が美しく映えています。
各ロッカーの白い扉には銀色の大きな十字の印があって、
それぞれの家、個人の名前が書かれています。漢字やローマ字で。
片隅には聖書や祈祷書がおかれています。
焼香もできるようになっています。
室内は常に換気されているので、花の香りがさわやかです。
今日は遺族の方が手向けられたのか白百合が活けられていました。


事務室に行って手続きをすませました。
司祭さまの大きな字の署名入り領収書をいただき、
完了です。
全部でいくらだったのかなと知りたい方もおられるでしょうから、
金額も記しておきます。
162、000円でした。一年分の管理費は3、240円です。
私がここに入るのはいつのことかわかりません。
でもここが肉体における最終の場所です。


アメリカから来られて共に教師をされているご夫妻(奥様はイギリス人)が
私たち夫婦が納骨堂を買うのを見て、
興味をもち「見せて欲しい」といってお世話係の方と見に行かれました。
事務室に帰ってきて、気に入られたのか「ああ、いいな」と・・・
どうなるかわからないがと言いながら、書類をもらっておられました。


今日は教会の草花はとくにきれいで、輝いていました。
これもどなたかが丹精こめて世話をしておられるのでしょう。
ここは私の教会、
帰ってきてよかったと心から感謝しました。


この世における血縁家族は大切です。
その繫がりは死をもっても断ち切られることはないでしょう。
しかし、霊における家族は永遠という絆で繋がれています。
このことを理解してもらうには、
死は終わりではないということを信じるしかないと思います。
理想的なのは肉においても霊においても同じ家族であるということですが、
それは神様の御心のままです。


信徒さんの連れて来られた犬が幸せそうな顔をして
多くの人からなでてもらっています。
名前はコロちゃん。・・・ミサの歌声を聴いているのでしょう。


2015年4月28日

 

2015年4月21日 (火)

最終の落ち着き場所

http://blogs.yahoo.co.jp/maskball2002/64545877.html

死者のためのミサ曲です。

私の教会では月一回はグレゴリオ聖歌が歌われています

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「さあ、行こうよ」と夫。「そう、行きましょうよ」と私。
朝8時過ぎのバスに乗って行くのは、
この間まで通っていた教会とは違う方向です。
同じバスでも違う方向へ。


受洗した教会の神父さまの許可を頂いて、
M教会へ帰る決心をしたのです。
その理由を若い人は笑うかも知れません。
またそれを重要なこととは思わない人も
私たちの決意を我がままというかも知れません。
その理由はM教会の中に作られた納骨堂です。
それは各ボックスに分けられ、個人が尊重されているからです。
そして夫婦のどちらかが先に逝っても、
教会の中に納骨堂があればいつでも供養できるからです。
それに教会では毎日ミサが捧げられ、歌が奉納され、
年2回の死者の日には教会員全員でミサが捧げられ、薫香が焚かれます。


シュタイナーの精神科学を学んでいて、
死者のために捧げられる祈りは天界に通じていること、
死者は自分のために捧げられる祈りを必要としていることを知ったのです。
それまでは死んだらおしまいと思っていました。
自分が死者の国にいったとき、
自分のために祈りを捧げてくれる人はいるのかということです。
血縁だけの関係はすぐに終わってしまいます。
天界をみつめることのできる人、
心からの交流ができる魂同士の捧げる祈りが死者を慰めるのです。
シュタイナーの死者と生者との交流を学んで、
教会へ帰らなければと思ったのです。


M教会の神父さまはなぜか私たちが来ることをご存じでした。
ミサのあと、私たちをM教会の仲間ですと紹介してくださいました。
(それは異例のこと)
武骨な滅多に微笑まない神父さまが
何度も何度も私たち夫婦の所へやってきて
話しかけてくださいました。(ぶっきらぼうだけど正直な神父)


M教会の皆様、沢山の人が話しかけ、
笑いかけ、歓迎してくださいました。
スペインのシスターも上手な日本語で話しかけてくださいました・・・。
ペルーの方も
去年の4月S教会からM教会、そしてT教会、
一年経って再びM教会へ。
私たち夫婦は人生の最終の場所にようやく帰りました。


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シュタイナーの本は今100冊以上持っていますが、
一番最初に読んだのは
「精神科学から見た死後の世界」西川隆範訳でした。
真実だと思いました。
興味のある方は、お読みください。


2015年4月21日

 

2015年4月14日 (火)

新カトリック教徒一週目

去年のちょうど今頃、
勇気を持ってSカトリック教会へ行きました。
そこは何十年か前、家族4人がいっしょにミサにいった
最後の教会でした。

あの当時と同じ感覚でいった私を待っていたのは
変革されたカトリックでした。
戸惑う私・・特に入門講座の心理学、精神分析らしき講座には
驚きよりも嫌悪感を抱き、M教会へ逃げ出してしまいました。
(今はやりの心理学を信じていないから)
それから私自身もカトリックに対する不勉強もありますが、
成員となる方法もはっきりしないので、
またまたちょうど入門講座(私の求めていた教理講座)をやっていた
T教会へ通うことに・・・そしてそこで夫と受洗となったのでした。

この一年の間、現在のカトリックの状況を掴むことに懸命になりつつ、
神父さまの入門講座の学びを一生懸命に学びました。
お蔭で無事に念願のカトリック教徒となりました。
その報告とお礼を言いにS教会に夫と出かけました。
数名の方々にお礼をいい、
今後ともよろしくお願いしますと言いました。
カトリック教会はどこも兄弟であり、姉妹であり、
教会はくつろぐ場所である、それを今日また実感しました。
笑顔で「こちらにも来てね」と優しく言われ、
心の重荷が下りた気持ちです。

その後、元シスターのMさんの豪邸に招かれました。
白亜の建物。豪勢な内装。高価な調度品。
私の世界とはまるで違う世界。
玄関を入るとまっすぐに上がる階段の上に
大きな白いマリア像がおかれています。
マリアさまのお顔は場所がどこにあっても優しく、柔和です。
電気をつけられるとマリアさまの頭上が明るく輝く。
さすが元シスターの邸宅です。
2時間ばかりの会話。終始話は信仰、教会のこと。
これからの私たちに対する優しい忠言など。
「あなたのことを気にかけていたの。祈っていたの」とMさん。
私の知らないところで、私のことを気にかけ祈っていて下さった方。
有り難い思いです。


私はいつも誰かの思いの中に祈りの中に生かされているのです。
今日はS教会へ挨拶に行ってよかった・・・・

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S教会の信徒の方で、千中でお店を40年近くもやっておられ、
去年のクリスマスイヴの日、
突然店を閉鎖なさったFさんのことが気になっていたけど、
今日はFさんの元気な姿を見て、話せてよかった。
「教会が心の支えになった」とFさん。
美しい顔が以前よりももっと輝いていた。・・・本当によかった!


2015年4月14日 

 

2015年4月 7日 (火)

新しい旅立ち・・・カトリック教徒として

https://www.youtube.com/watch?v=MZQNuy0y3po

私が受洗した教会ではありませんが、

参考にご覧ください

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私のキリスト信仰はトルストイとドストエフスキーの
書物によって育まれたのです。
教会に行く前にすでにイエス・キリストを信じていました。
教会に救いを求めたのではなく、
信じていたから教会に行こうとしたのです。

教会はどこも同じだと思っていた私が飛び込んだのは
プロテスタントでした。
それは私の夢見た憧れの教会とは全く異なっていましたが、
夫と出会ったのは、プロテスタントであり、
それはまた神さまの導かれた道であったと思います。

4月4日、私はカトリックの信徒になりました。
それも夫と一緒です。
残された二人の時はもうそんなに長くはありません。
だからこそ共にカトリック信徒として同じ道を歩めることを感謝します。
夫の洗礼名:パウロ・ベネディクト。
私の洗礼名:ソフィア・エリザベト。
この洗礼名によって、新しい自分になれた感じがします。

カトリックは復活祭を一番重要な祭としています。
キリストの復活をお喜びする日だからです。
その日に洗礼の喜びに与るということは
新しい生活を意味する意味でも復活なのです。
ローソクの灯のもとで、厳かな式のもと、讃美の声の合唱の中、
大勢の教会信徒の皆様の前でカトリックの洗礼をさずかりました。
そして初聖体を受けました。
キリストの御身体である聖体拝領です。
これはまことに感激でした。
カトリック信徒とそうでない人との違いは
これを拝領できるかどうかということですから。
聖体拝領を受けたとき、
ああ、私はついにカトリックになれたと実感できました。

私の代母になってくださったKさん。
優しき、品のあるご婦人です。
私のためにベールを用意してくださり、
また外国製の美しい、香しい木のロザリオを下さいました。
心を砕いてくださいました。
神父さまの祈り、お世話してくださった方の祈り、
そして蔭であれこれお世話をしてくださった方々の愛情に包まれて
私はカトリック共同体の仲間入りをしました。

71歳、そして今年羊年は私の干支です。
忘れられない羊年となりました。
カトリックの奥深さを学んでいくのはこれからです。


2015年4月7日

 

2015年3月31日 (火)

カトリック入門講座を修了しました

29日(日)の午後、「お疲れさまでした」と神父さまは言われました。
入門講座は今日で終了したのです。
去年の5月から今年3月末まで・・・全部出席した人もおれば
私のように秋からのものもいます。
いずれにしても16名全員に勉強は終わりましたと
神父さまはいってくださいました。

入門講座修了しましたといったら、
カトリック、あるいはキリスト教に興味のない方には
こんなことをあらたまっていうことに不思議がられるかもしれません。
しかし、これはす素晴らしい勉強なのですよ。

お金儲けの指南学でも長寿健康学でも芸術趣味の勉強でもなく、
まったくこの世の社会常識を超えた、
まったく一銭にもならない勉強なのですから。
天国、キリストの十字架の意味、キリストの復活、罪のゆるし等々、
こんなことに無関心の人からみれば、
こんな勉強に約一年もかけることに、
ばかばかしさを感じられるかもしれません。

しかし、これは他では絶対得られない歓喜であり、
内面の至福なのですよ。
私たちはよく生きて90歳か100年の命。
私が勉強したのは永遠の命の問題なのですから。

私自身、若いとき聖書旧新約全巻を2回通読したこともありましたが、
そのときはただ読むだけで意味は深く理解できず、
人間経験も少なく、長い教会離れ生活の中で、
見えない世界への思いが希薄になっていましたが、
不思議なことに覚えているものです。
聖書の言葉は頭の中に入っているのです。
神父さまの講義の中で度々聖句が浮かんできましたから。


“青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。
苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」
と言う年齢にならないうちに」”新共同訳聖書コレヘト12:1
とありますが、
未消化のままに頭に入れた聖書の言葉は、年齢とともに思い出され、
その意味が人間経験とともに理解できるように成ってきました。

入門講座は終わりました。共に学んだ16名の方々。
これからの人生はまた一人一人異なっていくでしょうが、
主であるキリストのもとに絆は結ばれて、
本当の意味で一つになっていくでしょう。
常に熱い思いで話された神父さまに感謝します。
真心からわかってほしいという気持ちでもって、
講義された神父さまの労力に感謝します。
神父さまによっては、いい加減や怠ける方もありますのに。

5月から始まる講座には、新しい人がすでに数名おられるとのこと、
若い女性たちです。

おひとりおひとりの上に神様の祝福がありますように。

「人はパンだけで生きるものではない。
神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」

マタイによる福音書4章4節


2015年3月31日

2015年3月17日 (火)

東日本大震災被災者のための祈り

イエスのカリタス修道女会聖歌隊の歌

https://www.youtube.com/watch?v=CUlFkjKhF3M

あの忘れられない震災の日からもう4年もたったんですね。
震災のニュースもときどきになり、
震災とは関係なかったところに住む者には
次第にあの日が遠い日になりつつあるようです。

でも、現実には今もなお、被災した人たちの上に重く被さっているのですね。

カトリック教会では毎週欠かさず、
「東日本大震災被災者のための祈り」をミサの中でしています。

下記の祈りをおそらく日本全国のカトリック教会で、
ほとんど同じ時間に唱えられています。
日本ではカトリック教徒は少ないとはいえ、
何十万ものカトリック教徒が一斉に毎週祈りを捧げています。

「父である神よ、

すべての人に限りないいつくしみを注いでくださるあなたに、

希望と信頼をこめて祈ります。

東日本大震災によって今もなお苦しい生活を送り、

原発事故によって不安な日々を過ごす人々の心を照らし、

希望を失うことがないよう支えてください。

また、亡くなられた人々には、永遠の安らぎをお与えください。

すべての人の苦しみを担われたキリストが

いつもともにいてくださることを、

わたしたちがあかしできますように。

わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン」

「日本カトリック司教協議会」より

祈りとともに、現地で神父さまやシスター、
ボランテイアの人たちが多数身を粉にして働いておられます。
物資もですが、大きな心の支えになっておられます。

現場で奉仕しておられる方はいわれました。
「私たちの方が恵まれ、聖められるのです」と。

******

3.11、あのとき私は映画を友人と観て、
その後お茶を飲みながら談笑していたのです。
沢山の人たちの命が水の中に消えていったときに。
だから、私は余計にあの日を忘れられないんです。


2015年3月17日

 

2015年3月10日 (火)

洗礼志願式

カトリックの秩序立った祭儀に感激しました。すごいとと思います。
そこには2000年来の歴史と重みを感じます。

今日は3月1日(日)、洗礼志願式が執り行われました。
何しろ初めてのことです。

この年齢で200名近い人達の真ん前で神父さまに名前を紹介され、
そして洗礼の志願式次第に則って儀式は行われるのですが、
いささか緊張気味です。
16名もの仲間の人たちがいてよかったと思います。
これ数名だったら、もっと緊張しますね。

そのときに前もって書いていた洗礼台帳も
信徒の皆様の見ている前で出しました。

この洗礼台帳は大事なものだそうです。
洗礼を受けた教会にずっと、
おそらくは私が死んだ後でも保管され続けるでしょう。
よくカトリックで洗礼を受けた歴史上の人の記録を
教会の中に見つけますが、それはこの台帳のことでしょう。
これはまるで戸籍謄本のようなものです。

その中に洗礼名というところがありましたので、
私は自分のお気に入りの洗礼名を書きいれました。

ソフィア エリザベト何々です。
このソフィアという名前はどうしてもつけたかったのです。
神父さまの許可が出て、本当に感謝しました。

「ソフィア」・・・神の智の意。また浄化されたこころ、
精神という意味もあります。

「エリザベト」・・・これは言語によってエリザベス、
またはエリザベートとも呼ばれますが、
私が選んだわけは、彼女は子供を生めないまま年老いて、
すっかりあきらめていましたのに、神はそんな彼女を祝福されたのでした。
預言者であり、キリストの先駆けとなった洗者ヨハネの母となったのです。

年老いて神の祝福に与った人・・・・
私もそうなりたいと思い、また事実祝福されたのです。

そして、4月4日に晴れて、
私はソフィア エリザベト何々となるのです。感謝


2015年3月10日

2015年2月24日 (火)

偶然はないのです

「偶然はないのです」
去年の待降節のある日茶話会で、
93歳のダニエル・ヴァン・ケルコーベ神父さまが言われた言葉です。
神父さまとコーヒーを飲みながら、それこそ本当に私にお顔を寄せて言われたのです。
優しく慈愛に満ちた目と優しい言葉でもって。・・・
ダニエル神父さまは椅子に黙って腰かけておられるだけで、
そのお姿全体からいいようもない品格というか霊格というのか、自然に流れてくるのです。

これをキリスト教では聖霊に満たされた方というのでしょう。
私には忘れられないお方になりました。
質素なお姿からは、謙虚、節制、愛あらゆる徳行が神父さまから流れていました。


「偶然はないのです。道で会う通りすがりの人も偶然ではないのです」と言われました。
すべては神の導きなのであり、出会わせられたということでしょう。
その意味を考えて、人と接しなさいということでしょう。


今日私はどれだけの人と会ったのでしょうか。
勿論夫、そして佐川の宅急便、街に出ていくと私の棟の人2名、
そしてお店の人たち、店の前での見知らぬ人との会話、
そして地上と地下で出会う見知らぬ1000名以上(無数に近い)の人たち。
今日もすごい数の人たちに会ったのです。
どういう意味があるのでしょうか。


今まで考えたことはありませんでした。
今日出会った人たちもみな神の子であり、
神に愛されている人たちだということでしょうか。
人と接するということはどの人とも付き合ったり、
べたべたすることではありません。
思いを寄せるということでしょうか。
私の意識がその人たちの中にあるということでしょうか。
今日であった沢山の人たちの人生が守られますように、
祝福されるようにと祈ることができるようになることでしょうか。
そのように私が周囲を見れるように成長しなさいということでしょうか。

「すべては偶然ではない、偶然ということはないのです」という神父さまのお言葉。
考えれば、この言葉は深くて、重い言葉です。
私の人生、運命そのものが何となくなったのではなく、
大きな存在神によって導かれたということだからです。


大きな意味ある言葉を下さったダニエル神父さま。
ありがとうございます。
これは私へのメッセージであり、これからの私への課題です。

2015年2月24日

2015年2月17日 (火)

入門講座ー婚姻について

私たち夫婦が48年前に結婚した教会です

そのままの外観です

http://www6.ocn.ne.jp/~tanritsu/

今日(15日)の入門講座の内容は、
7つの秘蹟の一つである「婚姻」でした。
講座を受けている人16人の中には4、5名の独身の方もおられ、
遠い昔に結婚した老人組とは神父さまの講義の説明は
受け止めかたがちがったでしょう。

カトリックでは離婚は禁止、結婚をしていて他の人と通じることは姦淫、
その他私的な結婚の中にもカトリックならではの
自制と受容すべき事柄があるようでした。
ただし、これはカトリックの洗礼をうけたもの同志の結婚に関することで、
それ以外の人たちには関係ありません。
あくまでもカトリック教徒の結婚です。
その結婚を秘蹟というのだそうです。

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私たち夫婦の48年前の教会での結婚式を思い出しました。
思い出せばついこの間のことのようです。
クリスチャン同志の結婚であり、丘の上に建てられた美しい教会に
200名近い人達が遠路はるばる集まって下さいました。
夫の教会に私は嫁入りするという感じです。
今は変わりましたが以前は成人式の日であった1月15日に決めたら、
「わざわざ祭日に何で?」といいながらも、
社会的地位のある人たちも喜んで集まってくださいました。
プロテスタントの各教派の牧師先生も沢山。教会員の方々も殆ど全員。
今あらためて思い出します。・・・・ありがとうございました。
河辺牧師の厳粛な式のもと、私たちは下記の言葉を誓い合いました。

お互いに
「汝を(妻、夫)とし、今日よりいかなる時も共にあることを誓います。」
「幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、
 健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、
 慈しみ、貞節を守ることをここに誓います」
 

 *******

今日の結婚の講義で神父さまは
「私は結婚をする人たちが誓いの言葉をいうとき、
3つのことをよく考えて、自分が決めてくださいというのです。
それではいといえなかったら、黙っていてください」
というのですといわれました。

・あなたの自由意志で決めるのです。(結婚は)
・あなたが選んだのです(自由意志で)
・この人以外に妻あるいは夫としない

***********

結婚はこれだけの自己責任をもって、覚悟をもって臨むべきだと私は思います。
それでこそ、秘蹟ともいわれるのです。
ただ、私の場合、上の三つに附け加えなければなりません。
結婚の相手は神が与えられたのです・・・・と。


2015年2月17日

 

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