文化・芸術

2016年8月31日 (水)

№185. ダリ展へ行きました

京都のダリ展です
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この前のデトロイト展といい、この度のダリ展といい、

一番暑いこのとき、どうしてなのかなと思いつつ、

それでも好奇心旺盛な気持ちをおさえきれず、京都まででかけました。

やはり文化的なものは京都が多いです。

大阪は商業の都市なのでしょうか。

8月の終わりとはいえ、暑さに変わりなく、鴨川は水が少なく、

白鷲が何羽も水の中をじっと眺めて、エサ取りをしていました。

水が少ないので餌もとりやすそうです。

鴨川と疎水の辺を散歩がてらに歩きながら(暑い散歩)、

日照りは暑いけれど、桜並木の下は風も吹いて涼しい・・

この桜の木、春になって桜の花が咲くと疎水の翠色と重なって、

絵も言えぬ美しさです。

まるで、日本画のような風雅な世界に変わるのです。



ダリ展にはいつものことですが、かなり年配のご婦人が多いです。

やはり私の年代は沢山いるのでしょう。

日本のご婦人は歳をとっても勉強熱心です。

こんなに難しい絵を一生懸命見つめているのですから・・・

今日のダリ展はかつてなく沢山の作品が来たようです。

油絵、デッサンも入れると128作品になります。

天才ダリの作品を何とか理解しようとするのですが、

理解できるわけがありません。

常人ではない、天才的な感覚をもち、それを絵に表したダリですから、

普通の何も知らない年取った女があれこれ言うのもおこがましいことです。

無礼ですね。



作品の中からもう一度見たいと思って、見に引き返した作品がありました。

それは「風景」と「謎めいた要素のある風景」です。

神秘的な風景というか、

色彩は暗く、見ていると何か押し迫った憂鬱さを感じるのですが、

遠くに明るい光が差し込んでいる。

手前(きっと自分側)は、暗いのだけれど、遠くに明かりが輝いている。

でもその一見暗い色調が私にはとても落ち着いた、

妙に私の感覚に合うのです。

聖書に出てくる陰府とはこんな風景なのかなと想像し、

私なんか輝ける光に満ちた天国などまぶしすぎて落ち着けないから

ちょうどこんな色彩のところがいいなと、そんなバカなことも考えました。

でも煉獄なのか、陰府なのか、あの風景決して天国ではありません。



特に「風景」は一筋の道が山の向こうの輝く地に向かっており、

その道に長いベールを引きずりながら、

白っぽいこれも長いドレスを着た女性たちが、

手を組み祈るような姿勢で歩いていく。

ひたすらに輝く山の向こうへと・・・

道はグレーなのに、道の両側は真っ黒ではないけれど、鉄色。

やはり希望はあの山の向こうにあるのでしょうか。

ダリの風景(バレエ「ドン・ファン・テノーリオ」の作品についての

私の勝手な感想です。



ダリは富裕な生まれだそうですが、

一族はユダヤ系の血筋と信じていたということであり

またダリの最愛の妻ガラは父親が弁護士で裕福なユダヤ人でした。

やはりその人並みはずれた能力はその辺にあるのでしょうか。

美術鑑賞はやはり秋がいいです。

贅沢ですけど。



*今日(30日)の読売新聞のダリ展よりに、こんな説明がありました。
「素早く動いている静物」についてですが、テーブルの上のワインと果物、
イチジクの葉はキリスト教を暗示している。
科学はダリにとって神の存在を証明する手段でもあった。
最先端の科学の成果に宗教的要素を融合しようとした。
なお、ダリはカトリックに改宗しています。


2016年8月31日

 

 

2016年8月 6日 (土)

№182. ミニコンサート 懐かしい歌

ふるさと

うさぎ追いし かの山 こぶな釣りし かの川

夢はいまもめぐりて 忘れがたき ふるさと

いかにいます 父母 つつがなしや 友がき

雨に風につけても 思いいずる ふるさと


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コラボでお昼のミニコンサートがあり、夫と聴きに行きました。

美しい声で岡本さんという音大大学院の方が

これも見事なピアニスト川邉さんの伴奏で歌ってくださいました。

ふるさとの歌を聴いていると、すぐ故郷が浮かんできて、

50年以上も前のこと、いいえもっと前の幼いときの風景がすっと浮かんでくるのです。

歌って不思議な力があるのですね。

そして形はないのに、人の心に同時に入っていって、

他の人の心の中で同じような作用を及ぼしているのです。



なぜか故郷のいろいろな川が浮かんできて・・・

きっと川に沢山思い出があるのです。

そういえば温泉町に住んでいたとき、養父と山に入ったとき、

すぐ前を野兎が走り過ぎていきました。

私の6歳くらいのときです。

茶色のうさぎでした。

私たちにびっくりしたのか、あるいは何か急いでいたのか・・・



故郷を思い出すのは故郷を離れた人間です。

「ふるさとは遠きにありて思うもの」です。

故郷を懐かしむのは故郷を離れたものの特権かもしれません。



そのふるさとを私は二度と帰らぬ決意を持って出たのでした。

もう家には帰らない決意でした。

汽車が大阪に向かうとき、

ホームで手を振って涙をこらえながら見送ってくれた養父。

私は某神学校に入り、その道で生きる決心をしたのです。

車内で養父に手を振る私の気持ちは

「やっと自由になれた」という別れの悲しさどころか喜びさえあったのです。

23歳でした。



その後いろいろあったけれど、

あの出発が故郷との別れであり、人生の一大転機でした。

半年してアメリカ人のW校長(ハーバード卒業の秀才)が

暗い顔をして私に告げられた。

「お父さんがガンです」と。

「3年間は学校をやめられないけれど、大変なことだからすぐ帰るように」と。

そして私は決別したはずの家にまた帰り、

入院中の養父の見舞いを毎日しました。

学校では校長をはじめ、友達みなが私の帰りを待ち続けたが、

私は結局神学校へも帰りませんでした。

その後再び上阪し、夫と婚約したのですが・・・



養父がガンにならなかったら、

私の人生は今とはまったく違っていたでしょう。

不思議な神の導きです。

養父は身をもって私の方向を変えてくれたのかもしれません。

故郷は若い頃は悲しみの思い出で満ちていたけれど、

今は故郷は母の懐のような感じがします。

私がふるさとの歌を聴いて物思いにふけったと同じように

夫も自分の故郷を思い出していたようでした。

 

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*ふるさとは、作曲は岡野貞一、作詞は高野辰之。
二人は他にも「春が来た」「春の小川」「おぼろ月夜」「もみじ」など創っています。
岡野は私と同じ鳥取県生まれで熱心なクリスチャンで、
本郷中央教会の礼拝や聖歌隊の指導を続けました。
また東京音楽学校の教授で、
文部省唱歌の作曲、編集委員として、多くの唱歌を作りました。
「ふるさと」は、賛美歌のメロディからヒントを得ました。

 

2016年8月6日

2016年7月30日 (土)

№181. デトロイト美術館展に行って

デトロイト美術館展案内

 

美術館展に行くのは本当に久しぶりです。

おまけにこの暑いのにと思いながら、

それでも期限は9月25日までなので、いずれにしても暑いと覚悟して・・・

76歳と72歳の夫婦にとって体力はどうかなといつも考えます。

ちょっとおかしいときは決して無理はしないようにしています。

今日はどちらも元気なようで、

天王寺の大阪市立美術館で開催されている

「デトロイト美術館展」に行くことにしました。

ゴッホの絵もルノアールもモネの絵も何回か見たことがあるので、
それほど期待はしていなかったのですが、

今回の美術展は滅多に見られない日本で初めてという作品もありました。



ドガ、ルノアール、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ、マティス、

そしてピカソ、モディリアーニ、その他の画家の作品52点です。

本物の絵は本やテレビで見るのとは違いますね。

絵から出てくる気のようなものを感じます。

画家がその絵を描いているそのときの感情が

絵の中に入っているのでしょうか。

あまりにも有名な画家の絵で

どれもみな表現できないほど素晴らしいのですが、

やはりゴッホの自画像は別格でした。



ゴッホの絵を見ていると、ゴッホの内面が、

苦しみと痛みと悲しみの感情が以心伝心のように伝わってきます。

自画像のゴッホの目をみつめていると、

この苦悩は人間を代表しているのではないかと他人事ではない思いになります。

誰もが持っている深い解決できない苦悩。

それを正直に見つめたものと、はぐらかして生きたものとの差だけのことで

ゴッホの目の中にあらゆる人の悲しみが隠されていて、

見る人に語り掛けてくるような気がします。



苦悩を真正面から見つめた人・・・私はそう思います。

その苦悩や悲しみをそっと抱きしめたい・・・

抱きしめられたら・・・

人は抱きしめるべきそれぞれの救いを求めて今日も生きています。

ゴッホの絵を家に帰って飾りました。



もう一つ好きなのはモネです。

「グラジオラス」は優しく、優雅で、慰安に満ちています。

モネの絵の中にはきれいな優しい女性が描かれるのです。

モネの奥さんがモデルですが、

女性かあるいは母なるものの優しさを描いているようです。

癒され、慰められる絵です。

初公開のピカソの絵もありました。



絵の前の数人の大阪のおばさんがこんなことを言っていました。

ピカソのきちんとした美しい女性の肖像画を見て(これは私も初めてです)、

「こっちの絵の方がいいわ。何かわからんのより。
でもわからん絵の方が有名なんだから」と。・・・

私も同じです。抽象画が苦手です。

「絵がわからんからだろう」と言われるかもしれませんが。

やはりゴッホがいいです。

今日はゴッホに会えて嬉しい日でした。

他の画家もすばらしいですよ。

マティスの明るい色彩には幸せを感じます。

本物を観るのは大切なことです。

 

2016年7月30日

 

 

2016年5月27日 (金)

№174. 第45回日本伝統工芸近畿展へ

 

藤野聖子さんの作品「春光万華」です
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久しぶりの京都です。

今日は私たち夫婦にとってはとても珍しい展覧会への出席です。

知人のFさんから招待券をいただいたので、

日本文化に触れて勉強するのもいいと、

本当に久しぶりの京都にでかけました。

やはり京都はちがいますね。

駅の雰囲気もまったく違います。

何かおっとりして・・・京都は日本人の心の故郷だなと思います。

駅にあるガラスの陳列台には

高価な美しいきものがまるで花々のように飾られています。

美しい・・雅・・優雅・・たおやか・・・華麗・・言葉がないほどに美しい。

外国人の方もうっとり・・・



会場は高島屋です。

Fさんはもう30年も截金(きりかね)というなかなかお目にかかれないような

日本芸術の作品創作に精進して来た方で、

この度「大阪府教育委員会賞」を受けられたのです。

260人ほどの作品の中から13名の方が受賞されました。

Fさんの玉手箱の暖かい陽だまりのような柔らかい金色の色は

他の作品中でも輝いていました。

Fさんの心の中そのままだと思いました。



受賞者は10分ほど作品について説明するのですが、

司会者の質問「これからはどんな作品を作っていきたいですか?」

に答えて、「作品を見てほっとしてもらえること、

そういう優しい、暖かいものを作りたい」と答えていました。

なお、作品の正式名は・・截金飾筥「春光万華」です。



F
さんは飾らない、質素な、暖かいく優しい人です。

善人とはこの人のことだといつも思います。

人柄がそのまま作品を表しています。

また着物の作品が20枚ほどありましたが、きものは絵画ですね。

女性が着ている姿も美しいですが、

こうして掛けてあるだけで、絵を見ているようです。

外国の方が憧れるのも頷けます。

着物の柄、生地は作品を作る人の心が表れているのですね。

他の螺鈿、人形、陶器など、

どれも品がよくて、美しくて、清楚でそれでいて華麗で

じっと見ているとやはり日本文化の静謐という面をどの作品も表していました。

作品の中に精神が入っている・・・

日本文化再認識の旅でした。



京都の温度は33度。折角京都に来たのですが、

老いた夫婦には会場を出て、

他の場所へいくどころか鴨川に行くのが精いっぱいでした。

鴨川の畔で腰を下ろし、川面を眺めてしばし安らぎの時を持ちました。

風が爽やかで、鷺が時間をかけて魚取して・・
「何も急ぐことないでしょう。ゆっくりしたら・・・」といわれているようでした。


*截金・・・金・銀・銅・錫の箔または薄板を線状または三角・四角などに細かく切り、

 これを貼付して種々の文様を施す技法。

 絵画・経典・仏像の装飾には箔を、蒔絵に施す場合は薄板を用いる。(広辞苑より)

 

  2016年5月27日

2016年5月11日 (水)

№172. 南蛮文化展へ

http://www.christiantoday.co.jp/articles/14523/20141113/nanban-bunka-kan.htm

南蛮文化館ですがもっと詳しい映像が出ていますので探してください
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ケン・ジョセフの本の一番終わりの資料編をみていると、

「全国キリスト教・キリシタン関係博物館リスト」というのがあり、

さらに大阪府を見ていくと、「南蛮文化館」とあって、

キリシタン関係遺品、南蛮美術品などを展示とありました。

(私はケン・ジョセフ氏の本はあまり好きではありませんが)

でもこうやって資料の出どころを載せていてくださるのは嬉しいです。

早速ネットで調べてみると、

「行って見たい」と強い願望がまたまた生まれてきました。

地図を調べたら何と私の教会から歩いて20分ほどの所にあります。

 

これだけの豪華な貴重な南蛮の美術品を

どうして近くのカトリックが知らないのかと不思議に思うのですが・・・

そして今日(8日)ミサの後、私一人、地図を片手に探して行きました。

地図とは便利なものです。着きましたよ。



この会館はまったく民間の方の美術館で

これだけの秘宝ともいえるほどの遺品を収集されるとは

本当にどのような方なのでしょう。

金銭的価値にすれば途方もないことになるのでは思われます。

オーナーはまったくキリスト教とは関係ありません。



フロイトの「日本史」に出てくる数々のキリシタン用品の一部ですが

実物を見ることができました。

簡単に本では櫃とか入れ物の箱とかいてありますが、

螺鈿細工が大きな櫃全部に施され、これ自体宝石のようです。

この中に祭具用品が入れてあったと思います。

安土桃山時代の金屏風には沢山の黒人が描かれていて(絵の半分ほどは黒人)、

スペインやポルトガルは奴隷として使っていたのだなと分かりますが、

どの黒人も立派な服を着て働いているので、大切にされていたのでしょうか。

信長と黒人の関係の話を思い出します。



工芸品はマリア、十字架、イエス像、絵像、

鉄砲、硯、書見台(豪華な細工)などなど・・

キリシタンの遺物であるけれど、工芸品を見ていると

その当時の西洋の文化が偲ばれます。

豪華絢爛・・宣教師たちはこれらの物を携えて

信長や秀吉に会いにいったのです。

その多くは焼かれ、盗まれ、壊され、

廃棄されたことが詳しく日本史にあります。

オルガンもその他様々な西洋楽器、印刷機、書籍、

ビロードの衣服などもそうです。



そのころ日本に来た宣教師の多くは貴族出身で、

教養高く、西洋の高い文化を伴っていました。

時の支配者はそういう文化に魅了されたのでしょう。

それにしてもよく残っていたと思います。

小耳にはさんだ情報では「世界ふしぎ発見」で

近々この南蛮文化館が紹介されるということでしたが、どうでしょうか。

 

キリシタン時代のことは今では様々な意見があり、書籍も出ていますが、

こうして当時の遺物に接するとまた新たな感慨に浸されます。

これらの物を使用していた人たちは事実存在したのですから。



「どうして教会からは誰も来ないのかしら?」というと、

「お知らせや広告は一切していません。来たい人がやって来たらいいのです」

見世物的な感覚で陳列しているのではないということでしょう。

知る人ぞ知る・・・それでいいということらしいです。


2016年5月11日

2015年9月30日 (水)

№141. 南蛮音楽を聴きに高槻へ

http://gipsypapa.exblog.jp/6964809/

素晴らしい高槻教会の映像がありましたので

私のちゃちな写真は止めてリンクさせていただきました。

ありがとうございます。

 

約400年前の日本のキリシタンたちが神へ捧げた祈り、歌を聴きに

高山右近縁の教会、高槻カトリック教会に出かけました。

最近は夫婦付随ではなく、私一人ででかけることが多くなりました。

趣味も好みも夫婦では違うし、

元気といっても75歳の夫に無理は禁物だからです。

音楽、絵画、いわゆる感覚的美意識にかけては、夫婦は別ですから。

今までずっと夫に頼っていた私は

地図を片手に初めての場所でも行けるようになりました。

できるんですね。地図を辿っていけば・・・

お蔭で行動範囲が広がって、気持ちも大きくなったようです。

今回の高槻も初めてです。
(キリシタンとはザビエルの渡来によって
ヨーロッパから伝えられたキリスト教、およびキリスト教徒の呼称です)



ルイス・フロイス著「日本史」に出てくる高山右近は

やはりキリシタンでは一番に名をあげられるでしょう。

右近の影響でその当時の諸大名や武将は

キリスト信仰の道に導かれたのですから。

右近の生き方は一般地位も名誉も欲はない・・という生き方です。

当時の教養人である右近はその交友関係において、

キリシタン(イエズス会の宣教師による)の信仰を

主だった人たちに伝えたのです。

黒田官兵衛、細川ガラシャもそうです。



その当時西洋建築として実に見事な修道院やセミナリオが建てられました。

そこで奏でられた音楽、歌われた賛美の歌。

栄えある聖母よ、主の祈り、かくも偉大なる秘蹟をなど、

すべてラテン語です。

珍しい楽器、コルネット、サクバットドルツィアンなどで演奏しながら、

400年前の南蛮音楽を奏で、歌ってくださいました。

円いドームの美しい高槻教会の聖堂に聖なる歌声は響きわたりました。

聖堂の中の人たちはその透き通る美しい歌声にうっとり。

ああ、400年前のキリシタンたちはこの歌を歌い、

祈りを捧げたのだと何か胸を突き抜けるような感じでした。



今でも当時のキリシタンとは少し言葉はちがいますが、

主の祈り、アヴェ・マリアは同じです。

400年前のキリシタンと同じ祈りの言葉を唱えているのです。

生命を賭して信仰を守った人々と

平和と自由の中にいる者との違いはありますが。



一時、現実を忘れて、神秘の世界に浸りました。

あの世はあのような賛美の歌声がいつも流れているのでしょうか。

私はあの世に帰ったら、

400年前のキリシタンの人たちに会えるのでしょうか。

もし、そうなら。お話を聞いてみたいと思います。

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参考に:

 

1549年フランシスコ・ザビエルの来日は
ヨーロッパ音楽の日本への渡来の始まりであった。
ザビエルは大内義隆に鍵盤楽器を一台献じた。
3年後山口で「歌ミサ」が挙行された。
5年後、大分で日本人信徒による聖歌隊によって、典礼が行われた。
日本人は外来の音楽に強い関心を寄せ、
外国人宣教師たちが驚嘆するほど積極的に摂取した。
1581年の文書には有馬のセミナリヨに学ぶ日本人の少年は
オルガンで歌い、鍵盤楽器を奏し、相当なる合唱団ができ、
正式のミサ曲を歌うことができた。織田信長は安土の住院を訪れ、
日本人学生による洋楽器演奏に耳を傾けている。
 
(新カトリック大辞典より)


2015年9月30日

 

 

2013年10月 6日 (日)

№34. ワーグナーの「ニーベルングの指環」

私は音程の不確かな、というよりも音楽のことなど少しも知らない音楽音痴です。

 

クラシックを聴いても、ショパンがどれで、チャイコフスキーが何で、

 

モーツアルトがどんな曲で、なんて恥ずかしいけれどよくわからないのです。

 

でも歌を歌うことはできなくても、聴くことは好きです。

 

 

WOWOWでメトロポリタンのワーグナーの「ニーベルングの指環」を

 

放映していましたので、意を決して、観ました。

 

録画してみますので、何日もかけてみました。

 

何と16時間です。

 

 

オペラに興味を持ったのではなく、

 

「ニーベルングの指環」を見たかったのですが。

 

私がこの「ニーベルングの指環」に興味をもったのは、

 

北欧神話が大好きだからです。

 

神々や英雄、地の精や水の精と、

 

想像をかきたててくれる楽しいロマンあふれる世界だからです。

 

またワーグナーの曲は、勇気を与えてくれます。

 

 

さて、「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」

 

「神々の黄昏」とお話は続きますが、

 

全部良かったという人もおれば、ここは特別に凄かったという人もいて、

 

それぞれお気に入りの見せ場があるそうです。

 

私は最後の「神々の黄昏」で

 

ブリュンヒルデが炎の中に愛馬と共に消えていく場面がとても印象に残りました。

あらゆる欲望は燃え盛る炎の下に消えていくけれども、愛は死にはしない。

 

ジークフリートの亡骸を燃やす火の中に敢然と身を投じるブリュンヒルデ。

 

死によって愛するジークフリートと一つになるのだと

 

・・・愛による勝利の歌を高らかに歌うブリュンヒルデ。

 

 

ブリュンヒルデはワーグナーの作曲オペラ「ニーベルングの指環」で

 

悲劇のヒロインとして語り継がれることになったのですが、

 

もう一方ではジークフリートに裏切られ、

 

嫉妬と憎しみに狂った彼女は、自分の夫となったグンターを唆して、

 

ジークフリートを殺害させ、

 

自らも胸に短剣を刺して果てるという説もあります。

 

 

いずれにしてもジークフリートを愛した彼女自身が

 

ジークフリートを死に追いやったことにまちがいはありません。

 

時代にかかわらず、出自にかかわらず、

 

愛憎の歴史は今も昔も変わりありません。

 

 

ジークフリートは神々の長であるヴォータンの孫であり、

 

彼の母はヴォータンのの娘です。

 

ただし、ヴォータンが人間族の女に産ませた娘です。

 

ブリュンヒルデは

 

ヴォータンが知の精エルダに産ませた純粋なる神族の娘であり、

 

またワルキューレ(戦場に遣わされる女性戦士)でもあります。

 

 

このニーベルングの指輪の内容は

 

よく知っている方は沢山ありますので省略しますが、

 

輝くラインの水底から盗まれた聖なる黄金で造られた指環は

 

地の精の呪いがかけられました。

 

その指輪を持つものは死を免れないと。

 

それでもその指環が引きつける魔力の虜となって、

 

激しい争奪戦が繰り広げられるのです。

 

指環は富と支配権力の象徴であり、

 

神族、巨人族、地の精がそれをわが手のものににしようと

 

あらゆる策謀をめぐらします。

 

 

 

その結果がジークフリートとブリュンヒルデの悲恋物語となるのですが。

 

凡人にはわからないのですが、あのように権力と富は心を動かし、

 

魔性へと変貌させてしまうものなのでしょうか。

 

歌の一つ一つ、言葉の一つ一つが深い哲学のような言葉であり、

 

人生の真実を教えられる言葉でした。

 

実に深い意味を持った神話物語です。

 

それにワーグナーの最高の曲で表されるのですから、

 

私のような門外漢のようなものでも感動して、

 

曲が夢の中にまで現れてきそうです。

 

 

変わりなき日常生活の中で、16時間の「ニーベルングの指環」は

 

私を想像の世界へいざなってくれました。

 

神族、巨人族、地の精、水の精、知の精など、

 

ワーグナーの曲と共に今も私の内部で躍動しています。

 

特にブリュンヒルデの美しいソプラノが私の頭の中で鳴り響いています。

 

 2013年10月6日