日記・コラム・つぶやき

2017年11月20日 (月)

カトリックとルーテル教会の和解

カトリックとルーテル教会が和解したというニュースがありました。
10月31日プロテスタントの宗教改革500周年を記念して
「500年の間に起こった対立において起こった互いの罪を認め合い、
一致に向けて働くことを誓う」という共同がなされたそうです。
(2017年11月12日のカトリック新聞)


 カトリックとプロテスタントに分離したことは
キリスト教会だけの問題ではなく、
世界にも大きな影響を与えたと思います。
今地図を見ていても、カトリックの国とプロテスタントの国は
殆どはっきりと分かれ、その地域に対する影響は大きいと思います。
プロテスタントの代表は米国、カトリック国はやはりイタリアでしょうか。
これは教義の違いというだけではなく、
生き方、考え方、周囲との関係など、
人間に性格がちがうように、やはりかなり違っています。


それでもそれを乗り越えて、理解し合って、
一致していこうと努力することは進歩と思いますが。
でも多くのプロテスタントの教会は、
認められないという人たちも多いです。


私のように、初めはロシア正教に魅せられ、
それから米国式(宣教師)の教会に行き、
それから長い年月を経てカトリックに入ったものにとって、
イエスキリストと教会の教義問題は意味のないことのように思われます。
そんなことを言ったら、激しく怒られる方もおられるでしょうが。


プロテスタントの各教会巡り(真剣に探していた)
*プロテンスタト教会ではメソジスト系単立、日本基督教団、アッセンブリー、
バプテスト、聖霊派、アドベント教団、無教会も関心をもち勉強する)

最後になった教会の牧師さんは、説教の中で
カトリックは悪魔だとおっしゃっていました。
カトリックが悪魔なら、他の宗教もみな悪魔でしょうね。
この考えによると。

自分の所だけが正しいとする説教や言い分を聞いていると、
それは神の言葉どころかエゴ剥き出しの論理のように今は思われます。
宗教という仮面をかぶったエゴ・・・
他者を否定し、自分だけに正義があるとすること自体、エゴであり、
真実の神認識とはまったく異なると私は思います。
私自身ここまで来るのに長い月日がかかりましたが、今はそう思います。


だから過去には多くの過ちがあったけれど、
それを認めて、(カトリックは過去の間違いを公に謝罪しました)
謝罪した現在のカトリックの歩み方にはほっとさせられるのです。

いつかすべての人々が理解しあい、許し合い、
助け合うことができると信じたいです。
これは宗教だけでなく、すべてのことに対して・・・



2017年11月20日


 

 

2017年11月12日 (日)

故篠沢秀夫教授の心意気

この間亡くなられた篠沢秀夫名誉教授の在りし日の闘病生活を
NHKのハートネット福祉という番組で再放送していました。
私は教授の本を一冊も読んではいませんが、
以前よくテレビに出ておられたのを記憶しています。
ユニークな方なので、記憶に残っていました。


ALSの病気だということでしたが、
ベッドの上にパソコンと書物をおきながら、
仕事をしておられる映像でした。
会話ができないので、
質問には紙に書いて答えられていましたが、
どの質問にも真摯に向き合い、
文学的、哲学的な回答をしておられました。
この映像は77歳のときのようで、
それから7年もこのようにして、
ベッドの上で仕事をし、本を出しておられたのですね。
いつも明るくおもしろいことを言っておられたのに、
長い深刻な病との戦いの連続だったのですね。


テレビの映像を見ていて、苦労とか大変さよりも、
もちろんそれもそうですが、病を得てなお、
知的な頭を生かし続けるその生き方に深い感銘を受けました。
知的な生活をしている方の頭脳は、
病を得ても、肉体と頭は別物らしく、
健康体のときと同じように動く方がいますが、先生もその通りでした。


ALSという病名で、言葉も発せず、
すべて人の手をかりなければならない状況の中で、
パソコンを覚えて文章をかき、病の中で本を出版されるその意志の強さ。
究極的に人間とは、精神である。という事実を目の当たりに見た思いです。
人間の精神は肉体の衰えと共に弱り、消えるものではないと思います。


むしろ、肉体が弱っていくとき、
精神というか人間の内奥の魂の部分がくっきりと表れて、
輝くという場合があります。
すべての人がというわけではありませんが
晩年、また死を迎えたとき、魂が際立って輝くということがあります。
 だからこそ篠沢秀夫教授のあの前向きの姿に、励まされました。
人間、生ある限り精一杯生きるのだ。
それが務めである。
そんなふうに言われているような気がしました。


奥さんのすばらしいこと。
ニコニコして、疲れもみせず、
先生のすべてを包み込んで守っておられる。
素晴らしい夫婦の姿もみせていただきました。
いい番組でしたよ。
篠沢教授77歳、奥さんは70歳。
亡くなられたときは教授は84歳、奥さんは77歳でした。


これは私たち夫婦のこれから7年先のことです。
私はこの素晴らしい映像を録画して、DVD―Rに入れ、
夫に渡して、
「大丈夫、肉体は衰えても、人間の精神は強い。
頭脳は弱らない。書いていけますよ」と言いました。


夫は48歳から今まで、本を書いてきたので、
とても参考になり励まされたようです。
自分の部屋でゆっくりみながら、
「これは将来の自分にとても参考になる。
人間はどんなになっても、頭は動き、仕事できるのだね。
大事においておくよ」と言いました。


この映像が放映されたのは、篠沢教授77歳のときであり、
現在の夫と同じ年齢です。
篠沢秀夫名誉教授は見知らぬ人間にも、
良き影響を与えられたのでした。
身をもって、励ましをあたえられたのです。


2017年11月12日

 

 

2017年11月 4日 (土)

故渡部昇一先生・・・死ぬことは何の心配もない

書店の新刊コーナーには、
一週間もしたら次々と新しい本が並べられています。
今日も立ち寄ってみたら、新刊コーナーに他のより冊数が多く、
高くなっている本が目につきました。
「魂は、あるか?」という題名で、
この間亡くなられた渡部昇一先生の本でした。
先生はテレビで政治問題や、現実路線のお話が多くて、
私はその方面はあまり関心がないので、一冊か2冊しか読んでいませんが、
今日見た本の帯に書かれた息子さんの言葉でしょうか
・・下記の言葉に引き付けられて、やはり買って帰りました。


それは父(渡部先生)の最期の教え、
「死ぬことは、何の心配もないぞ」でした。
先生はあまり信仰の話は公には言われませんし、
宗教の話はなさいませんでしたが、カトリック教徒でした。
ご家族も全員そのようです。


先生の本を殆ど一日で読み終わりました。
この本には先生の遺言ともいうべき、大事なことが書かれていると思います。
死を前にして、一番大事なことを述べられたのだと思います。


自分と神の問題・・そしてなぜカトリックに入ったのかも。
私はこの本を読んで、同じカトリックだからというわけではありませんが、
すごく安心しました。
私も先生の行かれた所にきっと行くんですね。
すごくほっとしました。


本文8ページに(息子さんの言葉)
・・・死の床にあって父は
「自分ほど幸せな者はいない」と言い切りました。
そして出会う人全てに感謝の気持ちを表し、
死の直前まで取り乱すことはありませんでした。
それはある確信を持った者にしかあり得ない、見事な最期であったと思います。


・・ただすばらしいという言葉しかありません。
このように言える先生の人生は真に誠実であり、
正しい生き方をなさったからでしょう。
良心に恥じることなき、正しい生き方だったのだと思います。
先生はパスカルを尊敬し、深く学ばれました。
そのパスカルが信じた神を先生も信じられたのですが。


パスカルはこのように述べたそうです。
死後の世界や神や霊魂を理性的に証明できるかどうかでなく、
あると信じるかないと信じるかという問題です。
そんなものは存在しないと信じていて、死んでからもなければもともとである。
またあると信じてなかったらこれももともとである。
もともとそれらはなかったのだから。
けれども本当にあったらこれは問題です。
好き勝手な人生を送って、もし神や霊魂が存在したら?
これは取り返しのつかないことになってしまう。
あなたがどちらに賭けるかということです。


神がある方にかけても、何も損することはない。
死んで何もなくてももともとだから。
でももしあったら?
これは恐ろしいことです。
ですから、パスカルは危険率による確率論から、
信じる方にかけることの方が明解なのだと述べたそうです。


それで渡部先生もパスカルと同じように、
神、霊魂、死後の生を信ずる方に賭けられたのだそうです。
そして渡部先生は言われます。
そう信じたことで一度も損をしたことはありません。
信じない人たちよりずっと幸福を味わうことができたといわれます。
だからこそ、確信をもってあの世に帰られたのでしょう。
霊魂、死後の生、神を否定する人もいるけれど、
それはないのだと証明することもできないのです。


いずれにしても、人は平安のうちに、
渡部先生のように
「死ぬことは、何の心配もないぞ」と確信をもって死ねたらいいのです。


2017年11月4日

 

 

2017年10月27日 (金)

私の誕生日

大型台風21号が来たようです。
風も雨も強くなってきました。
それなのに私は教会のミサに出掛けました。(私一人で)
殆ど一年弱、教会のミサはご無沙汰してましたが、
何の変化かミサに与ることがすごく嬉しくなってきました。


ユダヤ、仏教、ヒンズーの学びをしているうちに、
キリスト教の深さがわかってきたような感じです。
他宗教とのちがいではなく、
他宗教から教えてもらったという感じです。
ベトナムの禅僧侶の本を読んでいて、
「ここで(サンガ)学んだあと、あなたのルーツに帰りなさい」とありました。
特にキリスト教徒に対して・・・
他を学び、そして自分のルーツに帰ること・・・それが大事であると。


特に今日は私の誕生日。
ミサに出て自分を祝福したいと思いました。
今日は私の誕生日よと誰に言うわけではなく、
ただ神の祝福を受けたく思いました。
雨、風も私を祝福してくれている。そう思います。


今日の参列者はいつもより少なく席も空いていました。
(それでも150人ほど)、
年寄りの方は安全上来なかったのかもしれません。
教会において人との会話は大切かもしれないけれど、
教会はまず神と自分との出会いであり、
教会は人に会うためではないと思っています。
私の行く教会はミサが終わるとすぐ帰る人の多いこと。
お寺詣でに近い感覚です。
コーヒーとパン(100円)は出るのですが、
ゆっくりしないで帰る人が殆どです。
ミサだけおいでになるのです。
その気持ち、私にはわかるようになりました。


雨の中、すべらないように気をつけて、
ゆっくり帰りました。(この年で骨折は要注意)


夕方には夫が私の誕生祝いをしようと言ってくれたので、
これもまた台風の中、でかけることになりました。
何といいましょうか。
風雨の中の誕生日です。
こういうことをやる夫婦もまた面白い夫婦だと思います。
ホテルで食べる計画は普通の店のなべ焼きうどんとなりました。
でもこれが美味しかった。
そして店のお隣にある本物のコーヒー店。
手作りのケーキと挽きたてのすごくおいしいコーヒーです。
これはちょっと贅沢しました。
誕生日を祝ってくれる人がいるということは幸せなことです。
私はこの幸せを普通だと思ってはいけませんね。


帰り、台風は凄まじかったです。
傘は骨が折れ、壊れました。
壊れた傘で頭だけは守り、
横殴りの風雨の中、夫と濡れながらようよう家に・・
よくやるよと何となく面白くなりました。
忘れられない74歳の誕生日です。



2017年10月27日記す

2017年10月19日 (木)

灯をともされて

今日は朝から一日中雨が降る筈でした。
そのように天気予報がなされていましたから。
それが何と朝から曇り空で殆ど一日中空から雨は降ってきませんでした。
これはよほど強烈な晴れ男か晴れ女がいたからでしょう。


今日はひまわり広場で「ロシア祭」が開催される日で、
ロシアの方々の歌や踊りがあるとのことで楽しみにしていたのです。
広場には雨が降ってもいいようにテントが張られ、
演技ができるようにはなっていました。
軽い気持ちで行ったのですが
ロシアの領事や市長さんのご挨拶もありました。
日本の国旗やロシアの国旗もあり、
日本とロシアの友好親善のための企画のようでした。


美しいロシアの女性(プロの舞踏家)が、
(ロシアカルチャンセンターのカチューシャ)
民族衣装をつけて踊ってくれましたが、神秘的な感じさえしました。
髪は金髪、少し金髪、黒味がかった人、
真っ白い肌、黒い瞳、中近東のような肌の色、いろいろですね。
衣装も何度も取り換えながら、満面の微笑を浮かべて、
ロシア語で100万本のバラを歌ってくれました。
日本人はロシア人が大好きですね。
ダンサーの人たちは日本とロシアの架け橋になっているそうです。
日本ではロシアの歌や踊り、ロシアでは日本の舞(日舞)をして、
大変ロシア人から喜ばれるといっていました。


すばらしかった。
踊りや歌を聞きながら、彼女たちの姿を見ながら、
14歳頃の自分を思い出していました。
ロシアに浸っていたあの頃を・・・


私の精神的(霊的?)原点はロシア文学です。
それもトルストイとドストエフスキーによって、
私は信仰を与えられたのです。
まだ育ち中の青い果実の私の心に
見えない存在が灯をつけてくれたのです。
シベリアの冷たい風よりも、硬い氷の大地よりも、
冷たく凍っていた私の孤独な心に、
温かい灯をともしてくれたのは、天使だったのかしら? 


神、イエス・キリスト信仰は
トルストイやドストエフスキーの信仰でもあり、
その書物を通して彼らの魂が私を導いてくれたのです。
あのときから・・私は神への探求の道を歩き始めたのです。
ダンサーの踊るロシアの世界に触れながら、
当時を思い出して胸が熱くなりました。


罪と罰のソーニャ、カラマーゾフのアリョーシャとイワン、
復活のカチューシャ、
戦争と平和のナターシャ、ピエール、ボルコンスキー、マリア等々・・
私には作品の人物(モデルは存在している)は
私の中では事実実在したのです。
ソーニャもカチューシャも・・


忘れないですよ。
あれから魂の探求を始めたのですから。


2017年10月19日

2017年10月10日 (火)

タイの賢い娘さん

「賢くて、可愛くて、優しい子」
これは、今日のゲストタイ人ウィウさんのお母さんが
「あなたの娘さんはどんな娘ですか?」と聞かれてこのように答えました。
日本人の親では心で思っていても、
かえって反対のことを言ったりしますが、
このお母さんは我が子を心から誉めていました。
事実娘さんはそんな人でした。(現在阪大で国際経済を研究)


お母さんも今日本観光中とかで、親子ゲストでした。
お母さんは純粋なタイ族らしく、小柄で肌は小麦色より少し濃いめ、
でもとてもチャーミングで魅力的な人でした。
お二人とも大の日本好きらしいです。
多文化サロンでしばらく欧米や南米など
日本人とは肌や外見が異なるゲストが続いていましたが、
今回は東南アジアで、私にとってタイの人は初めてでした。
タイの人たちは観光には日本に来ているのでしょうが
あまり目立たないのでわからないのでしょう。


ウィウさんはお父さんが中国系、お母さんがタイ族とかで、
肌は一般のタイの人よりも白く、体形も中国系に似ているようでした。
タイと言われればこの間崩御されたプミポン国王を思い出します。
今も尊敬を一身に受けている大きな存在だということです。


タイは仏教が国教であり、
その浸透ぶりは日本の仏教どころではありません。
でもタイの仏教は日本とはかなり違っているようです。
日本の葬式だけ、何か特別の行事のときだけという仏教ではなく、
生まれたときから存在している自然にあるものという感じでしょう。
だいたいタイもですが仏教国の人は顔が穏やかです。
微笑みが自然に備わっています。
毎日挨拶からして、手を合わせるからでしょうか。
手を合わせながら、きつい顔はできませんから。


今日の30名ほどの皆様とFさんの心をこめたタイの料理をいただきました。
タイの料理は美味しいですね。
大勢の人たちと同じ食事をしながら楽しむのは、とても楽しいものです。

レッドカレー(ココナッツミルクのチキンカレー)と
ヤムウンセン(春雨サラダ)と
カノム・カイ・ノッククラター(さつまいものドーナッツ)が今日のメニューでした。
次回はイタリアの方だそうです。


*日本の仏教を葬式だけと書きましたが、
信仰深い、敬虔な仏教徒も沢山おられます。
そういう方々の熱い信心によって、
千数百年前から続く仏教の法灯は、
今もなお途切れることなく脈々と続いています。
それは日本人の精神構造の基ともなっています。



2017年10月10日

2017年10月 1日 (日)

奈良西大寺展へ行きました

あべのハルカス美術展で公開された「西大寺展」最後の日、
そんなに遠くでもないので夫と出かけました。
日本の仏像美術を見たいと思ったのと、
私の従妹が死ぬ2年前に「西大寺で会おうね」と言っていたのを思い出して、
せめて西大寺の仏像を見て、従妹の供養をしたく思ったのでした。
何度も西大寺に行こうよと従妹がいっていたのに、
私が重い腰をあげなかったのでした。
従妹は薬漬け(病院の)でフラフラしていたけれど、
私が彼女の心の寂しさを察して、いくら交通音痴の私でも
頑張って会えばよかったと今も心苦しく思っています。


海老蔵さんの音声ガイドを聞きながら、
秘仏といわれる仏像の数々をゆっくりと見て回りました。
かつてはどの仏像も金箔が貼られ、黄金色に輝いて、
極楽浄土へと人々をさそっていたことでしょう。
仏像は鑑賞するためではなく、
一体一体が信心のためであったと思います。
仏師は全霊をこめて、彫り続けたであろうし、
それを見る人々はただ頭を垂れて合掌したのではないでしょうか。


仏教のいう救済はキリスト教のいう救済とは少し違うかもしれませんが、
人々の苦しみからの救済を願って、寺が建立され、
仏像がおかれ、人々が救済を求めて集まったのです。
会場に鎮座している諸仏像も
その昔、人々の熱い信仰を受けていたにちがいありません。
仏像の一体、一体に
当時の人々の祈りがこめられているように感じました。
仏教寺院も西洋の荘厳な教会も今は観光のためのようになっていますが、
本来は信仰の場所でした。
神や仏に対する人々の内面的希求が建物として現わされたのです。
たとえ・・・・鑑賞展として見に行ったとはいえ、
そういう思いを持ちながら見ると
畏敬の念と有難いという気持ちが伝わってきます。


「西大寺展」は最後だったので、とてもにぎやかでした。


今、カトリック神父のペテロ・バーケルマンスが日本語で書かれた
「イエスと空海」を読んでいます。
神父は高野山大学大学院博士課程を修了されました。
また四度加行の最終修行もなさり、
またヨーガの指導研修も受けておられます。
分厚い本(443ページ)ですが、
仏教音痴の私にとって、とてもいい教導書です。
神父自身の体験から教えられています。
私の年齢(73歳)でも理解できます。
現在は仏教系とカトリック系の教育機関の間に霊的つながりができ、
お互いの専門家との間に深い友情が生まれているそうです。
すばらしいことだと思います。


仏教やヨーガ(霊的な)を勉強していると、
キリスト教の深い意味がわかってきました。
前から感じていたのですが、
カトリックはかなり内面的にも外面的にも
仏教に類似している部分があります
どこかで深いつながりがあるような気がします。
イエスの言葉は仏教の理解をもってさらに深められます。
信仰とは一生をかけての道なのでしょう。
それはどの宗教においても同じことです。


私は偏狭主義のキリスト教で育ったので、
なかなか多様性とか視覚的な像に対して、
抵抗のようなものがありましたが、
今はむしろ太古の昔から各民族が祈りの対象としてきた女神や神々、
聖人の像や絵に温かみと懐かしさを覚えます。
心がすごく軽くなりました。
我ながら驚く変化です。


2017年10月1日

2017年9月22日 (金)

また本が増えました

久しぶりに教会に行きました。
このブログにも、教会のことはあまり書かないので、
どうなっているのと思う人もいるかもしれませんが、
私がキリスト教徒であることには変化はありません。
ただ本来のイエスの教えは
もっとちがったものではなかったかと思って探求しています。
自分の信仰をさらに深く学ぶために、
キリスト教とは何かを学ぶために、
教会からは少し距離を持とうとしたのです。


カトリックのすばらしさは自由に休暇を与えてくれることです。
カトリック教徒としての籍は
私の出生戸籍のようにきちんと登録されていますので、
こちらがどんな心境でいても、変わることなく
どこどこで洗礼を受けたカトリック教徒としてずっと存在しているのです。
教会に行かなくなったら
背教徒となるプロテスタントとは事情が異なります。


クリスマスだけ復活祭だけと
堂々と言っているカトリックの人も稀ではありません。
また何年も離れている人も沢山・・・
それらすべて認めていて、すべて自由であるというのがカトリックです。
なぜなら、戸籍上は立派なカトリックですから。
死ぬ間際に真面目?になるかもしれませんから。
もちろん、毎週まじめに、また週何回もご奉仕に行っている人も沢山います。


属している教会内にある書店を久しぶりに覗いてみました。
この書店は修道院の管轄ですが、
そこにおかれている本の種類によって、
現在のカトリックが歩もうとしている道がわかるような気がします。
カトリック関係の本、プロテスタント関係の本、ユダヤ教、仏教、
そして禅、イスラム教、またかつてカトリックが異端としてきた
キリスト教神秘主義に関するものなどがおかれています。
あきらかに今もカトリックが異端としているものは除いてますが
(ものみの塔、統一教会、モルモン、また様々な新興宗教など)


また買って帰りました。
4冊です。重かった。
「禅キリスト教の誕生」佐藤研、
「イエスとブッダ」ティクナットハーン
「イエスと空海不二の世界」ペテロ・バーケルマンス
「異端カタリ派の歴史」ミシェル・ロクベールです。
4冊で重さ数キロ


一時空いていた本箱がこの数か月でまた埋まってきました。

イエスの教えとブッダとはとても共通点があります。


2017年9月22日

2017年9月13日 (水)

悩めるスロバキアの青年

家を出て1時間余、難波で電車を乗り継いで着きました。
何度も来ていても、ちゃんと行くかなと思います。
ちょうど会社帰りの人たちといっしょになり、
数十万人が行きかう混雑する駅を歩いていくからです。


というわけで、今日もお馴染みの戸を開けたら、
ゴーデンリバー犬のこまなちゃんが出迎えてくれました。
私は犬が大好きです。
ときどき散歩していると、犬が立ち止まって私をじっと見てくれます。
どこか共通点があるのでしょうか。


部屋の奥の方にこれはまたハンサムというか
彫刻のような顔をした若者がすでに来ていました。
今日のゲストHさんです。
スロバキアの青年です。
黒に近い肩の中程まである長い髪、白い肌、
深くて大きな焦げ茶色の瞳。
大きな身体なのでゲルマンかと思ったら、スラブ人だそうです。
ロシア式の名前・・・・スキーとなっています。


通訳もいたのですが、「日本語でやってみる」ということで、
1時間ほど一生懸命に話しました。
終わったとき拍手したくなりました。
外国語で話すのは大変なことだと思います。
話している途中何度も大きな声で「ウハー、ハー」というので、
日本語につまっているのかなと思ったのですが、
一部はそうであり、もう一部は
あまりにも自国の歴史の説明をするのにため息が出てきたようです。


それほどスロバキアの歴史は過酷そのものであり、
本当の独立を遂げたのは、1993年でその後も混乱しているようです。
ハンガリーに1000年支配されていたということ、共産時代の苛烈な生活。
聞いているほうも「ウハー」といいたくなるほどの歴史でした。


生きることが命がけの国・・
そこから日本に来る人には日本人の生活が
ふにゃふにゃしたような生半可な生き方に見えるのかもしれません。
かなり日本人に対して厳しい見方をしていましたが。
おかれた環境がそれだけちがっているのでしょう。
日本人は平和に慣れ、それが普通なのですが、
大変な国から来た人たちから見て、
ぼけっとしているような感じがするのでしょう。
まあ、事実そういうところもあるのでしょうが・・・・


「わたしには、母国はない。私は一人だ。」Hさんの叫びです。
母国において未来を見つけられないのでしょうか。
若者は国を出ていくといいます。
彼は酒を飲んで荒れたことがあったが、今はやめた。
仏教に触れたということです。
精神的な救いを求めているように見えました。


今白人社会では仏教に関心を持つ人が増えています。
仏教=日本と考えている人もいるみたいです。
仏教の心髄に触れれると思っていたのに、
期待が大きかったのでがっかりするということもあるのでしょうね。
でもよく見れば、しばらく日本に住めば、
理屈ではなく日本人の精神の中に
禅や仏教意識が生きていることがわかるのですが。
Hさんが、滞日している間にそれを実感できたらと願っています。


人種に変わりなく、国に変わりなく、若者は真実に深いものを探している。
今日のハンサムゲストのHさん、
人生は辛いことも多いけれど、上昇ある人生にできるのは
自分だと信じて生きて欲しいなと心から願いました。
スロバキアの国にも、安心と平和が訪れますように。

2017年9月13日

 

2017年9月 3日 (日)

バベルの塔展へ

バベルの塔展の案内です

バベルの塔の絵を見に行かない?」と夫に言ったら、
始めは何でかしぶい顔をしていましたが、
しばらくすると「行こうよ」ということで、
大阪の国立国際美術館にでかけました。


あとで夫の説明によると、
「教会ではバベルの塔の話は
人間の傲慢さに対する神のさばきだと教えられたから。
どうしてそんな神のさばきの絵を見に行きたいのかと思った」
ということでした。
教会 (特にプロテスタントは罪と罰が好き)で、
いつも罪とかさばきを聞かされたので罪アレルギーになっているのです。


「教会では確かにそのように教えられたし、
事実聖書に書かれているしね。
でも今の私には別の解釈があるような気がするの。
この絵は失敗を乗り越えて進む、希望ある人類を描いたと思うの。
何度も神に背き、まちがいをする人間だけど、
その度に間違いを学んで、賢くなっていくのだと思う。
だからバベルの塔は希望を与える絵なのよ」と・・・私の見解。


教会関係の方たちも多く来ていたようです。
周りの会話がイエス様とか聖像とか
教会言葉がしばしば聞こえてきましたから。
バベルの塔を罰として受け止めるか
未来への希望をもち続けるたくましい人間の絵として受け止めるかは
それぞれ異なってきますが。


バベルの絵とともに沢山の版画絵もあり、
これは幽界というか霊界をイメージしたような感じを受けました。
目が弱いので版画の絵はよくわからなくて、
本を買って家でゆっくり見ることにしました。
バベルの塔の絵は想像したよりも小さいもので、
その真ん前で見るために30分並びました。


その拡大版が大きく貼られていましたが、
絵の中にはまるでミクロの世界のような
肉眼では見えにくい世界が描かれているのです。
人間の技だとは信じられない、
イメージに富んだ不思議な世界が広がっているのです。
この絵は神の罰ではなく、
未来に向かって進むたくましい人間の姿だと思いました。
まるで絵の中から人の声や工事の音、機械の音が聞こえてくるようです。
上の方は建物が壊れていますが、
下の方では同じ作業が一心不乱に続いています。
上が壊れていることにも気づいていません。


2800円の重い本を買って帰ったら、
思わぬプレゼントがついていました。
それは75㎝×60センチの迫力あるバベルの塔のの写真でした。
すごい!
早速、居間の壁に貼り、毎日見ています。
励まされますよ。
失敗を恐れるな・・と言われているみたいです。
このエネルギーをご覧・・・と。
数えられない人たちがきっちりと描かれ、
それぞれの役割を果たしています。
空の鳥も海に浮かぶ船も雲までが、人間を応援しているようです。
(実は神々も、応援をしているのかもしれません)


********
聖書 創世記第11章1節~9節


「全地は同じ発音同じ言葉を用いていた。東の方から移り住んでいるうちに、
シンアルの地に平野を見つけ、そこに住みついた。
彼らは互いに言った、「さあ、煉瓦を造ってよく焼こう」。
彼らは石の代わりにアスファルトを用いた。
次に彼らは言った、「町を造り、頂が天に達する塔を建てよう。
われわれの名を高め、われわれが全地に散らばらないようにしよう」。
主は人の子らが建てた町と塔を見るために降ってこられた。


そして主は仰せになった。「見よ、彼らはみな同じ言葉をもつ一つの民である。
これは彼らの業の初めにすぎない。
これからも彼らが行おうと思うことで、成し遂げられないものはないであろう。
さあ、われわれは降りていって、あそこで彼らの言葉を乱し、
互いの言葉が分からなくなるようにしよう」。
主はその人たちをそこから全地の面に散らされた。
彼らは町を建てるのをやめた。それでその名はバベルと呼ばれた。
主がそこで全地の言葉を乱されたからである。
主はその人たちをそこから全地の面に散らされた。
(フランシスコ会聖書)


神は人間が強くならないために、言語を乱され、
世界中に散らされたのですが、人間は神の希望通りになりませんでした。
今ではバベルの塔よりもはるかに高い建物を
言語の違いを超えて、造り上げてしまいました。
あっちもこっちも、雲をつくような高い建物を。
それどころか宇宙までも飛び出しました。


神は人間を懲らしめるために次の計画をされるでしょうか。
それとも大きく逸脱しないかぎりは大目にみられるのでしょうか。
それとも、真実は被造物である人間の成長を喜び見守っておられるのでしょうか。
バベルの塔は、今日もいろいろなイメージを与えてくれます。


2017年9月3日

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