日記・コラム・つぶやき

2017年3月26日 (日)

大変です ベネズエラ

いろいろな国の人たちに会うことはとても刺激になり、

知識が増し、何よりも独断的偏見が消えていきます。
私が・・自分の国だけが・・自分の民族だけが・・・・
というだけがという考えがもっと広い視野にたって考えれるようになります。
地球上は決して平和ではないけれど、
いろいろな価値観、人種、民族が懸命に生きているのだとわかってきます。
だから、チャンスがあり次第、そういう集まりに出ようと思っています。


今日は別の多文化サロンにでかけました。
こちらはいつものようにゲストの国の食事付です。
珍しい食事を食べることができて、居ながらにして、
外国に行ったような気分です。


ゲストの話が終わって食事中、前の席の人に話しかけたら、
その人は最近来始めたとのこと。
外国に行ったことはないけれど、ここに来ると
普段は会えない国の人に会えて
外国旅行をしたような気になると言っていました。
時にはゲストの方が民族衣装を着てきたり、
お国の歌を歌ったり、楽器演奏をしてくれるので、楽しいとのことでした。


今日のゲストはベネズエラのEさん(若い男性、阪大の留学生)です。
ベネズエラというと、石油大国、チャベス大統領、
とイメージがわきますが、
現実のベネズエラは大変なことになっているようです。
ゲストの方はみな自分の国を愛しているし
自慢にしたいとこともいろいろあるのが普通ですが、
今日のEさんは努力してもだめだったみたいです。
1時間以上の時間を自国民の困苦に満ちた現状を切々と説明していました。
これはよほどのことでしょう。


超インフレ、闇の取引、食料難、
そして何よりも明日の命が保障されないような酷な現実。
「自分を守るのはどうするのですか?」という質問に
「幸運・・」ということを第一にあげました。
運がよければ生きられるということですか?
・・数十分に一人の命が失わているといわれます。
警察は市民を守るどころか、安全を脅かす存在でもあるとか。


映像を見せてくれましたが、延々と続く長い行列
何時間も並んで、食料を手に入れるのだということ。
それも日々インフレで、値段は昨日の値段が今日の値段ではなく、
それも物資が不足して、店の棚はガラガラ・・
人々の心はお互いを思いやるどころか自分を守るために、
他者と争うこともある。


同じ人間として地球に生まれて、
ある人は悲惨な国へ、ある人は平和な国へと・・
どうしてこのような不平等が誕生したときからあるのかと思いますが、
そればかりは私の頭脳では解き明かせません。
なぞです。
ゲストのEさん、母国のことを思い、日本での研究が終わったら
国に帰り何とか貢献するのだと言っていました。


私にとって理解できないことがあります。
それはカトリックというかキリスト教と社会主義の関係です。
この二つは相容れない思想だと思っていたのですが、
何か共通することがあるのでしょうか。


ベネズエラはカトリック国で、
ゲストのEさんは家族全員カトリックだといっていました。
Eさん、ときどき聖書やキリスト教の話も混ぜながら話していました。
そういう風土なのに
独裁的社会主義国になるということが理解できません。

 

少し勉強してみます。


2017年3月26日

2017年3月19日 (日)

スーダンの美人さん

今日のコラボのゲストはスーダンの人でした。
ゲストの名はニーマさんといい、
もともとスーダン人は整ったきれいな人が多いですが、
今日のニーマさん、
薄墨色の肌にとてもよく似合う民族衣装を着てきました。


均整のとれた体、瓜実顔の優しい表情、
1センチほどある長いまつ毛、
笑うと真っ白い歯が真珠のように輝いていました。
頭から全身を美しい絹の布で覆っていました。
総模様の絹です。
日本のきものも外国人からみたら、あのように見えるのでしょうか。
優雅で、優しく、女性らしさいっぱいです。
そして阪大で博士号をとるために勉強をしている方です。
私は理性と優雅さ、これが備わっている女性を最高だなと憧れています。
(私にはとうていないから)


シーマさんはスーダンの事情を詳しく、説明してくれました。
私には北スーダンと南スーダンの区別もよくわかりません。
日本で伝えられるニュースは南スーダンのことが多く
これがスーダン人すべてのことだと思ってしまいます。
今日のゲストの方は
よくわからないこの辺のことを詳しく説明してくれました。
自衛隊が派遣されているのが南スーダンで、
北スーダンとはとはまったくちがう国だそうです。


もともとスーダンはアフリカでも3番目の面積でしたが、
そして一つでしたが、
トルコ、エジプト、英国の植民地になるうちに、
二つの国に分離してしまったそうです。
長い内戦の悲惨な経験を経て、今日があるそうです。
とくに英国の支配のもとで、北はイスラム
南はキリスト教徒の多い国となったそうです。
南北の行き来は英国に禁止されてから、途絶えたようです。
北スーダンはイスラム教徒が97%で、
資源は南ほどではないようですが、平和なようです。


南は一つのスーダンという全体から独立した
新しい国のようです。
今大変な状況になっているのは、南で北は関係ないようです。
スーダン人の結婚式には800人から1200人位集まるということ。
身内、知り合い、知り合いの知り合いと多くの人々が集まり、
5日間も続く結婚式だそうです。
スーダンの家は広くて、20人は泊まれるとのこと。
それにしてもその光景はちょっと想像できません。


人種は他民族国家で600の民族がおり、
公用語はアラビア語だそうです。
ニーマさんはアラブ人だそうです
私はアラブ人という方に会ったのは今日のニーマさんがはじめてです。
「結婚式にそんなに大勢呼ばなくてはならないとすれば、
結婚できない人が出てこないですか?」の質問に、
「そういう問題もあります。でもスーダンでは
以前は11人もの子供を産んでいましたが、
今は2、3人です」と言っていましたが、
多分ニーマさんは裕福な階級の出であろうと思いました。
どこの国にも貧富の差はあります。


珍しいものを見せてくれました。
イスラム圏の男性の着る真っ白い衣服です。
サウジアラビアの王様も着ています。
純白に見えるあの服と
頭に被る帽子インマとかいうのを見せてくれました。
遠くから見ると白だけでわかりませんが、
帽子にもびっしりと細かな模様が刺繍され、
それは見事な芸術作品でした。
素材は多分、シルクかコットンでしょう。

ニーナさんは、イスラムの男性が頭に被る布の巻き方、
そして女性が一枚の広い布を巧みに使い、
全身を覆う方法を教えてくえました。
一枚の布がみるみる立派な衣になっていくのです。
これは、古代からの知恵でしょうね。
ミシンは不要ですし、体形も関係ない、何とも便利です
豪華にもできるし、簡素にもできます。
日本にも流行しないでしょうか。


ニーナさん、最後に集まった一人一人の側に優しく寄り、
名前を聞き、アラビア語で書いてくれました。
夫のも、私のきれいなアラビア語で、そして握手して・・・・・

「サローム、サローム」というのが、挨拶でした。
「平和」という意味です。

本当に「サローム」です。


2017年3月19日

2017年3月11日 (土)

中西輝政氏集中ゼミ

中西輝政先生のプロフィールです

3回にわたる中西先生のゼミを夫と共に受講することにしました。
人数は30人と制限つきで、
夫と一緒だから気軽に申し込みましたが、行ってびっくり。
3回が終わったらレポートの提出だそうです。
困ったな・・・・夫が書くのを少し変えてだそうかしら・・


これは本当の勉強形式です。
ただ先生とは非常に親しく、膝突合せてという感じです。
偉い先生なのに、とても気さくなお人柄で、安心しました。
30名中、女性は5名だけでした。
もともと私は政治や国際問題、女性がちょっと遠慮するような
小難しい出来事に興味があるのですが、
今起こっている国際問題の行方
これからの日本はどうなるかといったことを
時事学問のように勉強するのには、初めてのこともあり、
1回目は緊張しました。


あらためて日本のおかれている位置の難しさを思いました。
これから10年間、日本は日本として生き残れるのかなと
少しではなく、かなり心配になりました。
ロシア、中国、米国、位置的に日本は
三方からの圧迫を受けるよう運命づけられています。
何かが動き出すとそれが顕著になり、
自動車の運転を誤ったら大変なことになるように、
判断と決断を誤ったら、どんでもないことになりそうです。


先生のお話を聴きながら、国をリードして下さっている首相をはじめ、
政治に携わる方々が正しい方向に
国をもっていってくださるようにと願うばかりです。
何といっても、国のリーダーの資質が大きな影響を与えます。


中西先生は世界が変わったことを
一番わかってないのは政治家だと言われましたが、
それでは困ります。
米国のトランプ、ロシアのプーチン、中国の習近平、
北朝鮮の金正恩、いずれも手強そうな政治家で、
日本の国の周辺は波高しという感じです。


1時間半の講義の後、質問になりましたが、
半分以上の方は帰られ、女性は私一人になりました。
年取った女性が残って聞いているのを見て先生は、
ときどき珍しそうな目で私を見ていました。
ほんと、珍しいと思いますよ。
でも2時間ほど一生懸命に聞いたので疲れました。
講義の内容は1回目は日本にとってあまり楽しいものではなかったので、
よけい疲れたのかもしれません。
3回目くらいからは希望が出てくるのではないでしょうか。


2017年3月11日

 

2017年3月 3日 (金)

最終?のホームの見学

新聞のチラシの中にソンポの老人ホームが
何とうちから歩いて15分ほどの所にできていて
入居者の募集と見学会をやっていました。


先月、近いので散歩がてらにと思って、
見学を申し込み夫と行きました。
すぐにわかる筈なのに、なかなかわかりません。
ようやく一人の婦人に聞いてみたら、
立っている場所の真ん前がそのホームでした。
どうしてこんなにわかりにくく、
おまけに大きな字で建物の名称が書いてないのかと思いましたら、
これには理由がありました。


そのことはホームを案内してくださった方が説明してくださいました。
近所の人にも知れないほどにひっそりと
他のマンションの一つのように存在していることが大切なのだそうです。
そういう時代なのですかね。


外側から見るよりも内部はとても清潔で無駄な装飾はなく、
ワンルームの室内は25㎡もあって広々とした感じでした。
浴室、キッチン、下駄箱、トイレ、洗濯機置き場、冷蔵庫置き場、
普通のマンションの一人暮らしができる設備がすべて揃っていました。
クーラーももちろん。
これは新しい形のホームで国も推奨しているそうです。
自由でプライバシーが尊重され、鍵も自分でもっている。
必要なときだけ、食事や介護、病院にお世話になる。
外出も自由だそうです。(洗濯機、冷蔵庫は自分持ち)


そして認知症の人ももちろんOK。
24時間見守り体制でいつでも飛んでこれる。
最後の看取りもしてくれる。
従来の施設の団体行動や、生活すべてが規制されたものではなく、
自宅にいるのと同じ状態で、必要なときに援助を受けるということでした。


説明を聞きながら、老々介護の悲惨さを避けるためにも、
どちらかが本当に弱ったとき、
このようなホームにお世話になるのがベターではないかと思いました。
ベッドだけが世界という病院での末期よりも
このような部屋で最後を迎えたいと思います。
今の自宅での最後は24時間体制でもないし、
老いたどちらかが介護することになり、
それは不可能なことだと思うようになりました。
夫婦でもできるだけ相手に犠牲を強いないこと。
それが長年連れ添った相手への思いやりだと思います。
自宅圏内にあるということは
残された一人が家にいてもいつでも会うことができます。
ましてやいつでもOKの独立した部屋なので遠慮もありません。
ただ車いすに対しての配慮は十分ですが、
大きな物入れがないのにはちょっと困るのではないかと思いましたが、
それは欲張りでしょうか。


将来はどうなるかはわかりません。
必要がない場合もあるでしょうが、でもいざとなったら
このホームのような所もあるのだと知っているだけでも心強いです。
「入所者の年齢は何歳ぐらいが多いですか?」の質問に、
「80歳前後です。100歳の人もおられますが」ということでした。


それで肝心の費用は?
入居のための敷金、礼金はゼロですが、
月々の家賃と24時間体制の見守り代と合わせると14万円ほどで、
それと必要に応じて食事代、光熱費、介護代がかかるそうです。

やはり人に頼らなければならなくなるほど、費用はかかります。
毎月20万から25万というところでしょうか。
やはり大きなお金です。
うーんと考えてしまいますが。
家族に世話をけるか、お金で解決するかですが、
だいたい家族なんていません。
老いた配偶者だけです。
やはり最後は弱った体力と頭を駆使して考えなければなりません。


あと15年、私はどうなっているでしょうか?


2017年3月3日

2017年2月25日 (土)

もう一人の私

今大好きなケルト音楽を聴きながら、書いています。
大好きです。ケルト音楽は日本人の心情と通じるところがあります。


林芙美子という有名な女流作家がいます。
放浪記の作者です。
彼女のかなり分厚い放浪記とエッセイの数々も読みましたが、
いろいろ教えられました。
個性豊かな、そして独立心の強い、
また生活力も備えた彼女でしたが孤独でした。
作家仲間からも、家族的にもそうだったのかもしれません。


表面は普通の顔をしていても、自分の奥深いところにおいて
その本体である私という孤独の部分をじっとみつめていたのでしょう。
人間は真剣に自分というものを見つめ、自分の内部を探求していくと、
そこに深い孤独のようなものを知ることになるのです。
でもそれを見つめるのが怖いと
表面だけの活発さを追い、逃げようとします。
物に人にすがっても、
あるいは私の場合証明不可能な神話的物語の中に無理に入ろうとしても、
私の内部のそれこそもう一人の私が拒絶してしまいます。


林芙美子は彼女はこんなことを言っていました。
「私は一人ではない。私の内部にもう一人の私がいる。私は私に話しかける」と。


私には彼女の言葉がよくわかります。
なぜなら、私の今までの人生でどうしょうもなくなったとき、
私は黙って自分に問いかけました。
自分自身へ、自分の名前を呼びながら・・
あれほど好きな書物にも頼らず、一切読まず、
人に聞くことなどもちろんなく、そして神にも助けを求めなかった。
やはり自分の中の自分の本体に答えを求めました。


不思議なことですが、私は神を信じてきましたが、
神に助けを求めたことはないのです。
鏡に映る自分が本当の自分ではない。
それは外皮にすぎないと思います。
死んだら消えてしまう肉体(外皮)が本当の自分ではありません。
それは本体(魂)である自分を覆っているものです。
人によって見栄えのよい服かそうでないかのちがいです。
私という本体はこの広大な宇宙に存在し、
生きとし生けるものの源である名をつけることもできない
大きな存在と結びついているのだと思います。


そこから命をいただいているのです。
それは一宗派の神のようなものではなく、
もっと広大な、そしてそれは外にも内にも充ち溢れた存在です。
ケルトの音楽を聴いていると、
空間に無限にそして自由へと大きく自分が広がっていくのを感じます。
内奥に潜む魂の躍動を感じます。


2017年2月25日

2017年2月18日 (土)

新しい転換へ

私の内部に燃え続けていた灯が静かに消えていきました。
けれどももっと大きな灯が私の内部で燃えてきました。
もっと力強い、理性的な、健康的な核のような力です。
今ははっきりと書くことはできませんが、
現在の私は教会からは離れています。
原因はキリスト教の根幹にかかわることなので、
今はあえて言いません。
背教者ユリアヌスの心境です。
一年間の必死の探求の結果です。


私の心境に近い人が日本人にいないかと思ったとき、
高村光太郎がすぐに浮かんできました。
高村の宇宙観、自然観、至高的存在に対する畏怖と尊崇(宗教ではない)は、
今の私の心の内部を代弁している」ようです。

 

********

少し長いですが「道程」を読んでください。
高村光太郎の代表的な詩で若い頃から大好きでした。

 

「道程」

どこかに通じている大道を僕は歩いているのじゃない。

 

僕の前には道はない。

僕の後ろに道はできる。

道は僕のふみしだいて来た足あとだ。

だから

道の最端にいつでも僕は立っている。

 

何という曲がりくねり

迷い迷った道だろう

自堕落に消え、滅びかけたあの道

絶望に閉じ込められたあの道

 

ふり返ってみると

自分の道は戦慄に値する

支離滅裂な

またむざんなこの光景を見て

誰がこれを

生命の道と信ずるだろう

それだのに

やっぱりこれが生命に導く道だった

 

そして僕はここまで来てしまった

このさんたんたる自分の道を見て

僕は自然の広大な慈しみに涙を流すのだ

 

あのやくざに見えた道の中から

生命の意味をはっきりと見せてくれたのな自然だ

僕を引きまわしては目をはじき

もう此処と思うところで

さめよ、さめよと叫んだのは自然だ

これこそ厳格な父の愛だ

 

子供になりきったありがたさを僕はしみじみと思った

どんな時にも自然の手を離さなかった僕は

とうとう自分をつかまえたのだ

 

丁度そのとき事態は一変した

にわかに眼前にあるものは光を放射し

空も地面も沸くように動き出した

そのまに

自然は微笑をのこして僕の手から

永遠の地平線へ姿をかくした

 

そしてその気魄が宇宙に充ち満ちた

驚いている僕の魂は

いきなり「歩け」という声に貫かれた

 

僕は武者ぶるいをした

僕は子供の使命を全身に感じた

子供の使命!

 

僕の肩は重くなった

そして僕はもう頼る手が無くなった

無意識に頼っていた手が無くなった

ただこの宇宙に充ちている父を信じて

自分の全身をなげうつのだ

 

僕ははじめ一歩も歩けない事を経験した

かなり長い間

冷たい油の汗を流しながら

一つところに立ちつくしていた

 

僕は心を集めて父の胸に触れた

すると僕の足はひとりでに動き出した

不思議に僕はある自憑の境を得た

僕はどう行こうとも思わない

どの道を取ろうとも思わない

 

僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがっている

その間に花が咲き水が流れている

石がありみないききとしている

僕はただあの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく

 

しかし四方は気味の悪いほど静かだ

恐ろしい世界の果てへ行ってしまうかと思うときもある

寂しさはつんぼのように苦しいものだ

僕はそのときまた父に祈る

父はその風景の間にわずかながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を僕に見せてくれる

同属を喜ぶ人間の性に僕は震え立つ

声をあげて祝福を伝える

そしてあの永遠の地平線を前にして胸のすくほど深い呼吸をするのだ

 

僕の眼が開けるに従って

四方の風景はその部分を明らかに僕に示す

生育のいい草の陰に小さい人間のうじゃうじゃはい回っているのも見える

彼らも僕も

大きな人類というものの一部分だ

 

しかし人類は無駄なものを棄てて腐らしても惜しまない

人間は鮭の卵だ

千万人の中で百人も残れば

人類は永遠に絶えやしない

棄て腐らすのを見越して

自然は人類のため人間を沢山作るのだ

 

腐るものは腐れ

自然に背いたものはみな腐る

僕はいまのところ彼らにかまっていられない

もっとこの風景に養われ育まれて

自分を自分らしく伸ばさねばならぬ

子供は父の慈しみに報いた気を燃やしているのだ

 

ああ

人類の道程は遠い

そしてその大道はない

自然の子供らが全身の力で拓いて行かねばならないのだ

歩け、歩け

どんなものが出てきても乗り越してゆけ

この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ

 

僕の前に道はない

僕の後ろに道は出来る

ああ、父よ

僕を一人立ちさせた父よ

僕から目を離さないで守る事をせよ

常に父の気魄を僕に充たせよ

この遠い道程のため



2017年2月18日

2017年2月11日 (土)

倒れたご婦人

今日も風吹く寒い日でした。
最近私も外を歩くとき意識して歩くようになりました。
転んで頭を打ったり、骨を折ったりするからです。
「年取ってから転ぶことはくれぐれも注意しなければ」とあります。
年を取るとこれが認知症の原因にもなるらしいです。
今日(6日)いつものように千中に買い物に行って、
エスカレーターーに乗ろうとしてふと後ろを見ると
数人の人が集まっていて、
その足下にグレーのコートを着た人が横たわっています。


どうしたのかと近づいてみると、
ショッピングカーをもった70代後半らしき婦人が倒れていました。
震える手に血が飛び散っています。
どうも倒れるときコンクリートに頭をぶつけたようです。
私の他に若い子供連れの奥さん、かなり年配の老婦人、
そして50前後のきびきびした女性が側にいました。
・・救急車は誰かが呼んだようです。


50前後の頭の回転の速い女性は看護師さんらしく、
倒れたままの婦人を起こそうとはしませんでした。
頭を少し持ち上げてあげて、
不安と痛みにある倒れた婦人にずっと語りかけていました。
・・「家族の人に連絡とれないの?携帯はないの?」
と看護師さんが聞くとうっすらと目を開けて、
ショッピングカーを震える手で指示していました。
私は何もできないまま、いっしょに救急車を待っていました。


日本の救急車はやはりすごいです。
到着して5分も経たないで、さっさと婦人をベッドに乗せて、
それもベッドを起こした状態で、急いで走って行ってしまいました。
それから、倒れた婦人のショッピングカーもきちんと乗せて・・
周囲にいた数人の人たちは隊員に向かって「お願いします」と言っています。
まるで自分の知り合いのように。
他人のことなのに、自分のことのように。


私は他人のこととして見れませんでした。
どこで思わないときに、倒れるかもしれないのだと、
自分のこととして見てしまいました。
千中で倒れた人を何回も見ているからです。
車いすごと横転してそのまま横倒しになっていた老婦人、
エスカレーターからショッピングカーごと下まで落ちて
血を出して倒れていたやはり老婦人、
転んだのか道路に血を出して蹲っていた年配の男性など
・・・その他知り合いの人も。


「急に倒れちゃったの!三か月の入院よ」とか言っています。
やはり80代前後が多いですね。
そうなるのでしょうか。
明日は我が身、毎日のように救急車が走っています。
他人事とは思えなくなりました。
でも日本人は優しい。
必ず心をこめて世話をしてくれる人がいる。


今日の名も知らない看護師さん。素晴らしかったです。


2017年2月11日記す

2017年2月 4日 (土)

オランダのゲルマンさん

わざわざゲルマン人と書きたくなったのは、
先月(17日)のコラボの講演でゲスト本人のお話よりも、
その体格の立派さに「ゲルマン人」という」印象が強かったからです。


ゲルマンは北欧、ドイツ、スイスなど北ヨーロッパに多いですが、
特徴は一般的にごついという感じです。
優雅とかエレガント、
女性が追いかけたくなるようなタイプではないような・・
今日のお話はまじめ一方・・
オランダには美しいチューリップ、水車、素敵な民族衣装、
そしてゴッホやレンブラントなどの画家もいます。
ところがそのような話は関心がないのか全く触れず。
彼の名はトムさん。
24歳、阪大の留学生、身長191センチ、
講演が終わって話の内容の記憶がない
ということはあまりないのですが、今日は特別です。
それとも私の記憶力が弱くなってきたのでしょうか。


トムさんによるとゲルマン人は身体が大きいのだそうです。
男性は平均185㎝、女性は174㎝、
でどちらも世界№1ですか?


数年前にギボンの「ローマ帝国衰亡史」を読み始め、
これを全巻読もうと意気込んだのでしたが、
途中私にとっては重大な思想上の問題の探求が起こり、
半分だけ読み、イスラムの台頭からはそのままになっていますが、
その中にローマ兵の主戦力ゲルマンが出てきます。
ローマに制圧されたゲルマン人は
その体力と勇猛果敢のために良き?ローマの兵士として
戦力となっていきます。


剣闘士にさせられたものもいます。
彼らは背が高く、美しいとギボンは書いていました。
そして酒以外は(酒が大好き)キリスト教徒よりもまじめであり、
彼らの生活はきわめてまじめであり、ルールに厳しく従い、
女性もいざとなったら武器をとって戦う。
名誉を重んじ、辱めを受けるなら自害していくとありました
何か性格が日本人と似ているなと読みながら感じたことでした。


今日のトムさんは黒髪、黒目でしたが、
金髪、碧眼、白色がゲルマンには多いのでしょう。
2メートル近い大男の兵士軍団は想像するだけでも、
戦車の塊が来るようで恐ろしくなります。
トムさんの話は忘れましたが
ゲルマン人のことを想像できてよかったです。
「ゲルマン人はローマからは野蛮人とされていた」とトムさん。
でもギボンはゲルマン人の精神を評価していました。
ただ、話し合いや戦争でも酒を飲んでいたとありましたが・・


*******

私の隣にいたご婦人が話しかけてきました。
聞いていたら、15分以上も。
講演も終わり、あとは質問に答えていたので、
まあいいかと思って聞くことにしました。
私は私語はきらいですが、「私の夫は5年前に亡くなり、
ショックで体を壊し入院していて、
ようやく元気になった」という話だからです。
知らん顔もできませんでした。
仕事をしていたご主人がある日急に死んでしまった。
何もかもご主人に頼っていたので、
そのショックからなかなか立ち直れなかった。
今は息子と住んでいて、娘は銀行に勤めている。
一戸建ての家に住んでいるけれど、
便利な町にマンションを買うつもり。
4000万円くらいなのを。
毎月命日には墓参りに行く。などなど・・・
ご主人はいるの?(今日は私一人でいったから)「いますよ」というと、
ご主人を大切にね。・・・というお話でした。


2017年2月4日記す

 

2017年1月27日 (金)

日高義樹講演会に

日高義樹講演会に夫婦で行きました。
数年前にもお聞きしましたが、
今度はドナルド・トランプ氏が新大統領になられた直後だけに
どんなお話をされるのかと興味津々と
いくばくかの不安も持っているからでした。


今日の出席者はかなりの人で250名から300名というところでしょうか。
私たちと同じような年配というか老輩といった方がいい方たち、
それも男性が非常に沢山でした。
日高さんは齢を取られたように見えましたが、年齢は何と82歳です。
そのお年で日本とアメリカを行き来しておられるのですね。
ハドソン研究所客員上級研究員であり、
今もばりばり活躍しておられます。・・・
トランプ大統領のように真っ赤なネクタイをしての登場です。
小柄な方ですが演題に立たれると大きく見えます。
まっすぐに伸びた姿勢、きちんとした服装、
マナーの良さ、立派な紳士ぶりです。
さすが国際的な論述者です。


お話も聴衆の聞きたいことをかなり詳しく話されました。
アメリカでの日本の立場、またどのように思われているのかも、
日本にいてはわからないことを話されました。
米国はトランプ大統領でこれからどうなっていくのか?
「クリントンよりもいいです。
クリントンが大統領になっていたら、世界は大変になった。
日本にも、米国にも危機的状況になった。
とりあえずトランプで止められたけれど。
しかしトランプにも要注意がいくつかある。
国内の反乱問題。米国第一主義による国際関係の問題など。・・・


」国際問題に関しては、
ここ数年で起こるかもしれない恐ろしいことをいわれましたが、
これに関しては本を買って読まれることをおすすめします。
トランプ大統領はメディアが嫌いですが、日高さん、笑いながら・・
「新聞記者はね。頭が良くて、性格が悪いんですよ」ですって。


米国は日本人が思っているほど、
日本やアジアのことは考えていないということでした。
何が起ころうとあまり関心がないそうです。
自国のこと、ルーツがあるヨーロッパ、
そして中東で手いっぱいで、
日本を取り囲む周辺国のことなど、頭にないといわれて、
少なからぬショックでした。


戦後70年、あまりにも米国を頭と思ってきたのでしょうか。
米国の軍事力は圧倒的だけれど、
米国より弱い国は核を使用する危険があるそうです。
核の抑止力が希薄になり、いつ使用されてもおかしくない。
これが現在の状況らしいです。
日高さんの本に興味のある方は読んでみてください。
核と戦争・・これが非常に現実味を帯びているらしいです。
「正月早々良い話でなくて・・」といって
日高さんはお話を締めくくられました。
明日何が起こるかわからない、時代に突入したということでしょうか?


******

ここは旧大阪の中心地。
たこやきを買ってお店の人に「電車に乗って帰るのよ」といったら、
ネギを山盛りサービスしてくれた。
1時間ほどして家に帰り、ネギ満載のたこやきを食べる。
さすが大阪のたこやき、おいしさ日本一。・・
この幸せが思い出の中だけということになりませんように。


2017年1月27日

2017年1月20日 (金)

琴と尺八

https://www.youtube.com/watch?v=Yrgc8ZIjII0

永廣孝山師の尺八と琴です
すばらしかったです

今日(13日)は一年に一回の室内の排水管の清掃の日です。
演奏会の時間と殆どかち合うので
行くのはあきらめていましたが、「行こうよ」と夫。
今までは私の方が行きましょうと言うのですが、
最近は俄然積極的になった夫の方から「行こうよ」と言います。
22日で77歳になる夫の精神年齢は
ますます若さを取り戻したようです。


ということで何とかなると、急いで帰ればいいということで、
「琴と尺八」の邦楽を聴きに行きました。
早めに行ったので前から2番目。
今日の尺八と琴の演奏者はプロ中のプロ。
気構えも最初から違います。
和服姿と和楽器はやはり合いますね。
新春を飾るに相応しい宮城道雄の春の海からの始まりです。


琴の音を聴くとどうしても亡き母を思ってしまいます。
母の形見の琴と琴爪を私は母であるかのように愛でていました。
琴は続けなかったけれど、あの琴をもう一度抱きしめたいと思いますが。
奏者の手の動きを今日はじっと見ていました。
前の席だったので、琴をつま弾く手の動きがよくわかるのです。
琴は優しい楽器に思えますが、指先の力が必要です。
そして両手を使います。
母の琴爪は人間の指の爪の形をした象牙でした。
今は白い親指の爪ほどの四角な形をした爪です。
やはり象牙でできているのでしょうか。


琴は絶えず音を調整する必要があり、
一曲ごと、または演奏中も13弦や17弦の琴の音を調整していました。
すごく敏感な楽器です。
尺八と琴の合うこと。どんなジャンルの曲でも弾けますが
やはり日本の歌はしっくりきます。
尺八でインカのコンドルは飛んでいくを聴きましたが、
尺八の音はぴったりです。
アンデスの空に向かって吹いても、違和感はありません。


夫、感激して涙が出たとのこと。
私も日本人としての琴線が震えたような気持ちでした。
どの民族にも民族としての魂がありますが、
それが揺り動かされるのを感じたことです。
音楽は心を揺さぶります。
言葉はなくても、五感を揺さぶります。


とにかく強く、優しく、優雅で、誇り高い・・・
日本の楽器には殆ど宗教性というか、精神性が共にあるというのか、
冗談では弾けないような雰囲気があります。
その楽器を前にすると、膝を正しくしなければならないように。
太鼓、琴、尺八、笙、笛など、よくわかりませんが、
音楽とは神前に捧げるものだったのでしょうか。
すばらしいひと時が終わって、慌てて家に帰りました。
排水管の掃除に間に合いました。


*尺八演奏者は永廣孝山師 都山流 文科科学大臣賞3度受賞

 13弦箏奏者 太田道嶺師 

 17弦箏奏者 清水真知子師でした。


2017年1月20日

 

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