書籍・雑誌

2016年2月 3日 (水)

最近の読書

年齢のせいもあるけれど、最近血圧が高くて、
自分でも要注意だと思いながら、
それでも毎日2時間ほどの読書は欠かせません。
これは義務ではなく、私の生命線のようなものです。


去年もいろいろ読みましたが、今年になって読んだ本は
「不干斎ハビアンの思想」梶田叡一著を読みました。
梶田先生は前M教会でお会いしました。
梶田先生はカトリックの信者ですので、ごいっしょできたのです。
こんなに偉い先生に丁寧に教えていただいたのは、
やはり教会だったからでしょう。
梶田先生の著書とお話はまたの機会に譲ることにして、
なぜ山本七平の著書に興味をもったかといいますと、
梶田先生が大きな影響を受けた人として書かれているからです。


それで山本七平の数ある著書の中から
「静かなる細き声」を取り寄せて読みました。
何十年か前、山本七平氏は「日本人とユダヤ人」
イザヤ・ベンダサンの訳者として知られていましたので、
私も名前は知っていましたが、
著書を真面目に読んだのは初めてでした。


山本七平氏が生まれながらのキリスト教徒で、
それも3代目であるということを初めて知りました。
(御両親は無教会派のクリスチャン)
「静かなる細き声」を読んで、さらに読みたくなり、
300万部売れたという「日本人とユダヤ人」、
それから「戦争責任と靖国問題」、「日本教」
「人生について」を読み終え、
今「私の中の日本軍上下」「宗教からの呼びかけ」を読んでいます。
とにかく夢中になって読んでしまいます。


こんな人がいたのかという驚きとともに、
梶田先生に感謝したいです。
梶田先生の著書「不干斎ハビアンの思想」も深く教えられました。
この著書は現在のカトリックの第二バチカン公会議の考え方に
とても参考になります。
アマゾンで山本七平の著書は手に入ります。
約143冊が出ています。
ですが、七平氏の著書は216冊あると、
どなたか熱心な山本七平の読者の方が書いておられました。


本を読んだ人の感想にこんなことが書かれていました。
「一度は読んだほうがいい。戦後の思想の一部を変えた、
知性の原点となる体験、そして観察を。
・・・山本七平は戦後最大の、20世紀最大の日本の知性である」と。
どの本も文章が易しく、読みやすいです。
次々読みたくなっていくのです。
氏が命がけで書かれた著書、これだけの文章を書店も経営しながら、
何度も病気と戦いながら、
他者からの攻撃を受けながら、書かれたということ。
どの本も氏の遺言のような気がします。


氏にとっては、内村鑑三が一生を貫く大きな影響を与えたようです。
ご両親が無教会の信者であり、
氏は幼い時から聖書の句や文章を暗記させられたとのこと。
氏は教会の日曜学校にまじめに通い、
青山学院教会で洗礼も受けておられ、
冒頭の梶田先生とはカトリックとプロテスタントのちがいこそあれ、
生まれたときからキリスト教徒というのは同じです。


読めるだけ読んでいこうと思います。

読書は最大の楽しみです。
知らなかった広い世界へ連れていってくれます。



2016年2月3日


2014年1月14日 (火)

「老後はひとり暮らしが幸せ」を読んで

書店である本が目にとまりました。本の題名に引き付けられたのです。

「老後はひとり暮らしが幸せ」(水曜社出版)

ひとり暮らしが?・・・幸せ? それはどうしてなの?とこう考えて手に取り、

パラパラと本をめくり、目次をさーと読んで、買うことにしました。

家に帰って読んでみて、なるほどその通りだと何度もうなずきながら、

これはこれから年取っていく私に参考になると感謝しました。

医学博士で日本耳鼻咽頭科専門医、辻川覚志先生の著書です。

本の後ろに本書の調査方法と分析についてとありますが、

2013年4月1日より5月までの2か月間に、

門真市医師会「お元気ですかコール」活動に参加されている
60歳以上のひとり暮らしの人全員と、

当診療所を何らかの症状を訴えて来院された60歳以上の人全員に対して行われ、

総数484名、そのうちアンケートに協力、回答された方は460名で、

年齢は60歳から90歳で平均73歳だったそうです。
それをもとに本書を書かれたということです。

いろいろとアンケートに回答された方々の意見や思いが沢山書かれていますが、

単独世帯が、良好な環境という回答が多いのです。

大家族で最初から生活している人はともかく、今夫婦二人で暮らしていても、

どちらかが先に逝き、必ず一人になる時が来るのです。

さびしさに耐えかねて、考えなしに老人ホームに入って後悔しても仕方ありません。

ひとりになるとどのような生活になるのかというイメージをこの本を読むとよくわかり、
それほど心配することはないなと、ほっとし、また勇気を与えられました。

子供や孫に囲まれて、一見楽しそうに見える中での孤独はひとりよりも寂しい。

身体が弱くなるにつれて、家族に気兼ねし、それだけでストレスがたまる。

ホームに入って、至れり尽せりの生活の中で人生に対する意欲を喪失し、

数年で顔もぼーとなっていく老人たち。

何でもやってもらっていると脳も干からび、働かなくなる。

楽をすることが必ずしも良いことではない。

そして管理された生活の中で、自分の自由は失われてしまう。

その点、ひとりは自由気儘。

どこへも行けるし、時間も好きなように使える。

元気であれば、人なかに入っていって、活力ももらえるし、誰かと話すこともできる。

たとえ病気であっても、身体に合わせて、

自分の好きな生活スタイルで暮らすことができる。

病気になったらとひとり暮らしを心配する人が多いが、
辻川先生の言われるのには、

最後までひとりで暮らすことは十分にできると言われます。

そして自分で知恵をしぼって生きることこそ、脳の活性化になるということです。

その通りだと思います。

街を歩けば老人に出会わない日はないし、

きょろきょろしていると、ぶつかってしまうほと多い老人大国日本。

多分これではあと10年もしたら、ひとり暮らしが云々どころか、

ひとりで生を全うするのが当たり前の世の中になるのではと思われます。

ひとり暮らしを、あるいはひとりで生の幕引きをマイナスに考えるのではなく、

これはこんなに良いことがあるのだと考えれば、

見方が、生き方が違ってくると思います。

楽しく感じるかもしれない。・・・と思わせる辻川先生の本です。

ひとりは決してマイナスではなく、

幸せなことがこんなにあるんですよという、元気が出てくる本です。

抽象論ではなく、具体的にどうすればいいかも書かれた、自信のつく本です。

特に金銭管理はかなり弱ってもできるそうです。

それでもどうしてもひとり暮らしが無理になったら、・・・これはP173-に書いてあります。

ひとり暮らしは他の人のことを考えずにすむこと。

気を遣う家族がいないだけ、有利になった。

今住んでいる場所を確保して自分の思いのままに準備していく。

それほどお金をかける必要もなく、自分の老後を幸せにすることができるし、

いよいよとなっても、自分住み慣れた場所で終わることができるということです。

「結局、独居高齢者は、決して悪くない環境で暮らしており、悩みが比較的少なく、(他に対する気遣いがない)たとえ独居全体の年齢層が高くても健康意識もかなり良好な状態で保たれており、日常生活における満足度も高いようなのです。独居生活は、予想以上に良好な生活環境であるということが言えると思います」本文P23より


2014年1月14日

 

 

2013年6月28日 (金)

レ・ミゼラブルを完読する

ああ、終わりました。7か月にわたる心の中での160年前のフランスの旅が終わりました。

去年(2012年)の12月頃から読み始めたユーゴー作「レ・ミゼラブル」を毎日20分の音読でようやく6月24日で完了しました。
総頁数2,400余(和訳)で、全朗読時間約72時間です。
岩波文庫の豊島与志雄訳で全4巻です。

ユーゴーのレ・ミゼラブルは何十年も前から少年少女向けにも何度も出版されたし、映画化も何度もされ、また芝居もたびたび上演されてその物語を知らない人はいないでしょう。私も小学生のときから「レ・ミゼラブル」を読んで感激し、映画を観てまた感激しました。

ただなぜこんなに長編なのかは疑問でした。だって簡単なわかりやすいお話ではありませんか。
ミリエル司教、ジャン・ヴァルジャンとコゼット、マリユス、ジャヴェル、テナルディエ等々の登場人物の織り成す愛と悪と赦しの物語です。それなのに原著はすごい長編です。
いったいユーゴーはあの長編で何を言いたかったのだろうと、それを知りたかったのです。単なる博愛の精神だったのでしょうか?

また以前ドストエフスキーの伝記を読んだとき、ドストエフスキーが税金が払えなくて、牢に入ったとありました。入れば税金が免除になったのです。彼は牢の中でいろいろ読書をしましたが、レ・ミゼラブルも真剣に読んでいたそうです。それも心に引っかかっていましたので、ぜひこれを読まなければと去年の12月頃から読み始めました。


ジャン・ヴァルジャンように一片のパンを盗んで投獄されたものが実際にあったそうです。パン一切れを盗んだだけで、投獄された人間が。あの頃はそのような時代だったのです。
盗みは悪いことだけれど、パン一切れの窃盗で牢獄に入り、本当の大泥棒は捕まるどころか尊敬や名誉や権力に浸っている。まあいつの世でも似たりよったりですが、あの時代は実に非道なことが行われていたのでしょう。
恐怖と暴力と恥辱に満ちた牢獄は純朴な青年だったジャン・ヴァルジャンを野獣のように変えていました。

ミリアム司教の深い愛はジャン・ヴァルジャンの人間性を欠くほどに荒れた魂を変えたのです。
ユーゴーは言っています。恐るべき貧しさは悪である。それは人の魂を破壊してしまうのだと。
恥辱と差別と自虐と嫉妬そして復讐心などで、肉体の破壊とともに魂も破壊されるいうことです。ユーゴーは魂の破壊ということを最大の悪だといいます。それが真の恐怖であると。
そのようなジャン・ヴァルジャンの魂を救ったのはミリエル司教の神の愛でした。司教は彼の魂を救ったのです。


彼の新生が始まりました。魂の復活です。
その物語がコゼット、マリウス、ジャヴェルへと続いていきます。ユーゴーはジャン・ヴァルジャンの生涯を通して、神、これは見えない絶対的崇高なるものへの贖罪と解してもいいでしょう。そしてときには岐路に立って煩悶しながらも、苦しみ悶えながらも、忠実なる良心の使徒となりました。



晩年になり老いたジャン・ヴァルジャンは最後の岐路に立たされました。
自分の素性も言わないでこのまま、コゼットやマユウスと幸せな生活を続けるか。あるいは何もかも告白するか。自分の素性を告白することは永遠に信頼を失い、愛を失うことになる。彼の人生は悲惨と苦しみとの連続でした。
けれども最後に与えられたこの試練は最大のものでした。魂の救いかそうでないかの。

けれども彼は告白の道を選びました。それは神の前に正直であれということであり、それを自分の義務としたのです。
その結果は・・・彼は真の孤独に陥った。死の床で彼は愛するコゼットを想った。幸福なものたちは苦しみの中にあるもの、悲しみの中にあるものの心はわからない。

しかし、神は最後にジャン・ヴァルジャンを嘉せられた。すべて真実を知ったマリユスはコゼットとともに駆けつける。彼に赦しを乞うために。

罪びととはいったい誰であるのか。我々は誰でも知らずして罪人であり、赦しを乞わねばならない存在ではないのか。

重い十字架を背負った偉大な魂は天に還った。報いを求めないで神への愛を為し続けた徒刑囚は今や殉教者として天に還った。ユーゴーはジャン・ヴァルジャンを通して、神の愛の存在を現したのです。

「私が貧しい者であるということを忘れないで、どこかの片すみに私を葬って、ただその場所を示すだけの石を立てて下さい。それが私の遺言である。石には名前を刻んではいけない」これが徒刑囚の臨終の言葉でした。

7か月かかった「レ・ミゼラブル」の読書は最終章において、深い感動に包まれました。ミリエル司祭の無私の愛はジャン・ヴァルジャンの無私の愛をもって完結したのです。

そこに流れ続けていたのは、神(人智を超越した崇高なる不可視的存在)の愛でありました。ユーゴーはこの物語を通して、全人類に対して「神の愛と赦し」を示そうとしたのだと私は理解したのでした。


2013年6月28日

2013年5月18日 (土)

BOOK-OFへ

本がかなり増えました。
本箱には入らないのでカーペットの上に無造作においています。

今日は江坂のBOOK-OFFに本を売りに行きました。
最近は証明書を提示しないと受け取ってくれません。
免許証はすでに持っていないので、
豊中市の住民証明書を出すと他の証明書と同じようにOKでした。
今日は15冊で1600円でした。

この江坂のBOOK-OFFは
開店のときは本を集めようとしてかなり宣伝していましたが、
今は沢山の中古本が集まって、立派な書店になっています。
現在普通の書店で売られている新刊書がすでに中古として出ているし、
新聞で広告されている本も中古として出ています。
ネット書店もそうですが。何とも不思議な世界です。

私は月5冊以上は本を買います。
書店でもネット販売でも。
夫は本をどんなに買ってもいいよといってくれるので、
結婚以来私が買った本は?百万円になるでしょうか。
夫もそれ以上に買うので家の中はいつも本が溢れています。
その本は殆ど読破していますが、最近は視力と相談しながらです。
年々弱くなっていく目をいたわりながらです。

なぜそのように本が増えるかというと、
何かある問題を調べようと思うとやはり本以上のものはないからです。
本を買ったあと、この本は私の手元にずっとおくべきかどうか判断し、
おかないであろう本は線も引かず、赤ペンも使わず、
帯をつけたまま新品同様にして、
それが10冊以上集まったらBOOK-OFFに売りにいきます。

この本は大事な本だと思うのは折ったり、
線を入れたり、シールをはったりして、貴重本として書棚に入れます。
どの本の中にも参考にしたいことは入っていますが、
そのような本をすべて残しておくことはできません。
黄金のように価値ある言葉が溢れている本を書棚の中に入れておきます。

本は私にとっては食物のようなものです。
毎日食べないと生きられないのです。

BOOK-OFFの人が言いました。
「きれいな本をありがとうございます。またお願いします」と。
そう言われるとまたきれいな本をもって行きたくなります。

帰り江坂の駅内のリブロ書店で夫の本を探しました。
以前は沢山置いてくれたことがあるので。
でも新刊の発売はまだなので置いてありませんでした。
ちょっと残念でした。


2013年5月18日

2013年4月 9日 (火)

音読読書

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私は読書が大好きです。

それも昔ながらの紙の本です。

黙読で読むことが多いですが、音読法ということも

やっています。

音読をしながら読書をすると、目と耳と口を同時に使うことになり、

頭の中に本の内容がよく入っていくような気がします。

私の音読のやり方はこうです。

まずパソコンを立ち上げて、パソコン用のマイクで音読しながら、

音声をパソコン内にあるファイルに入れていきます。

そのときは、音声入力用のソフトを使用します。

パソコンの内部に音声を入れていくので、

文章を正しく読もうとして緊張します。

この緊張がいいのです。

一か所に精神が統一され、集中効果を生み出します。

一種の精神統一でしょうか。

音読の時間はだいたい20分間です。

この読書方法をもう20年近くやっています。

自分の声を出して読む方法は本の内容が

よく理解できるような気がします。

いつの日か自分の目がダメになったとき、

パソコン内に蓄積した音の本を

聴いてで楽しもうと思います。

2013年4月9日(火)

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